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第一章
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しおりを挟む準男爵が司祭を殴ろうと振り上げた腕を、父が掴んでいる。
準男爵は、掴まれた腕を抜こうとしてもがいているが外れないようだ。
当然だろう。父は伊達に騎士を名乗ってはいない。
剣を握れなくなれば死を意味するんだ。握力はいくらあってもいい。
野菜なんか握って潰せるぞ?
彼の腕も誤って潰してしまうかもしれないな…。面倒になるからしないだろうがな。
準男爵は、脂汗を垂らしながらまだ吠える。
「何をする! 無礼者が!! エゴン! 警ら隊を呼んでこい!」
「はい! ただいまー!」
執事?がドスドスと音を立てて教会を出ていった。
父は腕を掴んだまま、警らが来るまで待つようだ。
まあね。ちょうど良いから警らに連れていってもらうんだろうな…。
うるさいし、騒がしいし、鬱陶しいし……。
ところで、さっきからパッツパツのドレスのオジョウサマが、僕とシュヴァルをガン見してきているんだよ……。
シュヴァルなんてモロに嫌そうな顔をして、母の影に隠れてしまった。
僕も鬱陶しい視線から逃れたいが、ギルの後ろにはクリスタがいるし、隠れるところがない。
ついに、気持ち悪くハアハアしながら僕に声をかけてきた。
「そこのおまえ。わたしのじゅうしゃになりなさい。めいれいよ。かわいがってあげるわ。このわたしがわざわざこえをかけたのだから、ありがたくおもいなさい」
「はあ~??? キッパリ断る!」
うっわっ!! キモっ!!! 鳥肌たったぞ。
「なんですってっ!! このわたしのめいれいがきけないというの?」
オジョウサマは、きぃーって言いそうな感じで怒っている。
頭がおかしいし目も節穴だろう。
今日の僕らは質素な服装をしているが、よく見れば生地も仕立ても上質な服を着ている。
服だけとっても、自分らと同等かそれ以上の身分だとは思わないのだろうか?
……思わないんだろうなぁ…。
着飾ることが貴族の証ではないんだがな。
なんであんなのが準男爵なんだ?
何かの功績で叙爵された一代貴族だろう?
この国の制度もザルなのかもな…。
そんなことを考えていたら、警ら隊が到着したようだ。
ドスドスと走る執事?の後から、ガシャガシャと音をたてながら警ら隊が教会に入ってきた。
準男爵が勝ち誇ったように叫ぶ。
「おい! この男を捕まえろ!」
だが、警ら隊は困惑した顔で動かない。
何しろ、捕まえろと言われた相手は領主の息子だ。
警ら隊は領主軍で構成されている。
父が王立魔法学院に入学するまでは、毎日領主館で一緒に訓練に勤しんでいたはずだ。
「何をしておる! 速く捕まえろ!! 儂の命令が聞けぬのか!!!」
叫んでいる準男爵を無視して、警ら隊の一人が声をかけてきた。
「どうされましたか?」
警戒して敢えて名前を呼ばずに聞いてきた騎士を確認して、父はニッコリして言う。
「うん。ありがとう。この者たちが魔力測定の列に、貴族だからと割り込みをしてね。それを司祭様が取り合わなかったから、この男が殴ろうとしたんだよ」
騎士は片眉をあげて聞いた。
「貴族というだけで?」
「うん。どうも貴族というものを勘違いをしているようだね?
挙句に、そこのオジョウサマが、私のかわいい息子に従者になれって言うんだ。命令だってさ」
父が、汚物を見るようにオジョウサマを見ながら、吐き捨てるように言った。
「はぁ?? バカですか? ……あぁ、そのようですね…」
騎士が呟いた。
「君の隊に来てもらって助かったよ。身分を振りかざすものには、身分は有効だからね。後は頼んでいいかい?」
そう言って、準男爵が振り上げた状態でずっと掴まえていた腕を、騎士に引き渡した。
騎士も男の腕をギッチリ握り、了解しましたと言うと、部下に指示を出して準男爵ご一行を引き連れて出ていった。
出ていく時も騒いで抵抗していたが、騎士が何かを囁くと、準男爵達は顔面蒼白になって、まだ騒いでいるオジョウサマを黙らせて連行されていった。
教会内にいる人々から、ホッと安堵のため息が漏れた。
司祭が父に足早に寄ってきて、綺麗な礼をする。
「アドルフ様。ありがとうございました」
「いや。最初はかかわるつもりがなく、皆には嫌な思いをさせてしまい申し訳なかった」
父はそう言うと、列に並ぶ人々に軽く頭を下げた。
みんなは驚いているが、父は、自分に非があれば頭を下げることにこだわりがないようだ。
司祭は父と少し話した後、次の家族を連れて奥に入っていった。
待っている間に、父に先程気になったことをコッソリ聞いてみた。
「父様。先程の騎士様の隊で良かったというのはどういう意味ですか?」
「ああ、彼は伯爵家の三男なんだよ。他にも彼の隊には子爵や男爵家の子息が多いんだ。もちろん領主軍だから実力も文句ないよ。いろんな役割の中で、そういう隊もあるってことだよ」
コッソリ質問したのだが、一応防音の結界も張ったのがわかったからか、父は彼らが対貴族の部隊だときちんと教えてくれた。
その後は順調に進み、僕らの番になった。
みんなで奥の小さな部屋の前に着いた。
ギルには部屋の前で待っていてもらい中に入る。
部屋の奥に創造神のシャッフェン像があった。
シュヴァルは、顔見知りの神を祀ってある祭壇を嫌そうに見ている。
母は逆に嬉しそうだ。巫女として仕えてきた主神の声は、今でも聞こえるらしいからな。
僕とクリスタ、シュヴァルの三人が前に出て、司祭から祝福の御言葉をいただく。
その後で、一人ずつ祭壇の前に置いてある水晶球に手を載せると、水晶球の下にある魔道具から、個人カードが吐き出された。
これで正式な国民登録が終わり、晴れて身分証明書を手に入れたことになる。
カードには、名前・家・住所・生年月日・魔力量・魔法属性等の個人の基本情報が書き込まれている。普段は非表示にしていた方が良いから、内容を確認したら早速非表示にしよう。
三人とも魔力測定が終わり、個人カードの見せ合いをして確認したところ、昨夜かけた<隠蔽>魔法はきちんと効いているようで、カードの表示内容はちゃんと偽装されていた。
参考にしたステータスは、エマの息子ヴィクトルのステータスだ。
それにそれぞれ少しだけ色をつけてあるだけだ。
両親に知られている僕の能力を公表するつもりはなく、僕らの魔法属性も、ましてやシュヴァルの正体を公表するつもりも全くない。
だから、両親には偽装することを伝えてある。
これから生きていく過程で注目されることはあるだろう。
だが、五歳で人生を決められたくないし、自由を奪われたくもないんだ。
せめて、魔法学院に入学するまでは静かに暮らしたい。
両親にもカードの表示内容を見せて、大丈夫だと言ってもらって少し安心した。
その後すぐに名前以外の情報を非表示にしたんだ。
なんとか魔力測定を乗り切れて良かった。すごくホッとした。
そうして、僕らは、ようやく冒険旅行に必要なカードを一つを手に入れた。
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