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第6章
39.求める強さの形
しおりを挟む一分にも思えたこの時間。本当のところは十秒にも満たない僅かな時間だったのだろうけど、俺にとっては永遠にも思えた。
眼帯の騎士はやはりシェスであった。あの瞳を見間違えるはずがない。
棒切れのように固まってしまった足を叱咤して、一歩、そしてまた一歩とお兄様やシェスのいる方へと歩いていく。
僅かに驚いた顔をしていたシェスは直ぐに元の顔に戻して、ユーナに向かって優しく微笑んでくれた。
今、こうしている間にもあの紅い瞳に見られている。そう思うだけで、何故か心の底から嬉しかった。
ようやくシェス達がいる場所に辿り着いた演習場内は砂埃と、汗臭い男の香りが漂っていて良い香りとはとても言えなかった。
それでもシェスの隣に立つと、僅かにだが銀木犀の香りがして頬が緩んでしまう。
「これはユーナ様、こんな所でまた会えるとは思っておりませんでした。貴女に会えて嬉しいですよ。今日は兄上の勇姿を見にいらしたのですか?あぁ、それなのに俺が勝ってしまったんだったな。すまない」
流れるようにユーナの左手を手に取り、甲に軽くキスをして挨拶をするシェスはとても様になっていて、男の俺でも見惚れるような美男子であった。
シェスの唇が触れた甲が熱を持ったかのように熱い。
「お久しぶりでございますシェス様。私ももう一度シェス様とお話をしたいと思っておりましたの。でもまさか、お兄様に勝ってしまうほどにお強いとは思いませんでしたわ。シェス様の勇姿も素敵でした。私は今日、騎士団の訓練の見学に来たのですわ。私も騎士の方のように強くなりたいと思って」
「会いたいと思っていてくれたんだね。ふふ、嬉しくて君をさらってしまいたくなるね。心配しなくてもイシスは強いよ?団長を勤めるほどに彼は強いからね。試合をしても勝てる確率は五分五分だよ。今日は運が良かっただけだよ。女性のユーナ様が、剣に興味があるのかい?」
冗談かも分からない甘い言葉を吐くシェス。にこやかに謙遜をしているが、団長クラスを倒せるほどの実力を持った者はそう多くはないはずだ。
あの細腕で大剣をいなす腕前なのだ。相当に強いに違いない。シェスも隊長クラスの人物だったりするのだろうか。
「えぇ、男性のように強くありたいのです。女だからと言って舐められたくないのです。剣を持つことは、いけないことですか?」
シェスには否定をして欲しくなくて、ジッと紅い瞳を見つめて問いかけた。周りにいた騎士達は空気を読んでか、お兄様が気を聞かせてくれて指示を出してくれたのか、次の試合が始まって周りには誰もいなかった。
少し離れた位置で聞こえる剣戟の音が何処か違う世界で行われているような錯覚をしてしまうほどに、自分が緊張をしてしまっているのが分かった。
紅い瞳をそっと閉じて、小さく頭を振ってシェスは答えた。
「剣を嗜み、護身のためになることは良いことだとは思います。いざと言う時に、自分の身を護れるのは強みになりますから。ですが、強さは目に見える力だけでは無いと思いますよ?」
分からないと顔に出ていたのか、シェスは遠くを見つめながら答えてくれた。
「一重に強さは力だけではないです。知識や情報を元に話術で戦争を回避をした過去の偉人もいます。例えまわりに味方が一人もいない状況でも、困っている人を助ける心の強い方もいます。強さにはいろんな形があります」
強い風がユーナとシェスの短い髪を乱すように吹き抜けた。
「ユーナ様が求める強さは力ですか?」
遠くを見つめていた瞳がユーナを見据えた。
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