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音楽喫茶デート
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この前オーナーに会った日とは打って変わってその日は少しずつ厳しい暑さが和らぎ、
過ごしやすい天気だった。
アキラのほうは薄手のグレーのスラックスに黒のサスペンダー、白の長袖のブラウス、
その上に薄手のジャケットを羽織り、グレーのハンチング帽を被っていた。
待ち合わせの時間までは少しだけ時間があるので祐子にお菓子でも買ってやろうと、
三越に寄ってお菓子売り場を眺めているとオーナーにばったり出くわす。
「お、アキラじゃん」
オーナーは今日私服なのだろう。
ゆったりとした着物に身を包み、首には飾りをしていた。
「あ、オーナー。こんにちは」
「なんだよ、お土産か?」
「はい。祐子甘いもの好きなんで」
「だろうな、俺もほら」
朝子さんへのお土産なのだろう。手提げをアキラに見せてきた。
「俺まだ迷ってるんですよね。何買おうかな」
「朝子のお勧めは確かここのエクレールだったと思う」
「ほんまですか!?ありがとうございます」
「じゃ、またあとで」
ひらひらと手を振り、立ち去るユウタを見送ると自分も朝子さんがおすすめと言っていたというエクレールを買い、
待ち合わせの場所に向かった。
「アキラ君!」
聴きなれた声、だけど愛おしい声がして振り向くとそこには祐子がいた。
祐子は白のクロッシュに白地の花柄の
ワンピースを着ていた。
メイクは赤のアイシャドウに細眉で赤い紅を口にさしており、洗練されたお嬢様の雰囲気を醸し出す。
「ごめん、待った?」
「ううん。全然。今日の祐子、可愛いな」
こんなにまっすぐに愛情表現をしたことが無かったことに気が付き、赤面する。
「ふふ、ありがとう。アキラ君も素敵やで」
「これ、お土産」
「わあ!ありがとう。私ここのエクレール大好きやねん!」
この笑顔を見れただけで感無量だった。
心のなかでオーナーにしっかり感謝する。
「ほな、行こか」
そしてゆっくりアキラは祐子の手を引いたのだった。
マスターが教えてくれた喫茶店は人通りが多いところにあるにも関わらず、とても閑静な喫茶店だった。
物静かな店員に注文すると丁寧にコーヒーを入れてくれた。
アキラはコーヒーを注文し、祐子はちゃっかりワッフルのセットを頼み、
幸せそうに口に運んでいた。
「ここのワッフル美味しい!ジャムもこれ手作りよな?凄く濃厚!」
「はは、よかった。よっぽど美味しいんだな」
えへへ。と少しだけばつの悪そうな顔をする祐子が愛おしい。
「ワッフル、小さいころお母さんが作ってくれててん。それがすごく美味しくてさ」
「フミさん、何でもやるんやな」
「うん、お菓子もそうだけど毎日お料理しててんよ、お母ちゃん」
「でも、お店は?」
「お店もやってたけど私たちのためにお店に小さい台所を作ってくれてんよ」
アキラはティーパーティーの時のフミさんのお店の小さな台所を思い出す。
確かに洋装店には不釣り合いなほどのしっかりとした台所の設備と、
そこそこ大きな木製の洋式の机が置いてあった。
「お父ちゃんいない時はお店でご飯食べてん」
「そうか、あの部屋お店とは違う居住空間みたいな感じなのか」
「そそ、お父ちゃんが日本にいるときはお父ちゃんがお店に寄って一緒におうち帰ったりしててんよ」
そして一口またワッフルの上のアイスクリンを食べては顔をとろけさせる祐子。
「大変そうやなあ」
「実際、大変やったと思う。兄ちゃんと弟はよくお店で走り回ってお母ちゃんに怒られてた」
「あのお店で走り回るのもすごいな」
「でもおかあちゃんどこか嬉しそうやってんな」
「フミさん、にぎやかなの好きそうだしな」
「兄妹みんな、あのお店が大好きでさ。潰したくないって言ってるんやけどお母ちゃん頑固だから好きなことしろって言うねん」
懐かしそうに虚空を見つめる祐子。
「でもな、今お母ちゃんに内緒で兄ちゃん、洋装職人の女の子と付きおうてんよ、実は」
その言葉に思わず飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになる。
どこまで豪胆な兄妹なのだろう。
「なんでバレてないねん!?」
「去年の正月に帰ってきたらしいねんけどな?お母ちゃんにはバレてないらしいねん」
「いーや、絶対あの人のことやからバレとる」
「ま、案の定彼女いることはバレてるんやけど洋装職人なことはバレてないって」
「なるほどなあ」
「来年結婚して結婚の報告するらしいねんけどどうだかねえ?」
自分たちもいつかは……。結婚をするんだろうか。
「ま、末っ子は日本中旅して曲芸師みたいなことやってるよ。手紙もなんもないねんなあ。今どこにいるんだか」
「すげえな、まるで芸術一家だ」
「兄ちゃんは外交官だからそうでもないよ」
「優秀すぎるだろ……。じゃあ兄ちゃんが店守るのか」
「うん。そう言ってるよ。彼女もそうしたいって言ってるらしくてさ」
「素敵だな、それも」
「お母ちゃんが残したものをうちらの代だけでも大事にしたかってん。あーあ、もう少し早く教えてくれればうち洋裁の勉強なんてせんかったのになあ」
「なんでもやれるのな、祐子も」
「お母ちゃんほどでもないけどねえ」
クスクスと笑う祐子が何だかまぶしく見えた。
「あ、そろそろ時間ちゃう?」
「ほんまや。音楽喫茶に向かおうか」
「うん!」
喫茶店でのお会計を済ませて、店を出る。
