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モレーノという男性(ひと)… 1
しおりを挟む「アリスが結婚―っ!?」
「えーっ!? っ!! アイスがーっっ!!」
「アリスさんがモレーノさまと結婚!」
王様にとっては“ちょっとした思いつき”だろう“婚姻の薦め”は私たちにとってはとても衝撃的で、驚いて手を振り上げたマルタはアイスを法廷の床の上に飛ばしてしまった。
「あたしのアイス……っ」
(ぼくがたべるよ~)
泣きそうな顔で落ちたアイスに駆け寄ろうとしているマルタをハクが肩に飛び移って宥め、その間にライムがスススッと滑るように床を移動して落ちたアイスを吸収する。
「みんなで作ったアイスはライムがちゃんと食べてくれたよ? 泣かなくても大丈夫!」
飛び跳ねるようにこちらに戻ってきたライムを指差しながら言うとマルタは落ち着いたけど、驚きが重なったせいか、少しぼうっとしている。
おりこうなライムが敷物に上がらずに立ち止まっているので、クリーンを掛け直してからぷにぷにボディを撫で回して褒めてやると満足そうに「ぷきゅっ」と鳴いた。
マルタを気遣ってくれたご褒美に多めに盛ったアイスを2匹にあげると、嬉しそうに「んにゃ~っ」「ぷきゃーっ!」と鳴いて可愛らしく飛び跳ねる。 その姿をぼんやりと見ていたマルタにやっと笑顔が戻った。
アルバロがマルタにアイスを渡してくれたのを機に、マルタを見守っていたみんなも安心したようにアイスを食べ始める。
よし、こっちは落ち着いた。
あとは元凶に一言抗議だ。
「「陛下…?」」
思いのほか低い声が出たことより、とても威圧的な声が私の呼びかけに重なったことに驚いた。
「アリス殿と私はあなたの“駒”になるつもりはありませんよ。 冗談であれば、時と場所を選ばれた方がよろしいかと……」
声の方を見ると、モレーノ裁判官が口元だけで笑いながら水晶を見つめている。
隣に立っている私から見ると結構な迫力なんだけど、水晶の向こうの王様には感じられないらしく、
「そなたを駒にしようと思ったことなど、一度もないぞ!! 愚かなことを申すでない!
……アリス殿の髪飾りに使われているのは“ターフェアイト”であろう? 想いを交わしているのではないのか?」
“駒”という部分だけは否定したけど、“婚姻”の路線は変えずに話し続けた。
モレーノ裁判官が怒るかな?と様子を見ていると、裁判官は私の髪を留めている髪飾りに目をやり「ああ、そうだな」と呟いて苦笑する。
「陛下。 確かにこのターフェアイトは私がアリス殿に贈ったものですが、意味合いが違うのですよ。
………私は彼女を忘れていないのです。 今も変わらずに愛している」
「モレーノ……」
裁判官は私に視線を向けると、私の頬を優しく撫でてから髪に触れて、切なそうな微笑を浮かべた。 でも、王様に対しては淡々と言葉を重ねる。
「アリス殿の美しい黒い瞳と黒い髪は彼女と同じものだし、雰囲気も優しい性格も似ている所があります。 でも、アリス殿には彼女にはなかった“強さ”と“甘さ”がある。だから私はつい、想像してしまいました。
もしも彼女との間に子が生まれ健やかに成長したなら、アリス殿のような娘に育ったかもしれない……と。
アリス殿の性質が人として大変に好ましいものだったこともあり、アリス殿が娘だったなら、という想像は簡単にできてしまいました。
……私はアリス殿が、我が子のように愛しくてならないのです」
そう言うとモレーノ裁判官は私の髪から手を離して、こぶしを握りしめた。
「さようであったか……」
話を聞いてシュンとしてしまった王様に構うことなく、モレーノ裁判官は私を見つめながら話を続ける。
「アリスさんに勝手な思い入れをしてしまって、気を悪く」
「していません!!」
「………」
「気を悪くなんてしていません!!」
モレーノ裁判官があまりにも切なそうな顔をするので、私は重ねて強く否定した。
「大切に想ってもらえて、気を悪くする人がどこの世界にいるのです?
モレーノ裁判官は私を誰かに重ねて行動を制限したりしなかった。 私が何をしても否定をしなかった! でも、常識的なことや私が損をする時にはそうじゃなく、こうした方がいいよってアドバイスをしてくれていたことも、ちゃんと覚えています!
どうしてこんなに良くしてくれるのかな?って思うことはありましたけど、今のお話で理由が分かっても不愉快になんてなっていません。 そんなに大切に思ってもらえるなんて、とても嬉しいことです。
……もしも私に兄がいたらこんな感じかな?って思ったことがあるんです。 気を悪くしますか?」
「いいえ! いいえ。アリスさんにそんな風に思ってもらえていたなんて、光栄な話です」
私が勝手にお兄ちゃん扱いで好意を持っていたと言ったら、モレーノ裁判官は柔らかく笑って受け入れてくれた。なんとなく照れ臭くなりながら2人で笑顔を交わしていると、
「そうか。 アリス殿の髪飾りは娘に贈るものであったか。 そなたの守り宝石であるターフェアイトがアリス殿の黒髪によく映えておる」
王様がしみじみと、でもどこか拗ねたように話しかけてきた。
「……想いの形は違えど両思い、か。 なんだか妬けるのぉ。
だが、モレーノ。 そなたは予の最愛の弟であることを忘れてはならぬぞ? そなたを大切に思う気持ちは昨日今日出会ったアリス殿よりも予の方が上である!!」
………王様、また爆弾落としてくれたよ!
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