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第2章 お隣の令嬢さん
7話 令嬢がお世話①
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「ねえ」
「ん?」
「何か嫌いなものはある?」
「特にない」
「本当?」
「ああ」
小さいころから、苦手なものを極力作らないように生きてきた。しかし全部の食べ物が好きなのかと言われると、それも違う。
辛いものはあまり好まないし、ゲテモノ系を自分から進んで食べることはない。無論、勧められたら食べる。
「それにしても意外だな」
「何が?」
「瀬川ってコミュ障じゃなかったんだな」
「喧嘩売ってるなら言い値で買うわよ」
「ごめんなさい」
キッチンで何かを作りながら、穂香は楓の言葉にため息を吐く。
「別に話せないというわけではないけど……自分から話しに行かないだけよ」
「そうか」
「そうよ」
コトコトと音を立てながら出来上がっていくのは、おそらく雑炊だろう。よほど味付けが上手いのか、匂いだけでも腹が減ってくる。
それでも、急にこみあげてきた眠気には抗えずに意識を手放していた。
◇ ◇ ◇
「反応がないと思えば……」
ソファの上で静かに寝息を立てている楓を見て、穂香はため息を吐く。その手には、出来立ての雑炊が乗せられていた。
「……顔立ちは整っているのよね……」
穂香は、中学の入学式で楓を初めて見たときから彼のことを気にかけていた。もちろん異性として、という部分もあるのだろうが、穂香は人として、楓のことが気になっていたのだ。
楓は、その中性的で整った顔立ちのせいか、女子には密かに人気があった。彼が空手の猛者といううわさもギャップとしてそれに拍車をかけている。
「一昨日に初めて話したけど、意外と話しやすい人でよかったわ」
穂香はあまり教室では感情を表に出さない。あまり、というかほぼ無である。
だが、彼女にも人間らしい感情はある。特に、新しいことに対する好奇心は人一倍あった。
そんな穂香が目を付けた楓という男子は、意外にも他と変わらなかった。
よくあることである。特別だと思っていたものが、実はありふれたものと中身は同じだったということは。楓は顔立ちこそ特別を言えるほどには整っているものの、中身——話しやすさという面では他と同じだった。
「さて……」
放っておくと勝手に考え込んでしまう自分の頭にストップをかけ、穂香は楓をゆすりだした。
「起きなさい。どうせ朝から碌なもの食べてないんだから、昼も抜いたら体に悪いわよ」
「んぅ……」
女子のようなうめき声をあげて、楓が瞼を開ける。まだ焦点が定まっていないのか、表情はボーっとしている。
「ここは……あ、そうか。瀬川か」
「ええ」
「ひる……ごはん……」
これまた女子のような仕草で、もぞもぞと起き上がった楓を見て、穂香はため息を吐く。
「新条くん……君、朝は弱いほうなのね」
「……んなことない。朝はいつも眠りが浅いときにアラームを鳴らしてるから、比較的すっきりとした目覚めだぞ」
「そう」
「ああ」
人間には、レム睡眠とノンレム睡眠があり、浅い眠りであるレム睡眠の時にアラームが鳴ればすんなりと起きやすい。逆に深い眠りであるノンレム睡眠の途中で起こされれば、起きても意識が微睡の中にあるという状態が起きやすいらしい。
「というか、そんなピンポイントにアラームを鳴らすことってできるの?」
「最近のアラームアプリだと、寝てる時の音をリアルタイムで解析することで、対象が今どの眠りの状態にあるかは把握できるらしい」
「便利ね」
「ああ」
別にその気はないのだが、この会話だけ聞き取るとどうしてもステルスマーケティングの気配を感じ取ってしまうのは気のせいだろうか。
「それはいいとして……もう十分に目が覚めたでしょ? お昼食べなさい」
「はいよ」
楓が体を起こすと、ごく自然な動作で穂香が彼の額に手を添える。
「……熱は下がってるわね。37度と少しといったところかしら」
「わかるのか」
「大体だけどね。心なしか君の顔色も良くなってきてるし」
「おかげさまで」
先ほどまで死にそうだった楓が短時間でここまで回復したのは、穂香の看病が良かった証だ。瀬川の一人娘とは思えないほど家庭的で、意外と庶民的だった。
「君、私が瀬川の娘だからってなにもできないと勘違いしてたでしょ?」
「なんでバレた」
「勘」
そういってはにかむ穂香を見て、楓は昔「女という生き物は異常に勘が強いから用心しろ」と言っていた父のことを思い出した。彼は今、湊と一緒にアメリカにいるらしいが、うまくやっているだろうか?
