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第1章 少女は出会う

4話 後輩との付き合い②

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 涼子は優秀であるがゆえに、釣り合う練習相手がいない。なので、楓がいないときはほとんどミット打ちをしているか、型の練習をしていた。

「一本!」
「おお!」

 そうこうしているうちに、勝負が決したようだ。勝ったのは楓で、刻み突きが綺麗に決まったらしい。

「ありがとうございました!」
「ああ。俺もいい運動になったよ」

 片手で汗をぬぐいながら、楓は笑う。

「試合時間は10分29秒。結構持ちましたね」
「ああ。よく頑張ったな」
「えへへ」

 頭を撫でてやると、涼子の顔に自然と惚けるような笑顔が浮かび上がってくる。

「じゃ、お疲れさん」
「はい! 今度は負けませんよ!」
「ああ」

 「楽しみにしとくよ」とだけ返し、楓は更衣室に向かう。道場を出るときに修斗と目が合ったので、会釈だけしておいた。



    ◇ ◇ ◇



(今日の夕飯、何にするかな……?)

 一人暮らしの楓は、掃除洗濯から食事の準備まで、すべて自分一人でこなす。ただ、掃除と言っても基本的に物をあまり置かない楓は、掃除する必要があまりない。なので、選択と食事くらいだ。

「ん?」

 目の前に見えたのはスーパーの看板で、肉のセールを宣伝しているその板は、数多くの主婦の目に留まり、スーパーに引きずり込んでいた。

(……今夜は生姜焼きにするか)

 ちなみに、楓が一番好きなのは豚肉の生姜焼きで、月に3回は作っていた。一人暮らしを始める前から作っているこの料理は、楓にとっては得意中の得意で、学校の家庭科脅威にも負ける気がしないほどだった。

「いらっしゃい!」

 元気な声で出迎える店員を横目に、楓は肉を求めてやってきた主婦たちの群れに向かって勇敢に立ち向かっていった。



    ◇ ◇ ◇



「ありがとうございましたー」

 店員の間延びした声を聞き流し、楓は戦利品を確認する。はちきれんばかりに詰め込まれた肉は、見ていて爽快な気分になってくる。

(これで1週間は持つな)

 肉を毎日欠かさずに食べる楓にとって、今日のセールはありがたいことだった。
 これほど大量に肉があるなら、知らない肉料理にも挑戦できそうだ。

 そんなことを考えているうちに、空が怪しくなる。先ほどまでは見られなかった黒い雲が、どんどんこちらに向かってきているのがわかる。
 これは降りそうだ。

「天気予報では言ってなかったよな……」

 別に異常気象ではないが、想像外の天気になったことは明らかだ。
 確か、今日は洗濯物が干してあったはず。早めに取り込まないと、ずぶ濡れになってしまう。

「はあ……」

 ため息を吐きながら、家に向かって走り出す。雨が降るなど予想もしていなかった楓は、傘の類は全く持ってきていなかった。
 ここからアパートまでは走って3分程度。それまでに降らないかどうかは微妙なラインで、迫りくる雲の速さを見る限りではあと数分で降り出してもおかしくなかった。

「うわっ!」

 頭にポツリと当たった水滴に、楓は小さい悲鳴を漏らす。
 最悪だ。思ったより早く降り出してしまった。どこかに雨宿りしていくべきだろうか? いや、ここまで来たらどこにも寄らずに帰るのがいい。
 コンビニに寄って傘を買うことも考えたが、そうしているうちに洗濯物が壊滅的な被害を被ることになりそうだったので、考えるのをやめて一心に走ることにした。

「……ん?」

 楓が16年の人生でも指折りの全力疾走をかましていると、前方で何かが転んだ。いや、今の動きは転ぶというよりは倒れるに近かった。

「ちょっ——大丈夫か!?」
「ッーー!」

 楓が声をかけた瞬間に、その体がびくりと震える。まるで何かに怯えるような眼は、楓の顔を見てさらに強張る。

「………ぃで」
「ん?」
「構わないで……」

 こちらを睨みつけるようにして威嚇するが、それほど怖くはない。
 それよりも、楓は別のことでさらに驚いていた。

「……瀬川か?」
「……」

 答えはない。だが、女子の平均身長に近い体だが一部分がフラットな体型と人形のように整った顔は、学校一の有名人である瀬川穂香のものだった。

「あっつ……お前これ……」
「放っておいて……!」

 言葉は尖っているが、言っている本人は死にそうになっている。額に手を添えてみると、かなりの熱を持っていることが分かった。

「病院行けよ」
「……」
「どうした? ……おい!」
「……」

 楓に体重を預けたまま動かない穂香は、揺さぶられても返事をしない。苦しそうな息遣いだけが、彼女の生存を確かめる術となっていた。

(この近くの病院……ダメだ遠い。それに、予約なしだと後回しにされる)

 ここから運び出す手段もない。体力に多少の地震がある楓とはいえ、同い年の少女を連れて歩くのはきつい。
 さて、どうするか……?
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