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試食会の前哨戦 2

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 ボアステーキを食べたいとぐずるハクを宥めてみんなの所へ戻ると、私の座っていた所にお腹を鳴らした乙女な衛兵さんが大きな体をちんまりと縮めて座っていた。 

 横に座っている中年の衛兵さんが私に気が付いて軽く頭を下げてくれたので、私も軽く下げ返しておく。

「お待たせしました! ご飯とスープはおかわりがあるから遠慮しないでね?」

 ご飯にスープ、野菜サラダにボアステーキと肉質以外はみんなと同じものを出すと、2人の衛兵さんは顔を見合わせて物言いたげに護衛組の顔を見る。  ……嫌いなものでもあったかな?

 心配していると、アルバロが笑って衛兵さん達に、

「気にするな。 アリスにとっちゃあ、客に飯を食わせるのは寝起きに顔を洗うのと同じようなもんだ」

 訳のわからない説明をする。  ……今回はたまたまで、毎回ごはんが出ると思われても困るんだけどな~。

 アルバロに言われて、ベテラン(多分)の衛兵さんは素直にナイフとフォークを手にとったが、乙女な新人衛兵さんはなかなか食べようとしない。 見かねて、

「冷める前にどうぞ? “試食”なので、口に合わなかったら正直に言ってもらえると助かります」

 と言ってみたけど、新人衛兵さんは固まったように動かない。 

 お肉が冷めちゃうな~とお皿を眺めていると、目の端にもふもふの前足がちらちら入ってきた。

「ハク、ライム。 ダメだよ?」

(いらないなら僕たちが食べてあげるのにゃ!)
(おてつだいする~♪)

 自分たちの分はないと悟った従魔たちが、衛兵さんのお肉に目をつけたのだ。

「ほら、早く手を付けないと、ハクとライムが狙ってるぞ!?」

 でも、エミルに言われて2匹を見た衛兵さん達が慌てて食べ始めたから結果オーライ、なのかな?







「柔らかい! なんて柔らかい肉なんだ……」
「美味い! こんなに美味くて柔らかいステーキを食べたのは初めてだ!」

 一口食べた衛兵さん達はフォークが止まる暇のない勢いで食べ続けた。ご飯やスープがなくなりかけるとイザックがタイミングよくおかわりを盛り付けるので、本人たちはおかわりをしている意識もないかもしれない。

「先輩、俺、こんなに美味い肉を初めて食べました! サラダに掛かっているソースも美味いし、町は凄いなぁ! 故郷の母ちゃんにも食わせてやりたいなぁ…」

「ああ、俺も妻に食わせてやりたいよ。 でもな、こんなに柔らかくて美味い肉なんて、薄給の俺たちには夢だ! 今日が特別過ぎるだけなんだ! 夢を見ているだけなんだぞ!」

 ……切ない会話が聞こえてきて反応に困るけど、2人の反応を見る限り、ヨーグルトで漬け込んだボアは問題なく柔らかくなってくれたようだ。 漬け込み時間は1時間で大丈夫、と。

「……そんなに柔らかいのか?」
「美味いのはわかるけど、柔らかい……?」

 頭の中でこの後の予定を立てていると、のんびりと食後のカモミールティを飲んでいた護衛組が衛兵さん達の言葉に反応した。

「「「「アリス?」」」」

 4人が一斉に私を見つめる。 

 お腹いっぱい食べたはずの護衛組と従魔たちのおねだりの視線は、見ないフリができないくらいに強かった。

 ボア肉を焼いて人数分にカットしてからソースをかけると、台所のドアの所で待ち構えていたアルバロがお皿を掻っ攫って行った。

(柔らかいにゃ~♪ どうして一切れしかくれないにゃ?)
(もう、なくなった……)
「なんだこれ? さっきのとはまた違って美味いぞ!」
「味はさっきのよりちと落ちるが、この柔らかさはクセになる!」
「おかわり!!」
「一切れずつなんて酷いじゃないか! おかわりをくれ!」

 ……うん。みんなが気に入ってくれてよかったよ。 おいしいものを食べて喜んでいる顔は、見ていても嬉しくなるよね。

 でも、誰かな? 私が味見する分まで食べちゃったのは!  





「これがボア肉なんて、信じられない……」
「ボアも確かに美味いが、こんなに柔らかくないぞ?」
「先輩! ボアなら頑張れば俺にも買えますよね!? 母ちゃんに食わせてやれますよね!?」

 どんな高級肉なのかと聞かれて<普通のボア肉>だと答えたら、さっき以上に場が騒然となった。

「ボアなら買える!」と喜ぶ新人さんは、ベテランさんに「これは普通のボア肉じゃない。俺たちに手に入れられるとは思えない」と言われて悔しそうに涙を浮かべる。 

 それを見てイザックが「明日か?」と聞くので頷くと、イザックは新人衛兵さんの肩を叩き、

「大丈夫だ! しばらくすれば【レシピ】が販売される。 そうすればどの店でもこぞって売り出すからおふくろさんにも食わせてやれる! なんならおまえが故郷に帰ったときにでもおふくろさんに焼いてやるといい。きっと喜んでくれるぞ!」

 と言ってしまった。

「いや、まだ登録されるって決まってないから。 審査員が登録にふさわしくないって言えばそれまで」
「「「言わねぇよ!」」」
「言わないわよ! 商業ギルドの幹部はそんなボンクラじゃないわ。
 アリスはこれを公開するのよね? 公開してくれるのよね!?」

 今度はマルタが興奮している。 公開すると答えると、

「これならあたしでもメンバーに作ってあげられる!」

 満面の笑みでこぶしを握りしめた。

「そんなに簡単なのか?」

「簡単に見えたわ! ねえ、イザック?」

「ああ、簡単に見えた」

 “マルタに作れる=簡単”と言ったアルバロのお腹にこぶしを叩き込みながらも、マルタは笑みを崩さない。

 パーティーメンバーの事をとても大切に思っているのが伝わってきて、ちょっとほっこり気分になった。
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