上 下
272 / 754

旅立ちはにぎやかに 3

しおりを挟む




「こちらは料理長から預かりました、焼き菓子でございます。 アリスお嬢さまがお気に召していたとモレーノさまからお聞きして、菓子職人が張り切った結果がこの量でございます」

 すました顔の執事さんが大量のマドレーヌをアイテムボックスから取り出すのを見て、ハクとライムが大喜びだ。

「嬉しい! ありがとうって、伝えてね!」

「かしこまりました。お嬢さまはくれぐれもお気をつけて…」

「うん!」

 フィリップとのお別れをすませると、

「お~い、アリス! 勝手に決めて悪かったよ。 反省してるから、いい加減にこっちを向いてくれよ~!」

 さっきから何度目かのイザックからの呼びかけだ。 仕方がないから、そろそろ振り向いてあげようかな。

「イザック! どこへ行っていたのかと思ったら、すごい荷物だね? イザックもどこかへ行くの?」

「えっ…? あ、ああ! スフェーンもり経由でラリマーまちへ行こうと思ってな。 一緒に行こうぜ!」

「いや!」

「ああ、よか……はっ!? 嫌……?」

 イザックの誘いをにこやかかつきっぱりと断ると、まさか断られるとは思っていなかったらしいイザックがびっくりした顔で私を見る。 

 私にだって、都合があるんだよ!

「うん、嫌。 そういうことなら私が行き先か出発日を変えるよ。 イザックはこの馬車で先に行ったらいい」

 視線を合わせてきっぱり言うと、イザックはショックを受けたように項垂れる。

「俺は、そんなに嫌われていたのか……?」

 ……きっぱりと断りすぎて誤解を与えたらしい。 急いで説明を口にする。

「そうじゃないよ! 私は森でしたいことがあるから、護衛代わりに一緒に来られたら邪魔なだけ」

「スフェーンは結構厄介な魔物が出る森なんだ。 何をするつもりかは知らないが、護衛がいる方が安全じゃないか! 護衛じゃなくて臨時パーティーならどうだ?」

 やっぱりイザックは私の護衛をするつもりだったらしい。 気持ちは嬉しいんだけどね、実際にはちょっと迷惑。

 どう言ったら諦めてくれるのかとしばらく考えたけど、それらしい理由を思いつかなかったので少しだけ本当のことを話すことにした。

「今回は、自分の実力の把握をする為に森に行くの。 だから、魔物の不意打ちも一対多の戦闘も大歓迎だし、野営中に襲われるのも大歓迎。 そこに護衛だのパーティーメンバーだのがいたら、逆に邪魔なの」

 本当は別にも理由があるけど、ここではちょっと言えないし。 これで納得してくれたらいいんだけど……。

 イザックの顔を見たら、不服に思っているのが丸わかり。 さて、どうしたものか。

「『スフェーン』はアリスが思っている以上に危険な森なんだ! ハクやライムを危険な目に遭わせるつもりか!?」

「だから、危険な目に遭いに行くんだよっ! ハクやライムは私の従魔なの。イザックが思っている以上に優秀だし、強いんだよ! 
 それに私はしばらくはソロ活動をするつもりだって言っておいたでしょう? ソロの活動にも慣れていないうちにイザックみたいな高ランク冒険者とパーティーなんか組んでいたら、私の為にはならないってわかるよね!?」

「だが…っ」

「イザック! そこまでだ!」

 強く断っても聞いてくれる様子のないイザックを止めたのは、ベルトランギルドマスターだった。

「それ以上は❝付き纏い❞と判断して、処罰の対象になるぞ。
 お前たちはアリスさんの保護者にでもなったつもりか? 過剰な援助は逆に新米を伸び悩ませることもあるんだ。今回は引きなさい」

「あたしは何も言ってないわよ!」

 一緒くたに叱られたマルタが不服そうに声を上げるが、

「お前たちが誰一人イザックを止めようとしなかったのは、イザックと同意見だったからだろう? 
 ったく、揃いも揃って何をしているんだ。 己一人で戦えない冒険者が誰かとパーティーを組んでも、長生きはできないぞ! お前たちならそれくらいわかっているだろう?」

 ギルドマスターに静かに叱られて、黙り込むしかなかった。

 イザックもしばらく考え込んでいたけど、ギルドマスターの言葉に納得したようで諦め顔になる。

「わかった……。 だが、俺がラリマーに行くのは、あの街に元のパーティーメンバーがいるからでもあるんだ。 途中までは一緒に行ってもいいだろう?」

 初めからそう言ってくれていたら同行を拒んだりしなかったんだけど。 イザックや護衛組のみんなの心配のしようを考えると、森の前で素直にお別れできるかが心配になってくる。

