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レシピ登録の誘い 2

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 サンダリオギルマスやセルヒオさんの期待に満ちた視線。

 モレーノ裁判官のおもしろがっている表情。

 護衛組の見守るような眼差しに、従魔たちの嬉しそうな気配……。

 色々な思いを感じながら、じっくりと考えてみた。

「……登録はしません」

「なっ……!  なぜですか!?」

 ギルマスは私が断るとは思っていなかったらしく、とても驚いている。

「理由を聞かせてください!!」

「……私は冒険者になるのであって、レシピ開発者になるつもりはありませんので」

「そんな……」

 打ちひしがれているギルマスには申し訳ないけど、お断りさせてもらう。

「本音は?」

「面倒だから」

 …………あっ!?

 滑るように横に移動してきて、耳元で穏やかに囁くモレーノ裁判官の声に思わず答えてしまった!!

「はっ? め、面倒…っ!?」
「「「「「面倒……?」」」」」

 そんなに大きな声じゃなかったのに、しっかりとみんなに聞こえていたらしい。

(アリスーーっ!! 面倒とはなんにゃ!? 面倒とは~っ!!)

 “かぷっ!”
「いったたたたたたた!!  やめて! ハク、痛いよっ! 痛いっ! 離してーっ!!」

(せっかくの儲け話を“面倒だから”で断るとは何ごとにゃ!)

「ぷきゅっ! ぷきゅっ! ぷきゅっ! ぷきゅっ!!」

「ら、ライムも止めて! 背が伸びなくなるから止めてーっ!」

 怒ったハクは私の頬に噛み付き、ライムは私の頭の上で跳ね回る……。

 失言を悔いてももう遅く、アルバロがハクを、エミルがライムを引き離してくれるまで従魔たちの攻撃は続いた……。









「“面倒”と感じる理由をもう少し詳しく聞かせてくれませんか?」

 モレーノ裁判官に穏やかに問いかけられ、従魔たちの攻撃に怯えながら仕方なく説明いいわけをする。

「ギルドの幹部たちは粗を探すために私の料理を食べるんでしょう? で、彼らの気に入った料理を、わざわざレシピを書いた上に監視されながら作って、また粗探し?  
 レシピを書くのがどれだけ大変か知ってますか? 私の料理はほとんど目分量と自分の舌まかせです。 それをわざわざレシピを書いた上に、今度はレシピのとおりに作るなんて、ちっとも楽しくないじゃないですか。
 私の時間、愛情、お金をかけて作る料理を、わざわざお金を払ってまで人に食べてもらったり審査してもらいたいとは思いません。今回は申請料が無料だとしても、です。
 それに、やらなくてはいけないことがいっぱいあるので、2週間も時間を取られるようなことに手を出す余裕なんてないです」

 視線を従魔たちから離さず攻撃に備えながら最後まで説明したが、従魔たちの怒りの攻撃はこなかった。

(だったら最初からそう言うにゃ)
(ごめんね、いたかった?)

 ……なんとなく納得してくれたらしいけど、こんな説明でよかったの? ただただ面倒で気乗りしないってだけなんだけど。

「一言で言うと、不愉快だってことか」
「まあ、アリスならレシピ登録なんてしなくても、十分に贅沢な暮らしを望めるよな」
「確かに。審査員に無料で食わせるなんてもったいねぇ」
「でも、アリスのレシピを無断で真似されたり、誰かが自分の物として登録するのは許せないわよ?」
「「「「う~~~ん……」」」」

 護衛組は自分のことのように頭を抱えて考え込んでいる。 
 
 ……うん、ビジューと従魔たちのお陰でお金を稼ぐ手段はいっぱいあるから、わざわざ不愉快な思いをする必要がないんだよね。 改めて、登録をしない方向で心が決まりかけた時、

「サンダリオ、君はギルドマスターでしょう。 唸るのが君の仕事ですか?」

 私の肩を優しく叩きながら、モレーノ裁判官がギルマスに言った。

「まだ、結論を出すのは早いですよ」と言っているかのような叩き方だったので裁判官に視線を合わせてみると、わずかに上がっている口角にいたずらな目の色。 ……何をそんなにおもしろがってるのかなぁ? 

