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治療の対価 今後は前払いしか受け付けません

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 金物屋さんは枕を血で染めてベッドの上で呻いていた。 枕元では孫ちゃんが大声で泣いている。

 ……なかなかの修羅場だな。 せめて話ぐらいは出来るように、ヒールを1回だけ掛けて少しだけ回復させた。

「ルベンさんから聞きましたが、対価の支払いには納得されていますね?」

 確認すると頷いたので、先に対価の回収に向かう。 ……鍋はあるが、ビンとナイフが1本ずつ足りない。

「ビンが1個とナイフが1本足りないみたいですが、どういうことですか?」

 優しく聞くと、金物屋さんは、

「そのくらい…」

 と憎々しげに呟いたので、治療をせずに帰ることにした。

「対価が足りませんので、治療を拒否します。 ルベンさん、せっかく呼びに来てもらったのにすみません」

「アリスさん、待ってくれ! 
 おい!なんで足りないんだ!? 俺が聞いた時は、何も言わなかっただろう!?」

 ルベンさんが慌てて金物屋さんを問いただしている。

「売れた、んだ」

「何故、それを俺に言わなかった!?」

「そ、れくらい、いいじゃ、ないか…」

 なるほど。 確信犯、と。

「それでは治療はできませんね。先ほどのヒールはどうせ無駄になるので、サービスにしておいてあげます。 ルベンさん、お孫さんとの時間を邪魔してはいけませんし、もう帰りましょう?」

「…もう、助からないのか?」

 悲痛な表情かおでルベンさんが聞くので、事実だけを答える。

「自然治癒することはありません」

「そうか…。 わかった。出よう」

 意外にも、ルベンさんが納得してくれた。 もう1人の重傷者の対価を知っているのだから、値切ってくるかと思ったのに。

 村の有力者も納得しているし、何の問題もない。さっさと出て行こうとすると、

「おばあちゃんを助けて!」

 孫ちゃんがキモノの裾を握って離さない。 ニナちゃんといい孫ちゃんといい、子供はレースを握るのが好きなのか? もしも破れる素材だったなら、冷静じゃいられなかったよ?

「おばあちゃんは治療をいらないって言ったの。おばあちゃんが選んだことだから、仕方がないんだよ」

 孫ちゃんの手を離させて、ドアへ向かう。

「た、たす、けて…」

 ………チャンスを潰したのはあなたです。

 私もきっと後悔するだろうけど、まだ治療を待っている人が25人もいる。こんな初っ端から治療費を値切られる前例なんて、作りたくない。

(アリス、いいのかにゃ?)

(うん……。 甘い顔をしていたらいけないって、学んだからね…)

「は、はら、う。なんで、も、はらう、から、たすけて、くれっ」

 今は、何でも払うと言ってるけど、この金物屋さんの言うことを素直に信用していいものか……。

「なんでも、はらうっ」
「アリスさん、頼む。助けてやってくれ!」

 ああ、ルベンさんまで頭を下げちゃった…。

「アリスさん、追加の対価を言っておくれでないか?」

 マルゴさんも、ここに着くなり状況を把握したらしく、解決案を提案する。 

 追加の対価、ねぇ。

「ここは金物屋ですよね。フライパンは置いてないんですか?」

「……」

「裏においてあるんだろう!? 本当にないのかい!?」

「……ある」

「では、今あるフライパンをすべて」

「………」

「どうするんだい!? 払うのかい!? 払わないのかい!?」

 マルゴさんの必死の問い掛けに、金物屋さんは、

「はらう…」

 とても悔しそうに答えた。



「治療の対価は前払いでいただきたいんですけど、今回は患者が重症だということと、マルゴさんとルベンさんが立ち会ってくださっているので、特別に先に治療をします」

「ああ、アタシ達が証人だ。きちんと払わせるから、安心しておくれ!」

 頼りにしてます!

【診断】の結果は、ヒールが24回とキュアが3回必要。

「では、【ヒール・クアドラプル4かい】【ヒール・クアドラプル】【ヒール・クアドラプル】【ヒール・クアドラプル】【キュア・ダブル】」

 よし、キュアもダブルで発動した!

「【ヒール・クアドラプル】【ヒール・クアドラプル】ラスト【キュア】!」

 診断結果も問題なし、と。

「治療終了です。 対価をいただいて帰りますので、倉庫の鍵を開けてください」

 さっさと回収して早く戻ろう。そう思った私は甘かったらしい。

「…孫の治療が先だよ」

「お孫さんの治療は明日以降の予定です。おばあさんの治療の対価をいただきます」

「まだ治ったかどうかわからないじゃないか! 大体、ちょっとヒールを使っただけで、ぼったくり過ぎだよ! 当然、孫の分も入ってるんだろう!?」

「いいえ、おばあさんだけの治療の対価です」

「高すぎるんだよ! ちょっとくらい負けてくれてもいいだろう!」

 ああ、やっぱり先に回収しておけばよかった、と反省していると、マルゴさんが割って入ってくれた。

「何、見苦しい真似をしてんだい! あんたは自分で治療の対価を払うって言ったんじゃないか!」

「マルゴ、あんたはどっちの味方なんだい! そんな小娘より、幼馴染みのアタシの方が大事じゃないのかい!?」

「アタシは間違っていない方の味方だよ! あんたは店の商品を渡した後に強引な値切りをされても怒らないで負けてやるのかい!?」

「アタシは金を受け取る前に商品を渡すようなマヌケじゃないよっ!」

 ……そうか。私は間抜けだったのか。ちょっと落ち込むなぁ。

「いい加減にしろ! あんたのせいで、他のヤツが治療を受けられなくなったらどうするんだ! まだ、20人以上が治療を待っているんだぞ! そいつら全員にあんたが治療の対価を踏み倒したせいで、治療をしてもらえなくなったって言っても良いのか!?」

 もう、諦めようかと大きくため息を吐くと、ルベンさんも参戦してくれた。

「っ……! それは…」

 ……村八分の危機?  

 他の人の治療放棄とかは考えてもみなかったけど……。 私が甘いのかな…?

(…今度からは、先に貰っておくにゃ~)

(うん、必ずそうする。やっぱり甘かった?)

(相手次第にゃ~。マルゴとルベンなら、後払いでもいいにゃ♪)

(うん、私もそう思う♪)

 ハクと話している間に、話は付いたらしい。

「アリスさん、悪かったね。アタシが倉庫の鍵を持っていくから、先にルベンと店の方から回収しておいておくれ」

「あ、はい。 お2人とも、ありがとうございます。 じゃあ、先に行っていますね」

 ルベンさんと一緒に移動したんだけど……。 マルゴさんの怒声が聞こえるのは気のせいかな?

「本当にすまなかった。 マルゴが“教育”しているから、許してやってくれ」

「大丈夫ですよ。お2人のお陰でちゃんと治療費を払ってもらえます。ありがとうございます」

「いや……」

 ルベンさんは謙遜するけど、本当に感謝しています。 何かお礼を考えないと!


 でも、まずは、さっさと対価を回収して、早く戻ろう!
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