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婚約

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「ええ演奏だったやん」

フミさんにそういわれて嬉しいような恥ずかしいようなでなかなか言葉が出てこない。

「あ、ありがとうございます」

「ほんまにあんたの演奏変わったよなあ。ずっと見とったけどさ」

ふとした一言でフミからの注文のカクテルを作る手が止まる。

「今、なんて?」

「ずっと見とったっていうた」

「いつからです?」

ジンは入れた……。よな?次はパイナップルジュース……。どこに置いてあったっけ……?って
作ってる場合やない!!

「手え止まってんでー」

「ほんまに意気地なしやってんなー、アキラ。私もミリオンダラーひとつー」

横から顔を出す祐子。この母娘、怖いかもしれないぞ。

「あんたがココで弾き始めたくらいから見とったで」

「せやから街中で俺に声掛けたんですか?あん時」

2年前、まだ大学校に通っていたころのティーパーティーを思い出す。

「せやで?せんせがえらい心配しとってんよ」

「あー、お母ちゃんのことを口説いたっていう?」

「せやねん。あん人うちが既婚なこと知らんねんな」

色々初耳で頭が混乱しているがしっかり二人分ミリオンダラーを作り、提供する。

「ま、あん人も最近来たり来なかったりですわ。忙しいんやないかな」

いや、滅多に来なくなったし、風の噂で、、、。とは聞いていたけれどそうであって欲しくないと口をつぐむ。

出来れば今日の演奏を見てほしかったな。と少し思ったが胸の奥にしまっておく。

「そういえば祐子、浮いた話の一つでもあったりせんのん?」

フミさんの言葉に思わず祐子と目を見合わせてしまう。
そして先日の開店前の出来事を思い出して二人して赤面する。

「ほー。とうとうくっついたか」

裏で作業をしていたマスターがよりによって最悪なタイミングで出てくる。

ニヤニヤとこちらを見つめるフミさんとマスターはやはり悪魔だ。

「もー、人様の娘に手えだしてー」

でも、どことなく嬉しそうなフミさんが見れて嬉しいようなほっとしたような。

「でもほんまに最近やねん。付き合ったの」

「右も左もようわからん感じで付き合ったって感じやな」

真っ赤な顔でしどろもどろする祐子が愛おしいと思ってしまったが今は目の前の悪魔たちをなんとかせねば。

「あんたにならうちの娘任せられるって言うたやろ?」

にっこりと笑うフミ。逆に倒されてしまったな。などと思うのは野暮というものだろうか。

「はい。あと……。俺考えていることがあって」

「なんや言うてみ」

ずっと。ずっと考えていたこと。
だけど、祐子にもマスターにもまだ言えなかったこと。

「俺も祐子と一緒に欧州に行きたいと思うてて。俺、今日二コラと弾いて余計に思ったんです。もっと弾きたい。上を目指したいって」

「ほー。そうか。やっと決心固まったか。祐子はどないや?」

「え、それって……」

少し驚いた顔をする祐子。

「まだまだ俺も未熟やと思うし、祐子の足引っ張るかもしれん」

途切れ途切れの言葉になってしまう。

「でも、俺祐子と一緒に成長したいし、いろんな世界見てみたい。だから……」

「嫌や!その先はうちが言いたい!」

キョトンとする俺とにやにやするお節介な悪魔二人。

「うちもアキラといろんな世界見てみたい!ずっと一緒におりたい!結婚しよ」

いつもいつも俺は引っ張ってもらってばかりだな。と思ってしまったが、その気持ちが嬉しかった。

「喜んで」

「んなことケツの青い若造が言うとりますけどお母ちゃんどないでっか?」

といい雰囲気になりかけたところをマスターが茶々を入れる。

「せやなー。許さんわけなかろ」

にっこりと笑うフミさんにはいつも敵わない。

「お前がいなくなるん寂しくなるなあ」

いつもおちゃらけてるマスターにしみじみ言われてしまうとこちらも少し寂しくなってくる。

「そんなすぐには行かんで?」

「わかっちゃいるけどってやつや。ほっとけ」

マスターも、少しは良いところあるんやな。

「ま、準備もあることやろうし、そこまでうちらは温かく見守ったろうや」

「せやなあ……」

その日は今までの一連のやり取りを見ていた常連客に茶々をいれられ、祝福され、嬉し恥ずかしな気持ちで終了したのだった。


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