 やっぱり断ろうかな?と思っていると、

「アリスさんは乗合馬車に乗ったことはあるのか?」

 今度はギルドマスターが心配そうに聞いてきた。 素直に首を横に振ると、マルタが元気を取り戻す。

「だったら、イザックを護衛代わりにするといいわ! 若い女が一人で旅をしているのを見てちょっかいをかけてくるバカもいるからね! イザックを隣に置いておけば余計なちょっかいをかけられずに済むし、イザックがうっとおしくなったら、馬車から蹴り落とせばいいんだし!」

 マルタはイザックに対して結構酷いことを言っているんだけど、アルバロもエミルもギルドマスターも、楽し気に頷いて同意を示している。 

 イザックまでが笑顔で何度も頷いているのを見て、なんだか力が抜けてしまった。

「森に行くときには、引き留めたりしないで別れてくれる?」

「ああ、わかった!」

「いったん別れた後に、こっそり付いてくるのもなしだよ?」

「……ああ、わかった」

 返事の前に一瞬の沈黙があったことが気にはなったけど、まあ、きちんと約束をすれば、破るようなこともないだろう。

 イザックの人間性を信用してゆっくりと頷くと、

「「「「「「よっしゃーっ!!」」」」」」

 護衛組だけでなく、大勢の人たちの雄叫びおたけびが響いた。

 ……私はどれだけ頼りなく思われているのかな?  ちょっと面白くない気分だけど、一度了承してしまったものは仕方がない。


 私と従魔たちの道行きに、臨時の仲間が増えました!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

魔力無しの私に何の御用ですか?〜戦場から命懸けで帰ってきたけど妹に婚約者を取られたのでサポートはもう辞めます〜

まつおいおり
恋愛
妹が嫌がったので代わりに戦場へと駆り出された私、コヨミ・ヴァーミリオン………何年も家族や婚約者に仕送りを続けて、やっと戦争が終わって家に帰ったら、妹と婚約者が男女の営みをしていた、開き直った婚約者と妹は主人公を散々煽り散らした後に婚約破棄をする…………ああ、そうか、ならこっちも貴女のサポートなんかやめてやる、彼女は呟く……今まで義妹が順風満帆に来れたのは主人公のおかげだった、義父母に頼まれ、彼女のサポートをして、学院での授業や実技の評価を底上げしていたが、ここまで鬼畜な義妹のために動くなんてなんて冗談じゃない……後々そのことに気づく義妹と婚約者だが、時すでに遅い、彼女達を許すことはない………徐々に落ちぶれていく義妹と元婚約者………主人公は 主人公で王子様、獣人、様々な男はおろか女も惚れていく………ひょんな事から一度は魔力がない事で落されたグランフィリア学院に入学し、自分と同じような境遇の人達と出会い、助けていき、ざまぁしていく、やられっぱなしはされるのもみるのも嫌だ、最強女軍人の無自覚逆ハーレムドタバタラブコメディここに開幕。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

拝啓、元婚約者様。婚約破棄をしてくれてありがとうございました。

さこの
恋愛
 ある日婚約者の伯爵令息に王宮に呼び出されました。そのあと婚約破棄をされてその立会人はなんと第二王子殿下でした。婚約破棄の理由は性格の不一致と言うことです。  その後なぜが第二王子殿下によく話しかけられるようになりました。え?殿下と私に婚約の話が?  婚約破棄をされた時に立会いをされていた第二王子と婚約なんて無理です。婚約破棄の責任なんてとっていただかなくて結構ですから!  最後はハッピーエンドです。10万文字ちょっとの話になります(ご都合主義な所もあります)

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】ルイーズの献身~世話焼き令嬢は婚約者に見切りをつけて完璧侍女を目指します!~

青依香伽
恋愛
ルイーズは婚約者を幼少の頃から家族のように大切に思っていた そこに男女の情はなかったが、将来的には伴侶になるのだからとルイーズなりに尽くしてきた しかし彼にとってルイーズの献身は余計なお世話でしかなかったのだろう 婚約者の裏切りにより人生の転換期を迎えるルイーズ 婚約者との別れを選択したルイーズは完璧な侍女になることができるのか この物語は様々な人たちとの出会いによって、成長していく女の子のお話 *更新は不定期です

処理中です...