「早く食べないと冷めるわよ?」
「それはもったいないな」
目の前に置かれた雑炊は、見てるだけでも涎が出てきそうなほどに美味しそうで、もくもくと上がっている湯気がさらに食欲を煽る。
「「いただきます」」
穂香と一緒に手を合わせると、楓はすぐに雑炊の中にスプーンを入り込ませ、流れるようにして口に持っていった。
「美味い……!」
「本当?」
「ああ。一人暮らしを何年もしているが、これほど美味い雑炊を食ったのは久しぶりだ」
そう言いながらも、楓は次々に手を動かしてお椀の中を空にしていく。10分経った頃には、中身はすっかり空になっていた。
「お代わりあるけど、いる?」
「……頼む」
「了解」
楓からお椀を受け取った穂香は、若干だが嬉しそうに追加の雑炊を装っている。
本人からしたらそんな気は無いのだろうが、楓の胃袋はすっかり捕まってしまっていた。
「はい」
「ありがとう」
先ほどまではあった抵抗感が、今はすっかりなくなっているのを感じる。
心なしか、穂香も楓に対して物腰が柔らかくなっている気がした。
「ん?」
「何か嫌いなものはある?」
「特にない」
「本当?」
「ああ」
小さいころから、苦手なものを極力作らないように生きてきた。しかし全部の食べ物が好きなのかと言われると、それも違う。
辛いものはあまり好まないし、ゲテモノ系を自分から進んで食べることはない。無論、勧められたら食べる。
「それにしても意外だな」
「何が?」
「瀬川ってコミュ障じゃなかったんだな」
「喧嘩売ってるなら言い値で買うわよ」
「ごめんなさい」
キッチンで何かを作りながら、穂香は楓の言葉にため息を吐く。
「別に話せないというわけではないけど……自分から話しに行かないだけよ」
「そうか」
「そうよ」
コトコトと音を立てながら出来上がっていくのは、おそらく雑炊だろう。よほど味付けが上手いのか、匂いだけでも腹が減ってくる。
それでも、急にこみあげてきた眠気には抗えずに意識を手放していた。
◇ ◇ ◇
「反応がないと思えば……」
ソファの上で静かに寝息を立てている楓を見て、穂香はため息を吐く。その手には、出来立ての雑炊が乗せられていた。
「……顔立ちは整っているのよね……」
穂香は、中学の入学式で楓を初めて見たときから彼のことを気にかけていた。もちろん異性として、という部分もあるのだろうが、穂香は人として、楓のことが気になっていたのだ。
楓は、その中性的で整った顔立ちのせいか、女子には密かに人気があった。彼が空手の猛者といううわさもギャップとしてそれに拍車をかけている。
「一昨日に初めて話したけど、意外と話しやすい人でよかったわ」
穂香はあまり教室では感情を表に出さない。あまり、というかほぼ無である。
だが、彼女にも人間らしい感情はある。特に、新しいことに対する好奇心は人一倍あった。
そんな穂香が目を付けた楓という男子は、意外にも他と変わらなかった。
よくあることである。特別だと思っていたものが、実はありふれたものと中身は同じだったということは。楓は顔立ちこそ特別を言えるほどには整っているものの、中身——話しやすさという面では他と同じだった。
「さて……」
放っておくと勝手に考え込んでしまう自分の頭にストップをかけ、穂香は楓をゆすりだした。
「起きなさい。どうせ朝から碌なもの食べてないんだから、昼も抜いたら体に悪いわよ」
「んぅ……」
女子のようなうめき声をあげて、楓が瞼を開ける。まだ焦点が定まっていないのか、表情はボーっとしている。
「ここは……あ、そうか。瀬川か」
「ええ」
「ひる……ごはん……」
これまた女子のような仕草で、もぞもぞと起き上がった楓を見て、穂香はため息を吐く。
「新条くん……君、朝は弱いほうなのね」
「……んなことない。朝はいつも眠りが浅いときにアラームを鳴らしてるから、比較的すっきりとした目覚めだぞ」
「そう」
「ああ」
人間には、レム睡眠とノンレム睡眠があり、浅い眠りであるレム睡眠の時にアラームが鳴ればすんなりと起きやすい。逆に深い眠りであるノンレム睡眠の途中で起こされれば、起きても意識が微睡の中にあるという状態が起きやすいらしい。
「というか、そんなピンポイントにアラームを鳴らすことってできるの?」
「最近のアラームアプリだと、寝てる時の音をリアルタイムで解析することで、対象が今どの眠りの状態にあるかは把握できるらしい」
「便利ね」
「ああ」
別にその気はないのだが、この会話だけ聞き取るとどうしてもステルスマーケティングの気配を感じ取ってしまうのは気のせいだろうか。
「それはいいとして……もう十分に目が覚めたでしょ? お昼食べなさい」
「はいよ」
楓が体を起こすと、ごく自然な動作で穂香が彼の額に手を添える。
「……熱は下がってるわね。37度と少しといったところかしら」
「わかるのか」
「大体だけどね。心なしか君の顔色も良くなってきてるし」
「おかげさまで」
先ほどまで死にそうだった楓が短時間でここまで回復したのは、穂香の看病が良かった証だ。瀬川の一人娘とは思えないほど家庭的で、意外と庶民的だった。
「君、私が瀬川の娘だからってなにもできないと勘違いしてたでしょ?」
「なんでバレた」
「勘」
そういってはにかむ穂香を見て、楓は昔「女という生き物は異常に勘が強いから用心しろ」と言っていた父のことを思い出した。彼は今、湊と一緒にアメリカにいるらしいが、うまくやっているだろうか?
「早く食べないと冷めるわよ?」
「それはもったいないな」
目の前に置かれた雑炊は、見てるだけでも涎が出てきそうなほどに美味しそうで、もくもくと上がっている湯気がさらに食欲を煽る。
「「いただきます」」
穂香と一緒に手を合わせると、楓はすぐに雑炊の中にスプーンを入り込ませ、流れるようにして口に持っていった。
「美味い……!」
「本当?」
「ああ。一人暮らしを何年もしているが、これほど美味い雑炊を食ったのは久しぶりだ」
そう言いながらも、楓は次々に手を動かしてお椀の中を空にしていく。10分経った頃には、中身はすっかり空になっていた。
「お代わりあるけど、いる?」
「……頼む」
「了解」
楓からお椀を受け取った穂香は、若干だが嬉しそうに追加の雑炊を装っている。
本人からしたらそんな気は無いのだろうが、楓の胃袋はすっかり捕まってしまっていた。
「はい」
「ありがとう」
先ほどまではあった抵抗感が、今はすっかりなくなっているのを感じる。
心なしか、穂香も楓に対して物腰が柔らかくなっている気がした。
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