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慈悲ってなんだ?

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「長旅でお疲れでしょう。我が家にて、少し休まれてはいかがかな?」 

 満面の笑顔で勧められたが、長話になるのはイヤだ。 ここで話せー、と念を込めたが、
 
(物色しに行くのにゃーっっ!)

 ハクが行く気満々だった。 ハクがブレないのは頼もしいけど、家まで行くと逃げにくくなるよ……? 


 歩きながら周囲に視線を巡らせると怪我人が目に付く。 回復魔法が使えることを確認されていたから、治療の依頼だろうが……。

 よく見ると、そこかしこの家に傷があったり、畑が荒らさた形跡があり、残った作物も元気がないようだ。

 見える範囲の人の年齢層にも偏りがある。 若中年の男性が少ないようだ。 普通、村に不審者が来たら、まずは力自慢の男たちが威嚇しにくるんじゃないの? 

 厄介ごとの臭いがする……。

 どうやって逃げるかを考えている間に村長宅に着いたようだ。開いていた扉からニナちゃんより年上らしい女の子が出てきてマエル村長に抱きついている。

「わしの孫のポーリンです。 ポーリンはしばらく外で遊んでおいで。 さあ、アリスさんはどうぞ中へ」

 促がされるままに家の中に入ると、マエル村長は扉を閉めた。

 あれ? 逃げ道を塞がれた……?









 キモノの裾を握ったまま一緒に入って来たニナちゃんを外に出すこともなく、私にだけお茶を出されても、飲めません…。

 鑑定でただの紅茶だと確かめてから、ハクに押し付けた。

(アリスは飲まないのかにゃ?)

(小さい子供の前で、自分だけお茶を飲むのは辛い。ハクが飲んで!)

 おとなしく紅茶を飲むハクに興味をもったのか、マエル村長にハクの素性(種類とか、出会いとか)を聞かれたが「従魔です」の一言ですませる。 手がワキワキしてるけど、撫でさせてなんかあげないよ?

 しばらく待ってみたが、なかなか用件を切り出さないので飽きてきた。

(アリス~、村長は「なんですか?」って聞いて欲しいのにゃ~。 わかってて黙ってるなんて、本当に意地悪だにゃ♪)

(お人好しじゃなくて、ハクも安心でしょ?)

(んにゃん♪)

 私は別に、この村に滞在したいわけじゃない。 話を聞けと言うならさっさと話せー?

 そう思ったのが顔に出ていたのか、マエル村長はやっと話し始めた。









 村に若中年の男性が少ないのは、この地方を治めている領主の開墾事業に駆り出されているから。

 その隙を突かれた形で、村は最近、ハウンドドッグ3匹の餌場になっていた。頭の良い個体だったらしく、村の畑と肉の貯蔵庫が狙われた。

 村は通常、シーダの森の魔物や採取物を食料にしたり、商品として行商人と取引をしているが、狩人も開墾事業に駆り出されてしまい、ハウンドドッグに襲われても撃退できなくて村が食料不足になってしまった(畑に作物が残っているのに、食糧不足?)。

 残っている大人たちが総出で、何とか2匹を退治して1匹を追い返したが怪我人が続出してしまい、今度は村の畑の手入れに手が回らなくなってしまった。

 そこに治癒師(違うって!)が通りかかったのはに違いない。ぜひ、治療をお願いしたい。


 とのことだ。 “慈悲を以って”って、“ただで”ってこと?

 村の災難は気の毒だと思うけど、縁もゆかりもない旅人わたしをただ働きさせようなんて、ちょっとずうずうしすぎる。 第一、ビジューがそんなことただばたらきを私にさせようとする訳がない。

(アリス、さっさと出て行くにゃ!)

 話を聞いてやれと言ったハクも呆れたようだ。

「大変お気の毒な話だと思いますが、治癒師ではない私にはお力になることはできません。
 旅路にて、皆さんの回復をお祈りさせていただきます。 では、これで」

 とっとと、退散だー。

 そう思って立ち上がったら、ニナちゃんにキモノの裾を引っ張られ、村長は扉の前に立ち塞がった。

(え、もしかして、私、ナメられてる? 子供はともかく、村長みたいな普通の老人に扉を塞がれたくらいで、身動きが取れないとでも思われてるの?)

(アリス、どうするにゃ?)

 どうするって、もちろん、

(退かなかったら、力ずくで押し通るよ? 強制されてのただ働きなんて冗談じゃない)

「なんのつもりです? 私は村を出て旅を続けます。そこを通してください」

 まずは要請。 ニナちゃんの手をキモノからはずし、村長を睨み付けてみる。

 ニナちゃんは泣きそうな顔で私を見ているし、村長は気持ちの悪い笑顔を顔に貼り付けていて退く気配はない。

「治癒師でなくても回復魔法は使えるのでしょう? なんとか、慈悲を以って…」

 だから、イヤだってば!

 室内は少し手狭だけど仕方ない。 <鴉>を抜いて、

「監禁するつもりでしたら、私も力ずくで逃げますよ。さっさとそこをどいた方が身の為では?」

 最後の忠告だ。これでも親身になっているつもりだが村長には通じなかった。

「わしを傷つけることが、お優しいお嬢さんにできますかな?」

 逆に満面の笑顔で挑発された……。

(ん? 私が優しい?)

(優しいにゃ! 見ず知らずの子供の怪我をただで治してあげたにゃ~)

 あ…、あの時のハクの言葉はそういうことか! あの時、簡単に【ヒール】を使っちゃいけなかったんだ……。

 失敗を取り返す為にも心を鬼にして、私は村長の頭の横から10cmだけはずして<鴉>を扉に突き立てた。 村長が驚いて横にずれたので、そのまま下まで切り裂く。 

 まるでバターの様に木材の扉を切り裂くので、<鴉>の性能の凄さに私のほうがびっくりした。

 村長が腰を抜かしてしまったようだけど、罪もない旅人を閉じ込めようとした悪人はコイツだ。 放っておく。

 村長が退いたのだから、これ以上扉を切り裂く必要はない。 力いっぱい扉を蹴り破って外に出た。
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