上 下
42 / 754

深まる誤解

しおりを挟む


 私はモモ肉でローストボアを作り、明日の朝食用にバラ肉で煮ボアを作る。

 マルゴさんは肩ロースを薄切りにして、ボアしゃぶサラダを作ってくれるそうだ。 塊だった肉が見事な薄切りになっていく。さすがお肉屋さん!

 ルシィさんはヒレ肉でソテーを作ってくれるらしい。バターがあるなら、生クリームもあるかもしれないから探してみよう!

 今夜はハクとライムがおしゃべりをしているので、ルベンさんはご飯を炊いてくれている。 

 男の人が米を炊くのは普通なのかと聞いてみると『手の空いている人ができることをするのは当たり前』で、『色々なことをできるのがいい男の条件』だそうだ。 王族・貴族でもない限り、『男子厨房に入らず』ではないらしい。 

 料理は以外に力仕事だから、男の人が手伝ってくれるのは嬉しいよね! 

 インベントリからお米を出して、一緒に炊いて欲しいとお願いすると、ルベンさんは快く引き受けてくれた♪ 






 ……それにしても、気になるのが、

「マルゴさんはお金持ちですか?」

「ん? どうしたんだい?」

「昨日も今日も、マルゴさんのお家以外では調味料をほとんど見なかったな~、と。 ここにはいろいろと種類が揃っているから、どっちが標準なのかと思って」

 この世界の調味料事情を詳しく知りたい。

「ああ、街にいた頃に亭主が稼いでいてね。その頃の金がそれなりに残っているのさ。
 調味料はここに戻る時に山ほど持ち込んだし、今でも行商人に頼んで持ってきて貰っているからね」

 マルゴさんの家がお金持ちなだけで、村にはあまり普及していないのか……。

「私、遠慮なく、使ってますけど……」

「ああ、アタシも遠慮なく食べてるねぇ」

「なくなったり…、しませんか?」

 つい、日本にいた頃の感覚で使っていた。 簡単に手に入る物じゃないのに……。

「そんな心配ならいらないよ! まだ甕で残っているし、馴染みの行商人が次に来る時には持って来てくれることになっているからね」

「それなら良かったです! 今仕込んでいるのも醤油と砂糖を使った料理なので」

「アリスさんの作るものは美味しいから楽しみだねぇ。 あるものは遠慮なく使っておくれ」

「はい! 私もお二人の作ってくれるものが楽しみです!  あ、明日の朝食を、皆さんの分もたくさん作っていいですか?」

「ああ! もちろんさ! 嬉しいねぇ」

 調味料の持ち主スポンサーの了承を得たので、安心して鍋いっぱいに煮ボアをつくる。ローストボアのタレには、ルベンさんが今日も持ってきてくれた野菜かごから、玉ねぎを使うことにした。

(いい匂いにゃ~♪)

 ライムと話していたハクが、匂いに釣られて近寄ってきた。

(ハクは玉ねぎとかも食べて大丈夫?)

(大丈夫にゃ! なんだって食べられるにゃ♪)

(わかった。じゃあ、美味しく作るから、もう少し待っていてね~!)

 ライムはどこかと見回してみると、部屋の片隅でころころと転がっている。

「ライム! もう少し待っててね!」

「ぷきゅ~」

(お腹すいた~って、言ってるにゃ!)

 了解! でも、ローストボアも煮ボアも、手間より時間がかかるメニューなので、どうしようもない……。

 果物でも出そうかと思っていると、

「飯が炊けたぞ」

 とてもいいタイミングでご飯が炊けた。

 ちょうど手が空いているので、ここはアレだ。

「ご飯、もらいま~す♪」

 インベントリから塩と葉蘭を出してから、お鍋に炊き立てのご飯を移して持って来る。 そして、

「あつっ、熱い! あちちっ…」

 ひたすら米を、結ぶ結ぶ結ぶ結ぶ…。

 熱いけど、手のひら痛いけど、おむすびは熱いうちに結んだ方が断然! 美味しい。

 結ぶ結ぶ結ぶ…。

 お鍋にご飯をお代わりしてからも、結ぶ結ぶ結ぶ結ぶ……。

(いくつ作るのにゃ?)

 ハクに声を掛けられた時には、塩むすびが30個できていた。 私の渡した米で足りるかな……?

 葉蘭1枚に2個ずつで合計15セット。 保存食には十分だろう。

(ライムに、お腹空いてるならおむすび食べる?って聞いてくれる?)

(………みんなと一緒に食べるから待つ、って言ってるにゃ!)

