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第6章

43.お兄様の一面

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あれからシェスは仕事が残っているとのことで、お兄様がいくら睨んでもどこ吹く風と気にした様子もなく演習場を去って行った。

剣の訓練をする日は改めて手紙をくれると約束をしたので、気長に待とうと思う。

なんでも、シェスは宰相補佐官という役職で、常にお父様の補佐をしているらしい。お父様は仕事が忙しすぎて、屋敷に戻って来れることは滅多にない。そんなお父様の補佐という立場もきっと、忙しくて身を粉にして働いているに違いない。

そんな忙しいシェスに了承の上とは言え、剣の指南を頼んだことは失敗だったかもしれない。

考えているうちに表情が曇っていたのだろう、歪んだ顔を戻せないままでいるお兄様がポンッと頭を不器用な手つきで撫でてくれた。

「…クルス公爵と一緒にいることは気に食わない。しかし、それをユーナが望むのなら仕方がない。そう、奴に気にすることはない。例え忙しくてもユーナとの時間を作ってくれる。嫌だと言うこともない」

「どうして言い切れるのですか…?」

眉間に皺を作って怖い顔をしていたお兄様の顔が、ほんの少しだけ眉を下げてフッと笑った気がした。

「ユーナに返事を貰った時の、あんなに嬉しそうな公爵を見るのは初めてだったからな」

そう語るお兄様は、今の俺よりもずっとシェスのことを知っているようで、ズルいと思ってしまった。

あんなにも睨み合っていたお兄様なのに、シェスとは長い付き合いをしてきた空気があった。

長い付き合いだからこそ言い合える仲なのだろう。

「お兄様、シェスのことが好きなのですね」

思わず出た言葉に、隣にいたお兄様は苦虫を噛み潰したような顔をしてこちらを見た。

「気持ちの悪いことを言うな。単なる腐れ縁で公爵をよく知っているだけだ。そんなことよりも、魔力測定とついでに属性魔法を調べる球の用意ができている。移動するぞ」

マントを翻して早足で歩き出したお兄様を、慌てて小走りで追いかける。整地をされていない地面に思わず足を取られて躓きながらついて行くので、なかなか歩幅の大きいお兄様に追い付くことができない。

次第に息も上がってきて、追いかけることが辛くなってくる。体力の無い今世の体が憎らしい。毎朝の鍛練ではまだまだ練習は足りていないようだ。

フラフラとしながら歩いていると、ポスンと硬くて大きい壁にぶつかった。

ぶつけた鼻を擦りながら目を開けると、視界いっぱいに蒼が一面に広がった。

「…すまない」

上から降ってきた声はお兄様で、どうやら立ち止まったお兄様の背中にぶつかってしまったようだ。

気がつけばお兄様はまた歩き始めていたが、先程よりはゆっくりとした歩調で、明らかにユーナの歩幅に合わせてくれていた。

さっきの言葉は二重の意味があったのか。急に立ち止まってぶつかったことと、速すぎる歩幅で歩いてしまったこと。

不器用だけど、優しいお兄様。
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