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朝市
しおりを挟む朝市の客引きはなかなかに活発で、右を向けば、
「お嬢さん! 可愛いお嬢さんにお似合いの可愛いお菓子があるよ! 見ていっておくれ!!」
左を向けば、
「見てごらんよ、綺麗な布だろう!? これで仕立てた服を着て微笑めば、求婚者が群がってくるよ!」
と、掛かる声が途切れない。
そんな中、味見をしては、
「このアーモンドは良い具合にローストしてあるわね。 2kgちょうだい。 え、5000メレ? だったら5キロにする」
「このワインの香りが素敵なクッキーはなんて言うの? ロスコデヴィノ? 1個500メレか…。 このバスケットに形良く入るだけ入れて」
「“ボカディージョ1個500メレ”? お兄さん、大通りで屋台を出していた人ね? とてもおいしかったから10個ずつ、合計20個ちょうだい」
「口の中でほろほろと崩れるのが楽しい! ポルボロン1個400メレ? 名前も可愛い! これもバスケットに形よく入るだけもらおうかな」
といった具合に私が次々に買い求めるものだから、呼び込みの声は過熱するばかりだ。
「アリスは食い物に金を惜しまないな……」
アルバロの呆れたような声が聞こえるが、
(複製スキルがあるのに、アリスは買いすぎにゃ!)
(買う側から食べてるハクに言われたくないよ~? ライムはおかわりするの? はい、どうぞ!)
食いしん坊の従魔が2匹もいるから仕方がないんだ♪
「あれ? この店」
珍しく呼び込みをしていない店に目を留めると、綺麗な布が所狭しと置かれている奥に見覚えのある布があった。
「おねえさん、奥の布。 そう、その帆布!」
イザックがいつも出してくれるのに良く似た帆布が置かれていた。
見せてもらうと、1辺が5メートル程の四角形で少し汚れがあるが傷はない。布を繋ぎ合わせている部分の縫い目も丁寧だ。 ……複製する時に使えるかも!
値段を聞くと、小さな紙に“23,000メレ。汚れの分を値引きして22,500メレ”と書いて渡してくれた。 喉を押さえて“コンコン”と咳き込むフリをしながら申し訳なさそうに微笑むので、今日は喉の調子が悪いらしい。 客引きをしないわけだ^^
そのまま言い値で買おうとすると、イザックが「自分の買ったものと比べて高い」と値切ってくれて、21,000メレになった。
「イザック、ありがとう! 朝市は値切っても良かったの?」
「物によるが、言い値で買ってばかりいたら損をするぞ」
今まで言い値で買っていた私にイザックは釘を刺してくれた。 損をするのはイヤだからちゃんと値切ろう!
気合を入れ直して歩いていると、今度は青果の店から呼び込みが掛かる。
ふくよかなおばさん…、おばちゃんがニコニコと笑いながら手招きしているので近づいて行くと、嬉しそうに目を細め……。
おばちゃんが目を細めたと思ったら、すでに慣れた悪寒が背中を走った。
(ハク、隠蔽!!)
(にゃーっ!!)
