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二番目のお客
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*** ニジイロメガネ ***
ドンドンと入口のドアをたたく音がしました。
コパンが見ると、ギョロッとした目が中を覗いています。店主はニコニコしながらドアを開けようと、入口に向かいました。
「いらっしゃいませ、ようこそおめがね屋へ」
店主がドアを開けると、あざやかな緑色の体をしたカメレオンが立っていました。
「いやぁ、すまんね。あいにくオレさまの手は、物をつかむにはいいのだが、まわすのはどうも、苦手でね」
彼はゆっくりと歩いて店内に入りながら、ゆっくりと話しました。
「オレさまの名はレオン。新しいメガネ屋が、できたというので、来てみた。なんでも、オーダーメイドで、望み通りのメガネが、作れるそうじゃないか。だから」
レオンの言うことをじれったそうに聞いていたコパンは、おかしなことに気づきました。彼の体がだんだんとぼやけてきて、ゆっくりと消えていくようなのです。
「き、消えていく!」
思わずコパンは叫んでしまいました。けれども店主は落ち着いています。
「ホッホッホッ、コパンは始めて見るかな。驚くことはない。消えているんじゃなくて、まわりと同じ模様に変わっているだけさ」
「そうだ、オレさまは、じっとしていると、体がまわりに合わせた色に、変わっていくんだ。それがオレさまのいいところであり、欠点でもある」
急にレオンの体が緑色に戻りました。どうやら興奮すると体の色が戻るようです。
「じつは、望まなくても、じっとしているだけで、色が変わっちまう体は、不便でもある。こうしてしゃべっていても、消えちまうと、いるのかいないのか、わからないだろ。だから、誰にでも、オレさまがここにいると、わかるメガネが欲しいのさ。体は消えても、メガネでわかるだろ。ただメガネは見えても、だれも気にならないといけない。メガネを見て、虫たちが怖がって、逃げちまったら、オレさまは飢え死にしてしまう」
コパンには、彼の言っていることがよくわかりませんでした。彼の掛けているメガネとわかれば、メガネを見ただけで虫は逃げると思います。店主はそれでもニコニコしながら言いました。
「はい、わかりました。ご希望のメガネをお作りしましょう。一度作ったメガネと同じ物は二度と作れませんが、そうでないオーダーならどんなメガネでもお作りいたします」
コパンは少し心配でした。なにせ初めて買ってもらえるかもしれないのです。ぜひ気に入ってほしいと、心の中で願いました。
店主はレオンの希望を確かめながら、エプロンの前ポケットに手を入れてモゾモゾし始めました。ポケットにはメガネ粉というメガネの素が入っていて、それをこねて作られます。ポケットの中でしばらくこねた後、ボール大の丸い塊を取り出しました。手の平にのせて見せたそれは、粘土でできたパンダ顔のようでした。
「これはパンダネといいまして、メガネの素でございます。これをこのオーブンに入れて、三分経ちましたらできあがりです」
これまたパンダ顔のようなオーブンにパンダネを入れると、店主はおまじないのような、決め言葉を言いだしました。
「当店はメガネ屋ではございません。おめがね屋です。どんなご注文にもお応えいたします。パンダネをオーブンに入れたら三分お待ちください。あなたのおめがねにかなったピッタリのメガネのできあがりです」
レオンは三分間なにも話さず、ジッとオーブンを見つめていましたから、すっかり店内にまぎれて姿を消していました。けれどもチンと音がしたとたん、また緑色にもどりました。どんなメガネが出てくるのかとワクワクしたようです。オーブンといっても焼くわけではありませんので、店主はすぐにメガネを取り出してみせました。
メガネはフレームが虹色に輝いていて、とてもきれいな物でした。レンズはヒスイのように薄緑色に透き通っていて、少し渦を巻いているようです。ただフレームの割に小さなレンズは、レオンの目にはギリギリの大きさに見えました。レオンは舌をピュッと伸ばして、店主の手からメガネを取ると、すぐに掛けてみました。コパンはその舌の速さに驚きました。
