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身勝手な人には負けません!

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「治癒士様! 治癒士様!! いるんだろう? 開けてくれ!」

 大きな声が聞こえるけど、ここに<治癒士さま>はいないから関係ない。 

 不躾な声の主は放っておいて、インベントリ内の持ち物を整理する。

 今日は何を優先して解体しよう?  ボアのおかずが続いているからラビットがいいかな?

 暢気にラビットを使ったメニューを考えていると、いきなり玄関の扉を開けられた。

「おい! いるじゃないか! さっさと治療をしてくれっ!」

 男がずかずかと中に入り込んで来たかと思うと、いきなり捲くし立ててくる。

(なに、こいつ?)

(ハウンドドッグの退治のときに、アリスの邪魔になっていたヤツにゃー。どうするにゃ?)

 言われてみれば、昨夜見た顔だ。

(私、怪我しても治療はしないって言ったよね?)

(間違いなく言っていたにゃ!)

 じゃあ、放っておこう。 ここには治癒士なんていないんだし。

 …オークがあるしワイルドボアもまだ余裕があるから、マルゴさんにワイルドボアを買い取ってもらっても良いかもしれない。

「おい! 何をぐずぐずしてるんだ! 早く俺の腕を治せよっ!」

 私が黙っていると焦れたのか、男は持っていたじゃが芋の入った袋を放り投げ、怒鳴りつけてきた。

「ほら、治療費はこれでいいんだろう!? 痛いんだよっ! 早く治してくれよっ!」

 いい加減にうるさいなぁ。

「ここには<治癒士さま>なんていませんよー?」

 だから、早く帰れー。

「はあ? 何を言ってるんだ! あんたが治癒士様だろう!?」

「違いまーす。お引取りくださーい」

「あんたにしか治療できないんだ! 早く治してくれよっ!」

 大人しく帰ってくれないかと願っていたが、叶えられそうにない。

(ハク、ライムを避難させて。ハウスに入れてあげる余裕はなさそう。ハクも一緒に隠れていていいよ~?)

(ライムは避難させるけど、僕は隠れないにゃ。 こんなヤツ相手に隠れる必要ないにゃ!)

 提案はあっさり断られたが、まあ、ハクは魔物にも負けないし、ライムが避難できたら十分かな。

「それはいつの怪我ですか?」

「知っているだろう!? 昨夜だよ!」

「では、私が『怪我をしても治療はしない』って言った後の怪我ですね? お帰りください」

「なんでだよっ! 俺はあんたのせいで怪我をしたんだぞっ! あんたの責任だ! 早く治せよ!」

治療の意思がないことを告げると男は激昂して、私に怪我の責任を押し付けてきた。

(アリス、マルゴを呼んで来るにゃ?)

(ううん、大丈夫。 こういうのには慣れてるよ)

「ハウンドドッグの退治に出てきたのはおじいさん、あなたの判断です。危険だから離れるように、邪魔だから離れるように、という再三の忠告を無視したのもあなたの判断です。
 あなたが怪我をする前に私は『私の側にいて怪我をしても、治療はしない』と宣言しました。 それを無視したのもあなたの判断、あなたの責任です。 
 どうぞ、お帰りください」

 どうせ言っても無駄だろうけど……。

「俺はあんたがけしかけたハウンドドッグに襲われたんだ! あんたが治すのが道理ってもんだろうが!」

(この男は何を言っているのにゃ? アリスに助けてもらったことは覚えていないのにゃ?)

あまりの言い掛かりにハクもイラつき始めた。 

(ハク。世の中にはね、自分に都合の悪いことは綺麗に忘れて都合の良いことしか覚えていなかったり、自分に都合の良いように、記憶を改竄かいざんできる人間がいるんだよ?)

 会話をしようとするだけ時間の無駄だ。  出来るのは、毅然とした態度で拒否を示すことだけ。

「あなたがあなたの責任で負った怪我です。私はあなたの治療をしませんので、帰ってください」

「なんだと!? 治療をするのが<治癒士>の仕事だろうが! 早く俺を治せっ!」

 だからー、治癒士じゃないって言ってるでしょー?  本当に面倒な人だな……。

「イヤです。私はあなたの治療を拒否します」

「ふざけんなっ!!」

 苛立ちを視線に乗せて目を見ながらきっぱりと断ったら、おじいさんは逆上して、さっき床に放り投げたじゃが芋を私に向かって蹴り飛ばした。

(【シールド】! …にゃ)

 室内での飛来物、どう対処しようかと迷っている間にハクが魔法の盾で私を守ってくれた。今までの狩りでは使ったことのない魔法だ。ハクの『守護』の基準を一度聞いてみたい。