“ドカッ! ダンッ!! トスッ…”
「ヒィィィィィィ!!」
「「「「アリスッ!?」」」」
護衛組は、突然屋台に飛び込んで店主のおばちゃんを蹴り倒して踏みつけにし、頭の真横に<鴉>の刃を突き立てた私に驚いたようだが、誰も止めようとはしなかった。
すぐに落ち着いて、周りの店や通行人が騒ぎ出すのを沈めてくれていて、
「な、何すんのよぅ…」
「もちろんあなたを殺すのよ?」
「ひ、人殺しっ! 誰か助けて! 衛兵を呼んでーっ!!」
騒ぎを聞きつけた見回りの衛兵が到着しても、慌てずに道を空けさせていた。
……護衛組に信頼されてることが嬉しくて、頬が緩みそうになるのを引き締めるのが大変だ♪
「何事だ!? おまえは何をしているっ!?」
2人組みの衛兵は剣を抜き、私に向けて詰問する。
「この女を殺そうとしている所です」
「なっ!?」
「……!?」
「た、助けてっ! 助けてーっ!」
騒ぐおばちゃんを踏みつけたまま答える私に、衛兵は不審な表情を浮かべた。
「私は近い将来冒険者になる者であり、この町ではすでに何度か襲撃を受けている者です。
この女は私に断りもなく【鑑定】を仕掛けましたので、敵対行為と見なし殺しますが何か問題がありますか?」
理由を説明すると、衛兵たちは私と護衛組を見て何かを納得したかのように頷き合い、静かに剣を収めた。
「?」
「な!? 助けてくれないの!? あたしは鑑定なんてスキル持っていないよぅ! この子供の言い掛かりだよぅ!」
衛兵たちは騒ぐおばちゃんを一瞥しただけで、私に静かに話しかけてくる。
「あなたはアリス殿ですね?」
「……ええ」
「あなた方のことは連絡を受けています。 その女が【鑑定】のスキル持ちなのは間違いありませんか?」
「【鑑定】。 …この女は間違いなく鑑定を持っていますし、私に鑑定を仕掛けてきたのはこの女で間違いありません」
ダビの件もきっちりと“連絡を受けている”らしく、衛兵たちは私を疑うことなく、おばちゃんに厳しい目を向けた。
「おまえは剣を持つものに鑑定スキルを使って何をしようとしていたんだ!? 盗賊団の仲間か!? それともフリーの<情報屋>か?」
盗賊団の仲間扱いをされて、おばちゃんは慌てだした。
「や、やめておくれよぉ! そんな変な噂を立てられたら商売が出来なくなっちまう! どうしてその嘘つきな子供の言う事を信じて、あたしを信用してくれないんだよぅ!!」
「この人は子供でもなければ嘘つきでもない。 この人が鑑定スキルを所持している上で正しく使っていることは、『真実の水晶』が証明している」
……衛兵さんたちの私への評価がなんだかおかしいことになっているけど、衛兵さんの言葉を聞いていた周りの商人や客や通行人たちは一様に納得した顔をして、騒ぎ立てるのを止めて様子を見守っている。
おばちゃんだけは頑張って、
「あんた達はこの子供の顔を知らなかったのに、どうしてその人と同じだって思うんだよぅ! この子供はただの人殺しかもしれないじゃないかぁ!」
と訴えているが、
「この人の顔は知らなかったが、護衛についている冒険者たちの顔は知っているぞ。 それぞれに腕利きだからな」
と、あっさりとかわされていた。
「アリス殿、その女を殺すのは止めてください。 捕らえて背後関係を尋問しなくてはいけませんので」
衛兵さんの前でこれ以上騒ぎを起こしても仕方がないので大人しく<鴉>をしまうと、周りから大きなため息が聞こえた。
目の前で人が殺されるのを見るのは誰だってイヤだよね。 私も殺さずにすんでよかったけど、このムカつきはどうしよう?
鬱憤の晴らし所のおばちゃんは「ふっかけてやろうと思って、ちょっと鑑定しただけだ」と騒ぎながら衛兵さん達に連行されて行ったので、周りが活気を取り戻す中、私の機嫌だけは持ち直さない。
「にんにくとレモンも買い損ねたし、今日はもう、帰ろうかな……」
「お嬢ちゃん! うちのボア串食べて機嫌を直してよっ!」
「腹が減ってるから落ち込むんだ! うちの豆の煮込みは美味いぞ! 食ってけ」
「ぼったくるのが朝市だと思われたらたまんねぇからな! うちの卵も安くしてやるから買ってかないか?」
ポツリと呟いたら、聞こえていないはずの屋台の店主たちから励ますような客引きが始まった。
護衛組を見ると、それぞれにもぐもぐと口が動いている。
(食べるにゃ!)
(ぼくも~♪)
従魔たちのおねだりに釣られて、肉串を1本とレンズ豆のトマト煮込みをわけわけして食べると私の機嫌も上昇し、
「肉串30本ほど焼いて欲しいな♪」
「レンズ豆の煮込み、この鍋にいっぱい入れてね!」
「卵を安くしてくれるの? じゃあ、私の従魔が選んだものを全部もらおうかな~」
気が付くと買い物を再開していた。
……あれ? 私、こんなに単純だったかな?
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