「こりゃいい、ピッタリだ。何でも良く見える」
そう言ってレオンが喜んでくれたので、コパンはホッとしました。彼の目のまわりに虹がかかっているようなのに、不思議と変に見えません。
「気に入った。こんなキレイなメガネはほかにない。これならオレさまのいることがハッキリとわかるというものだ。いくらだね」
「はい、ありがとうございます。二万ドングリになります」
レオンは少し高いと思いましたが、オーダーメードで世界にひとつしかないと思うと、それくらいはしても仕方ありません。メガネを掛けたまま支払いを済ませると、そのまま帰ろうとしました。
「あ、ひとつだけ注意していただくことがございます」
店主はニコニコしながらも、これだけはどうしても守って欲しいと念を押して言いました。
「当店のメガネは、まわりの物を見るための物でございます。御自分の顔や姿を見るための物ではございません。ほんの少し鏡を見るのはいいのですが、決してジィッと長く見つめてはいけません。自分の世界に入りこみ、動けなくなってしまいます。それだけはご注意申し上げておきます」
おめがね屋のメガネフレームは耳に掛けるのではなく、ツルのところがカエルの手のようになっています。それでしっかりと頭をつかんで、落ちないようになっているのです。だからどんな顔のお客にも合わせてくれて、はずそうとしない限り掛けていることも気になりません。レオンはすっかり気に入って、ずっと掛けていました。もちろん希望通りに、虫を捕ることにもじゃまになりませんでした。虹色のメガネがあってもレオンの体は消えていますから、気にする虫はいませんでした。それにそれがレオンのメガネとわかっても、虫はみんな、すぐに彼の舌に捕まっていたのですから。
雨上がりに虹が出て、さわやかな風が吹きました。ノソノソと動き出したレオンは、大きな水たまりに自分の姿が映っていることに気づきました。メガネが似合ういい男がいます。彼は本当にいい買い物をしたと思って、ジッと見つめてしまいました。そしてそのまま、動かなくなりました。
ドンドンと入口のドアをたたく音がしました。
コパンが見ると、ギョロッとした目が中を覗いています。店主はニコニコしながらドアを開けようと、入口に向かいました。
「いらっしゃいませ、ようこそおめがね屋へ」
店主がドアを開けると、あざやかな緑色の体をしたカメレオンが立っていました。
「いやぁ、すまんね。あいにくオレさまの手は、物をつかむにはいいのだが、まわすのはどうも、苦手でね」
彼はゆっくりと歩いて店内に入りながら、ゆっくりと話しました。
「オレさまの名はレオン。新しいメガネ屋が、できたというので、来てみた。なんでも、オーダーメイドで、望み通りのメガネが、作れるそうじゃないか。だから」
レオンの言うことをじれったそうに聞いていたコパンは、おかしなことに気づきました。彼の体がだんだんとぼやけてきて、ゆっくりと消えていくようなのです。
「き、消えていく!」
思わずコパンは叫んでしまいました。けれども店主は落ち着いています。
「ホッホッホッ、コパンは始めて見るかな。驚くことはない。消えているんじゃなくて、まわりと同じ模様に変わっているだけさ」
「そうだ、オレさまは、じっとしていると、体がまわりに合わせた色に、変わっていくんだ。それがオレさまのいいところであり、欠点でもある」
急にレオンの体が緑色に戻りました。どうやら興奮すると体の色が戻るようです。
「じつは、望まなくても、じっとしているだけで、色が変わっちまう体は、不便でもある。こうしてしゃべっていても、消えちまうと、いるのかいないのか、わからないだろ。だから、誰にでも、オレさまがここにいると、わかるメガネが欲しいのさ。体は消えても、メガネでわかるだろ。ただメガネは見えても、だれも気にならないといけない。メガネを見て、虫たちが怖がって、逃げちまったら、オレさまは飢え死にしてしまう」
コパンには、彼の言っていることがよくわかりませんでした。彼の掛けているメガネとわかれば、メガネを見ただけで虫は逃げると思います。店主はそれでもニコニコしながら言いました。