 うちの仔、やっぱりいい仔! いっぱい食べさせてあげるからね~♪

 ライムのかわいさに感動しながら、塩むすびが冷めないうちにインベントリにしまう。ついでにご飯の釜も収納しておこう。暖かいまま食べたいし。

 手のひらに【ヒール】を掛けて、回復魔法のありがたさをしみじみと感じた。 やっぱり痛いのはイヤなものだ。

 明日の治療も頑張ろう!  と、ほんの少しだけ、治療に前向きになれた。









「ボアソテー、いい味にできてるじゃないか!」
「ボアしゃぶサラダも美味しいわ!」
「ローストボアも美味しいねぇ!」
「ごはんの炊け具合、最高です!」
「んにゃん!」(どれもこれもおいしいにゃーっ!!)
「ぷっきゃーっっ!」

 今夜のごはんもどれを食べても美味しかった。

「そうだ! ルシアンから『美味かった。ありがとうございました』って伝言されてたんだ!」

 ルシィさんから伝言を聞いて、ルシアンさんは人に会いたがらないけど、感謝の気持ちをきちんと伝えてくれる人なんだとわかり、お父さんのルベンさんの好感度がアップした。

「ルシアンも来たらいいのにねぇ」

「そうですね~。おいしいものがいっぱいあるのに」

 マルゴさんと話していると、

「この贅沢に慣れちゃうと私の作るごはんに文句を言いそうだから、おみやげ位でちょうどいいの!」

 ルシィさんがむくれていた。

「アリスさんのショウガヤキが美味かったって、朝からそればかり聞かされて、拗ねてるんだ」

 どうしたのかと思っていたら、ルベンさんが説明してくれる。

「生姜焼きを初めて食べたんですよね? 珍しかったんですよ」

 新鮮に感じただけ。仕方ないよ。

「アリスさんは醤油を始め、調味料の使い方が上手いからね。 良い所のお嬢様が、どこで料理なんか覚えたんだい?」

(ほ~ら、世間知らずのお嬢様だと思われてるにゃ)

 どうやら、本当に誤解をされていたらしい……。

「お嬢様じゃないですよ? どうしてそんな誤解を?」

「違うのかい? じゃあ、どこの国のお姫様なんだい?」

「普通の平民です! 私が1メレも持っていなかったって知ってるのに、なぜ、そんなとんでもない誤解を!?」

 びっくりして問いかけると、

「1メレも持っていないの!? どこかのお姫様よね、絶対! 御付きの人が村の外で待ってるのね!?」

 ルシィさんまで勘違いを始め、

「アリスさん、身分を隠したいなら服や装備を変えないと……。 そんな質の良い服着てたら、“お忍び中”って丸わかりだぞ?」

 ルベンさんまで誤解の上乗せをしてしまった。

(僕が言った通りにゃ! アリスを見て、貧乏だと思う間抜けはいないにゃ~!)

(そんなことを言ったって、他に着替えを持っていないんだから仕方がないでしょ!?)

 どうしたものかと戸惑っていると、

「アリスさんは、冒険者なのかい?」

 とマルゴさんに聞かれた。

 “そうだ”と答えたら詐称になるし“違う”と答えたら、お嬢様疑惑に拍車がかかる…。  返事に困っていると、

「解体の経験がなかったことから判断すると、まだ、冒険者ではないだろう。だが、厳重に隠さなければならないステータスがある。
 アリスさんの念入りな【隠蔽】は、それだけで『只者じゃない』ってわかっちまうよ」

 マルゴさんが勝手に解釈をしてくれた。

 でも、マルゴさん? サラッと言ってるけど……、

「やっぱり、マルゴさんだったんですね? あの念入りな【鑑定】は…」

「ああ、やっぱり気がついていたか。 すまなかったねぇ」

 確認すると、申し訳なさそうに謝ってくれた。

「マルゴさんの立場なら仕方がないです。 村に怪しい人間を入れたくはないでしょうし……」

 結構、怖かったけどね!! ぞわぞわが気持ち悪かったし!

「朝も言いましたけど、私の財産はハクとライム。それから身に付けている装備品と能力、途中で狩ってきた魔物と採取物が全てですよ。 お嬢様でもなければお姫様でもありません!」

 この誤解は解いておかないと、狸(村長)のようなヤツに聞かれたら、『ノブレスオブリージュ=高い地位や身分に伴う義務』とか言われて、ただ働きを強要されかねない。

 これだけ言えば大丈夫だと思っていても、

「没落…?」

「いや、家出だろう? 身に付けている物や考え方は、没落して辛酸を舐めた人間のものじゃない」

 ルベンさん親子の誤解はどんどん深まっていく。

 どうしたものかと困っていると、仕方がなさそうに苦笑したマルゴさんと目が合った。

「アリスさんがそう言うなら、それでいいさ。 ここにいる間は“所持金に乏しい、平民のアリスさん”として扱うことにするよ」

 誤解を解いてくれる気は、ぜんっぜん!なさそうだけど、一応は話をまとめてくれたらしい。

 ルベンさん親子もうなずいている。 譲ってくれた感をありありと感じるけど……。

(アリス、諦めるにゃ!)