 ハクの魔法の盾に当たったじゃが芋は、床に落ちることなく、蹴り飛ばしたおじいさんに向かって跳ね返った。

「ぎゃあっ!!」

「なにごとだいっ!?」

 おじいさんが悲鳴を上げた直後のタイミングで、マルゴさんが駆け込んで来た。

 現状を見て、私に説明を求める視線を向けてきたので事情を話すと、

「この、大馬鹿もんがーっっ!」

 マルゴさんはおじいさんを一喝して、家の外に叩き出してしまった。

「昼を回ったら、治療してもらえるように話してやるからそれまでは待てって、ルベンに言われただろうっ?」

 マルゴさんが怒鳴ると、それに負けないように、

「俺はあの小娘のせいで怪我をしたんだ! 1番に治すのが当たり前だろう!」

 おじいさんは大声で自論を展開する。

(また、訳のわからない事を言っているにゃ…)

(ハク! さっきはありがとうね! 
…あのおじいさんは、自分が間違ってるなんて、これっぽっちも思っていないんだよ。 凄いよね~)

(アリスを守るのは僕の役目にゃ!  …でも、今はマルゴに譲ってもいいのにゃ)

「また、そんなことを言っているのかいっ!? あんたは自分がしでかしていることに対して、いい加減に責任を持ちなっ!」

 ……責任転嫁は、あのおじいさんの得意技らしい。 これ以上聞いていても不愉快になるだけだ。

(マルゴさんには悪いけど、後は任せようか?)

(うん、任せるにゃ!)

 床に転がっているじゃが芋を集めてドアの外に出し、インベントリの収納物をチェックしていると、マルゴさんが“教育”をしている声と、おじいさんの“教育を受けている声”が聞こえてきた。

(マルゴは今日も元気にゃ~♪)

(うん、マルゴさんが村長になれば良いのにね~?)

(マルゴがアイツを『治療してくれ』って言ったら、アリスはどうしたにゃ?)

 マルゴさんが言ったら? …昨夜は『治療はしない』って言ったけど、

(もちろん、対価に納得したら治療したと思うよ? じゃが芋だけじゃあ、納得しないけどね~?)

(にゃ~♪)

 ハクと笑いあっている間に、マルゴさんの“教育”が終わったらしい。

「アリスさん、朝から迷惑を掛けてすまなかったねぇ。この通りだ、許しておくれでないか…」

 マルゴさんは、家に入ってくると同時に謝ってくれた。

「マルゴさんが謝ることでは……」

「アタシの家の客人に不快な思いをさせたんだ。アタシの責任だよ。 本当に、すまなかったねぇ…」

 マルゴさんが真摯に謝ってくれたおかげで、私の中に燻っていたイライラがゆっくりと消えていった。 どうしてこの人が村長じゃないのか、つくづくもったいない人材だ。

「謝罪は確かに受け取りました。 私としては、マルゴさんがおじいさんを“説得”してくれたので問題はありません。
 午後も予定通りに治療を行いますので、安心してください」

 気を悪くしたからと言って、他の人の治療を拒否したりはしない。 “納得できる対価”を貰うだけだ。

「すまない。…感謝するよ」

 マルゴさんがやっと顔を上げてくれたので、

「お疲れ様でした。まずはおひとつ♪」

 インベントリからりんごの皿を差し出した。

 マルゴさんは一瞬だけ虚を衝かれた顔をしたが、笑って摘まんでくれる。

「美味そうだ」
 
 うんうん、笑顔が一番! ごはんは穏やかな雰囲気で食べたいからね^^

「りんごを食べ終わったら、朝ごはんにしましょう!」
「んにゃん!」
「ぷっきゅ!」

 従魔たちと3人がかりでの誘いに、

「ああ、そうしよう!」

 マルゴさんも頷いてくれたので、マルゴさんには座ってりんごを食べていてもらい、朝ごはんをテーブルに用意していく。

 他人様のお宅なのに、こんなに自由でいいのか? と思わなくもないが、自由にさせてくれるマルゴさんの度量に甘えることにした。

「んなぁ~♪」
「ぷっきゅう♪」

 2匹の嬉しそうな鳴き声に振り向いてみると、マルゴさんにりんごを分けてもらって、ご機嫌だった。

 懐いてるなぁ。

 インベントリから朝ごはんを取り出し、代わりにりんご水の鍋をしまうと、りんごを食べ終わったマルゴさんが後を代わってくれた。 

 座って待っていると、ご飯、スライスした煮ボア、木苺と、じゃが芋のガレットが乗ったお皿が4枚テーブルにセットされる。

 従魔たちの分を私たちの分と同じようにテーブルにセットしてくれるマルゴさんには、本当に感謝だ。
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