いつも通りの談笑をしながら手を繋いで、今度は音楽喫茶に向かった。
夏の終わりの柔らかい光がアキラと祐子のことを優しく包んでいた。
過ごしやすい天気だった。
アキラのほうは薄手のグレーのスラックスに黒のサスペンダー、白の長袖のブラウス、
その上に薄手のジャケットを羽織り、グレーのハンチング帽を被っていた。
待ち合わせの時間までは少しだけ時間があるので祐子にお菓子でも買ってやろうと、
三越に寄ってお菓子売り場を眺めているとオーナーにばったり出くわす。
「お、アキラじゃん」
オーナーは今日私服なのだろう。
ゆったりとした着物に身を包み、首には飾りをしていた。
「あ、オーナー。こんにちは」
「なんだよ、お土産か?」
「はい。祐子甘いもの好きなんで」
「だろうな、俺もほら」
朝子さんへのお土産なのだろう。手提げをアキラに見せてきた。
「俺まだ迷ってるんですよね。何買おうかな」
「朝子のお勧めは確かここのエクレールだったと思う」
「ほんまですか!?ありがとうございます」
「じゃ、またあとで」
ひらひらと手を振り、立ち去るユウタを見送ると自分も朝子さんがおすすめと言っていたというエクレールを買い、
待ち合わせの場所に向かった。
「アキラ君!」
聴きなれた声、だけど愛おしい声がして振り向くとそこには祐子がいた。
祐子は白のクロッシュに白地の花柄の
ワンピースを着ていた。
メイクは赤のアイシャドウに細眉で赤い紅を口にさしており、洗練されたお嬢様の雰囲気を醸し出す。
「ごめん、待った?」
「ううん。全然。今日の祐子、可愛いな」
こんなにまっすぐに愛情表現をしたことが無かったことに気が付き、赤面する。
「ふふ、ありがとう。アキラ君も素敵やで」
「これ、お土産」
「わあ!ありがとう。私ここのエクレール大好きやねん!」
この笑顔を見れただけで感無量だった。
心のなかでオーナーにしっかり感謝する。
「ほな、行こか」
そしてゆっくりアキラは祐子の手を引いたのだった。
マスターが教えてくれた喫茶店は人通りが多いところにあるにも関わらず、とても閑静な喫茶店だった。
物静かな店員に注文すると丁寧にコーヒーを入れてくれた。
アキラはコーヒーを注文し、祐子はちゃっかりワッフルのセットを頼み、
幸せそうに口に運んでいた。
「ここのワッフル美味しい!ジャムもこれ手作りよな?凄く濃厚!」
「はは、よかった。よっぽど美味しいんだな」
えへへ。と少しだけばつの悪そうな顔をする祐子が愛おしい。
「ワッフル、小さいころお母さんが作ってくれててん。それがすごく美味しくてさ」
「フミさん、何でもやるんやな」
「うん、お菓子もそうだけど毎日お料理しててんよ、お母ちゃん」
「でも、お店は?」
「お店もやってたけど私たちのためにお店に小さい台所を作ってくれてんよ」
アキラはティーパーティーの時のフミさんのお店の小さな台所を思い出す。
確かに洋装店には不釣り合いなほどのしっかりとした台所の設備と、
そこそこ大きな木製の洋式の机が置いてあった。
「お父ちゃんいない時はお店でご飯食べてん」
「そうか、あの部屋お店とは違う居住空間みたいな感じなのか」
「そそ、お父ちゃんが日本にいるときはお父ちゃんがお店に寄って一緒におうち帰ったりしててんよ」
そして一口またワッフルの上のアイスクリンを食べては顔をとろけさせる祐子。
「大変そうやなあ」
「実際、大変やったと思う。兄ちゃんと弟はよくお店で走り回ってお母ちゃんに怒られてた」
「あのお店で走り回るのもすごいな」
「でもおかあちゃんどこか嬉しそうやってんな」
「フミさん、にぎやかなの好きそうだしな」
「兄妹みんな、あのお店が大好きでさ。潰したくないって言ってるんやけどお母ちゃん頑固だから好きなことしろって言うねん」
懐かしそうに虚空を見つめる祐子。
「でもな、今お母ちゃんに内緒で兄ちゃん、洋装職人の女の子と付きおうてんよ、実は」
その言葉に思わず飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになる。
どこまで豪胆な兄妹なのだろう。
「なんでバレてないねん!?」
「去年の正月に帰ってきたらしいねんけどな?お母ちゃんにはバレてないらしいねん」
「いーや、絶対あの人のことやからバレとる」
「ま、案の定彼女いることはバレてるんやけど洋装職人なことはバレてないって」
「なるほどなあ」
「来年結婚して結婚の報告するらしいねんけどどうだかねえ?」
自分たちもいつかは……。結婚をするんだろうか。
「ま、末っ子は日本中旅して曲芸師みたいなことやってるよ。手紙もなんもないねんなあ。今どこにいるんだか」
「すげえな、まるで芸術一家だ」
「兄ちゃんは外交官だからそうでもないよ」
「優秀すぎるだろ……。じゃあ兄ちゃんが店守るのか」
「うん。そう言ってるよ。彼女もそうしたいって言ってるらしくてさ」
「素敵だな、それも」
「お母ちゃんが残したものをうちらの代だけでも大事にしたかってん。あーあ、もう少し早く教えてくれればうち洋裁の勉強なんてせんかったのになあ」
「なんでもやれるのな、祐子も」
「お母ちゃんほどでもないけどねえ」
クスクスと笑う祐子が何だかまぶしく見えた。
「あ、そろそろ時間ちゃう?」
「ほんまや。音楽喫茶に向かおうか」
「うん!」
喫茶店でのお会計を済ませて、店を出る。
いつも通りの談笑をしながら手を繋いで、今度は音楽喫茶に向かった。
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