 あまり重ねて言っても逆に誤解を深めそうなので、ハクの言うとおりに、もう黙っておくことにした……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王女の夢見た世界への旅路

ライ
ファンタジー
侍女を助けるために幼い王女は、己が全てをかけて回復魔術を使用した。 無茶な魔術の使用による代償で魔力の成長が阻害されるが、代わりに前世の記憶を思い出す。 王族でありながら貴族の中でも少ない魔力しか持てず、王族の中で孤立した王女は、理想と夢をかなえるために行動を起こしていく。 これは、彼女が夢と理想を求めて自由に生きる旅路の物語。 ※小説家になろう様にも投稿しています。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から「破壊神」と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

奴隷身分ゆえ騎士団に殺された俺は、自分だけが発見した【炎氷魔法】で無双する 〜自分が受けた痛みは倍返しする〜

ファンタスティック小説家
ファンタジー
 リクは『不死鳥騎士団』の雑用係だった。仕事ができて、真面目で、愛想もよく、町娘にも人気の好青年だ。しかし、その過去は奴隷あがりの身分であり、彼の人気が増すことを騎士団の多くはよく思わなかった。リクへのイジメは加速していき、ついには理不尽極まりない仕打ちのすえに、彼は唯一の相棒もろとも団員に惨殺されてしまう。  次に目が覚めた時、リクは別人に生まれ変わっていた。どうやら彼の相棒──虹色のフクロウは不死鳥のチカラをもった女神だったらしく、リクを同じ時代の別の器に魂を転生させたのだという。 「今度こそ幸せになってくださいね」  それでも復讐せずにいられない。リクは新しい人間──ヘンドリック浮雲として、自分をおとしいれ虐げてきた者たちに同じ痛みを味合わせるために辺境の土地で牙を研ぎはじめた。同時に、その過程で彼は復讐以外の多くの幸せをみつけていく。  これは新しい人生で幸せを見つけ、一方で騎士団を追い詰めていいく男の、報復と正義と成り上がりの物語──

夢のテンプレ幼女転生、はじめました。 憧れののんびり冒険者生活を送ります

ういの
ファンタジー
旧題:テンプレ展開で幼女転生しました。憧れの冒険者になったので仲間たちとともにのんびり冒険したいとおもいます。 七瀬千那(ななせ ちな)28歳。トラックに轢かれ、気がついたら異世界の森の中でした。そこで出会った冒険者とともに森を抜け、最初の街で冒険者登録しました。新米冒険者(5歳)爆誕です!神様がくれた(と思われる)チート魔法を使ってお気楽冒険者生活のはじまりです!……ちょっと!神獣様!精霊王様!竜王様!私はのんびり冒険したいだけなので、目立つ行動はお控えください!! 初めての投稿で、完全に見切り発車です。自分が読みたい作品は読み切っちゃった!でももっと読みたい!じゃあ自分で書いちゃおう!っていうノリで書き始めました。 【5/22 書籍1巻発売中!】

継母の心得 〜 番外編 〜

トール
恋愛
継母の心得の番外編のみを投稿しています。 【本編第一部完結済、2023/10/1〜第二部スタート☆書籍化 2024/11/22ノベル5巻、コミックス1巻同時刊行予定】

転生皇女は冷酷皇帝陛下に溺愛されるが夢は冒険者です!

akechi
ファンタジー
アウラード大帝国の第四皇女として生まれたアレクシア。だが、母親である側妃からは愛されず、父親である皇帝ルシアードには会った事もなかった…が、アレクシアは蔑ろにされているのを良いことに自由を満喫していた。 そう、アレクシアは前世の記憶を持って生まれたのだ。前世は大賢者として伝説になっているアリアナという女性だ。アレクシアは昔の知恵を使い、様々な事件を解決していく内に昔の仲間と再会したりと皆に愛されていくお話。 ※コメディ寄りです。

めんどくさがり屋の異世界転生〜自由に生きる〜

ゆずゆ
ファンタジー
※ 話の前半を間違えて消してしまいました 誠に申し訳ございません。 —————————————————   前世100歳にして幸せに生涯を遂げた女性がいた。 名前は山梨 花。 他人に話したことはなかったが、もし亡くなったら剣と魔法の世界に転生したいなと夢見ていた。もちろん前世の記憶持ちのままで。 動くがめんどくさい時は、魔法で移動したいなとか、 転移魔法とか使えたらもっと寝れるのに、 休みの前の日に時間止めたいなと考えていた。 それは物心ついた時から生涯を終えるまで。 このお話はめんどくさがり屋で夢見がちな女性が夢の異世界転生をして生きていくお話。 ————————————————— 最後まで読んでくださりありがとうございました!!  

処理中です...