「……ええ、私は商人であり、この町の商人を束ねる商業ギルドのギルドマスターです。 こんな好機をみすみす逃がす気はありませんとも」

 私の説明いいわけを聞いてから黙って目を閉じていたギルマスが、ゆっくりと目を開いて私を見据える。

「では、こうしましょう。
 まず、私を含めた幹部に料理を提供していただきたい。 一皿につき1万メレをお支払いしますので、アリスさんが今まで作った料理をできる限り全て出してください。
 その中から我々がリクエストをしたものをその場で作っていただくが、レシピにはこちらでまとめますので、アリスさんはご自分たちの食事を作るつもりで何人分でも好きなように調理してください。 複数の料理を同時に作っても構いません。レシピ登録部員が総力を上げてレシピを作成しましょう。
 出来上がった料理も1皿1万メレで買わせていただきます。
 後日、我々がまとめたレシピをアリスさんにチェックしていただいて、間違いのなかったものをレシピ通りに我々が作りますので、アリスさんには味の確認をしていただき、アリスさんの許可が下りたものだけをレシピ登録いたしましょう。 これで時間も手間も随分と削減できます。
 アリスさん、これでいかがでしょう?  これならお時間をいただけますか!?」

 ……どうかと言われても、出される条件に途惑うばかりだ。

 セルヒオさんもこぶしを握り締めて私の返事を待っているけど……、やっぱり気乗りはしない。

「1皿1万メレって、そんなことをして、ギルドの面子は立つのか?」
「私のポケットマネーだ。 記録には残さんよ」

「アリスの作る飯は金が掛かっているものが多いのは確かだが、そうでもないものもあるぞ。 それでも1万メレ出すんだな?」
「ああ、1皿一律で1万メレだ。 逆に言うと、10万メレかかっていても1万メレしか出せん」

「その場で作るって言っても、何品も1人で作るのは大変よ?」
「信頼の置ける調理補助のアシスタントを用意しよう」

「それでも時間をとられることに変わりはない。 アリスが買い物を楽しむ時間がなくなるな…」
「欲しいものを言ってもらえれば、我がギルドが総力を挙げて用意しよう。 何件も回らなくてすむから、楽に買い物ができるぞ!」

 どうしたものかと困っていると、護衛組が疑問点の確認をしてくれていた。これが上位ランク冒険者の必須スキルなら、私には難しそうだ……。

 護衛組のお陰でギルマスの熱意は十分に伝わったけど、逆に、それだけの価値が私のレシピにあるのかが不安になってくる。

 やっぱりお断りしよう、と顔を上げると、アルバロと目があった。

「先輩冒険者としてのアドバイスだ。 この話を受けろ」

「……どうして<冒険者>が絡むの?」

「商業ギルドのマスターがここまで譲っても手に入れようとしている儲け話だからだ。 アリスにとっても絶対に利益になる。
 冒険者になるつもりなら、冒険者活動以外の所でも利益になるチャンスを自分から捨ててはいけないんだ。 金に執着がないと思われると、それだけで依頼人とのトラブルになる確率が高くなるからな」

「アルバロの言うとおりよ。 依頼料を値切りたい、踏み倒したいと思っている依頼人がアリスに殺到するわ。 もちろん、アリスがそんなのに負けるとは思わないけど、その度に面倒な思いをすることになるくらいなら、今、面倒ごとの種を摘むつもりでこの話を受けるって考えない?」

 2人の言うことには一理ある。 でも、たかが私の作る料理のレシピがそこまでの話しだろうか……?

 エミルとイザックも深く頷いているし、ギルマスとセルヒオさんからは“頷け~”っていう念を感じるけど、

「料理人でもない私が作る料理のレシピに、そこまでの価値があるとは思えません」

 断っておいた方がいいだろう。 ギルマスに無駄金を使わせるのも申し訳ないし。

 これで話は終わりだろうとインベントリからデザートを出そうとすると、

「これでも私は商業ギルドのマスターにまでなった男だ! 見くびらないでいただきたい!」

 ギルマスが激昂した………。
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