「はい、わかりました。ご希望のメガネをお作りしましょう。一度作ったメガネと同じ物は二度と作れませんが、そうでないオーダーならどんなメガネでもお作りいたします」
コパンは少し心配でした。なにせ初めて買ってもらえるかもしれないのです。ぜひ気に入ってほしいと、心の中で願いました。
店主はレオンの希望を確かめながら、エプロンの前ポケットに手を入れてモゾモゾし始めました。ポケットにはメガネ粉というメガネの素が入っていて、それをこねて作られます。ポケットの中でしばらくこねた後、ボール大の丸い塊を取り出しました。手の平にのせて見せたそれは、粘土でできたパンダ顔のようでした。
「これはパンダネといいまして、メガネの素でございます。これをこのオーブンに入れて、三分経ちましたらできあがりです」
これまたパンダ顔のようなオーブンにパンダネを入れると、店主はおまじないのような、決め言葉を言いだしました。
「当店はメガネ屋ではございません。おめがね屋です。どんなご注文にもお応えいたします。パンダネをオーブンに入れたら三分お待ちください。あなたのおめがねにかなったピッタリのメガネのできあがりです」
レオンは三分間なにも話さず、ジッとオーブンを見つめていましたから、すっかり店内にまぎれて姿を消していました。けれどもチンと音がしたとたん、また緑色にもどりました。どんなメガネが出てくるのかとワクワクしたようです。オーブンといっても焼くわけではありませんので、店主はすぐにメガネを取り出してみせました。
メガネはフレームが虹色に輝いていて、とてもきれいな物でした。レンズはヒスイのように薄緑色に透き通っていて、少し渦を巻いているようです。ただフレームの割に小さなレンズは、レオンの目にはギリギリの大きさに見えました。レオンは舌をピュッと伸ばして、店主の手からメガネを取ると、すぐに掛けてみました。コパンはその舌の速さに驚きました。
「こりゃいい、ピッタリだ。何でも良く見える」
そう言ってレオンが喜んでくれたので、コパンはホッとしました。彼の目のまわりに虹がかかっているようなのに、不思議と変に見えません。
「気に入った。こんなキレイなメガネはほかにない。これならオレさまのいることがハッキリとわかるというものだ。いくらだね」
「はい、ありがとうございます。二万ドングリになります」
レオンは少し高いと思いましたが、オーダーメードで世界にひとつしかないと思うと、それくらいはしても仕方ありません。メガネを掛けたまま支払いを済ませると、そのまま帰ろうとしました。
「あ、ひとつだけ注意していただくことがございます」
店主はニコニコしながらも、これだけはどうしても守って欲しいと念を押して言いました。
「当店のメガネは、まわりの物を見るための物でございます。御自分の顔や姿を見るための物ではございません。ほんの少し鏡を見るのはいいのですが、決してジィッと長く見つめてはいけません。自分の世界に入りこみ、動けなくなってしまいます。それだけはご注意申し上げておきます」
おめがね屋のメガネフレームは耳に掛けるのではなく、ツルのところがカエルの手のようになっています。それでしっかりと頭をつかんで、落ちないようになっているのです。だからどんな顔のお客にも合わせてくれて、はずそうとしない限り掛けていることも気になりません。レオンはすっかり気に入って、ずっと掛けていました。もちろん希望通りに、虫を捕ることにもじゃまになりませんでした。虹色のメガネがあってもレオンの体は消えていますから、気にする虫はいませんでした。それにそれがレオンのメガネとわかっても、虫はみんな、すぐに彼の舌に捕まっていたのですから。
雨上がりに虹が出て、さわやかな風が吹きました。ノソノソと動き出したレオンは、大きな水たまりに自分の姿が映っていることに気づきました。メガネが似合ういい男がいます。彼は本当にいい買い物をしたと思って、ジッと見つめてしまいました。そしてそのまま、動かなくなりました。
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