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成就
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その日は蝉がけたたましく鳴く、よく晴れた日だった。
いつも通りに音楽喫茶に出勤しようとするとピアノの音が聞こえてきた。
ピアノを弾く人なんていたかな……?たまにマスターがピアノを弾く人なのは知っているが開店前に弾いているのはあまり見たことがない。
子犬のワルツだっけ?まるで子犬が跳ねて飛んで威勢がいい、気持ちが明るくなる曲。
確かショパンの曲だったはず。
しっかし上手いな、だれが弾いているんだろうか……?
ドアを開けると、普段はステージの上で
おとなしくしているグランドピアノが開いていて、そこに座っていたのは……。
祐子だった。
カランカランと入口のベルの音が鳴るが祐子には聞こえていないようで完全に自分の世界に没頭している。
本当にこの人、多彩なんだな。と祐子の演奏に聞き入りながら準備を始めた。
一通り弾き終わるとベートーヴェンのピアノソナタ第8番悲愴の演奏を始めた。
こんな悲壮感のない元気な悲愴初めて聴いたな。と思いながら準備が一通り終わったので店の裏に置いてある自分のバイオリンを持ち出す。
つかつかと近づいていくと、演奏が止まる。
「ちょ、アキラ君来てたん!?」
「来てるも何も……。もう昼過ぎやし営業準備せな」
「ごめん。久しぶりにピアノ弾きたくなってもうて」
「ピアノ、すげえ弾けるんやな。感心した」
「ピアノは習ってたんもあるけど向こうでもたくさん聴いたし弾いたし。ずいぶん創作の助けになったんよ」
懐かしそうに、そしてその時間をいとおしむように回想する祐子。
「一曲、一緒に弾かへん?」
そういうとアキラは手に持ったバイオリンを裕子に見せた。
「いいねえ。何がいいかな」
「夏だしヴァルディの夏とかいいかもな」
「ヴァルディかぁ。女学校くらいの時に散々弾いてたけど今覚えとるか不安やわ」
「ま、やってみたらええやん。主旋律、俺でええ?」
祐子は頷いて、ピアノの鍵盤を指でなぞりながら言った。
「じゃあ、そうしよう」
夏の日差しの中、アキラはバイオリンを肩に担いで笑った。
アキラと祐子は演奏を始めた。
夏の日差しが差し込む店内に、ヴァルディの夏が響き渡った。アキラは祐子のリードに合わせ、バイオリンの音色で情感豊かに主旋律を奏でた。
祐子もそれに合わせ、ピアノの鍵盤を優しく叩く。
そして演奏が終わると、アキラと祐子は目を見つめ合って笑い合った。
そして暫しの間……。
吸い寄せられるように口付けを交わす。
「……あっ、すまん!」
慌てて裕子から離れてしまう。
同意も無しに口付けなど嫌なだけだろう……。
そう思ったがアキラの意に反して裕子がアキラの腕を引き、もう一度唇が重なる。
「お母ちゃんが意気地なし言うんもわかる気がするわ」
「……ええっと。いつから?」
「んー。せやなぁ。始めて会った時……からかな」
「一目惚れやったってこと?」
「まー、どうやろ」
「なんやハッキリせえへんなぁ」
「ハッキリせんのはアンタの方とちゃうん?」
「……うるさい」
「うちの事、好きなんやろ?」
「……好きです」
「うちとどーなりたいかまで言うてくれへんとわからへーん」
「付き合ってください」
「はい、喜んで」
今までアキラに見せたことがないほどの祐子のまぶしい笑顔が
夏の終わりの優しい日差しに照らされていた。
いつも通りに音楽喫茶に出勤しようとするとピアノの音が聞こえてきた。
ピアノを弾く人なんていたかな……?たまにマスターがピアノを弾く人なのは知っているが開店前に弾いているのはあまり見たことがない。
子犬のワルツだっけ?まるで子犬が跳ねて飛んで威勢がいい、気持ちが明るくなる曲。
確かショパンの曲だったはず。
しっかし上手いな、だれが弾いているんだろうか……?
ドアを開けると、普段はステージの上で
おとなしくしているグランドピアノが開いていて、そこに座っていたのは……。
祐子だった。
カランカランと入口のベルの音が鳴るが祐子には聞こえていないようで完全に自分の世界に没頭している。
本当にこの人、多彩なんだな。と祐子の演奏に聞き入りながら準備を始めた。
一通り弾き終わるとベートーヴェンのピアノソナタ第8番悲愴の演奏を始めた。
こんな悲壮感のない元気な悲愴初めて聴いたな。と思いながら準備が一通り終わったので店の裏に置いてある自分のバイオリンを持ち出す。
つかつかと近づいていくと、演奏が止まる。
「ちょ、アキラ君来てたん!?」
「来てるも何も……。もう昼過ぎやし営業準備せな」
「ごめん。久しぶりにピアノ弾きたくなってもうて」
「ピアノ、すげえ弾けるんやな。感心した」
「ピアノは習ってたんもあるけど向こうでもたくさん聴いたし弾いたし。ずいぶん創作の助けになったんよ」
懐かしそうに、そしてその時間をいとおしむように回想する祐子。
「一曲、一緒に弾かへん?」
そういうとアキラは手に持ったバイオリンを裕子に見せた。
「いいねえ。何がいいかな」
「夏だしヴァルディの夏とかいいかもな」
「ヴァルディかぁ。女学校くらいの時に散々弾いてたけど今覚えとるか不安やわ」
「ま、やってみたらええやん。主旋律、俺でええ?」
祐子は頷いて、ピアノの鍵盤を指でなぞりながら言った。
「じゃあ、そうしよう」
夏の日差しの中、アキラはバイオリンを肩に担いで笑った。
アキラと祐子は演奏を始めた。
夏の日差しが差し込む店内に、ヴァルディの夏が響き渡った。アキラは祐子のリードに合わせ、バイオリンの音色で情感豊かに主旋律を奏でた。
祐子もそれに合わせ、ピアノの鍵盤を優しく叩く。
そして演奏が終わると、アキラと祐子は目を見つめ合って笑い合った。
そして暫しの間……。
吸い寄せられるように口付けを交わす。
「……あっ、すまん!」
慌てて裕子から離れてしまう。
同意も無しに口付けなど嫌なだけだろう……。
そう思ったがアキラの意に反して裕子がアキラの腕を引き、もう一度唇が重なる。
「お母ちゃんが意気地なし言うんもわかる気がするわ」
「……ええっと。いつから?」
「んー。せやなぁ。始めて会った時……からかな」
「一目惚れやったってこと?」
「まー、どうやろ」
「なんやハッキリせえへんなぁ」
「ハッキリせんのはアンタの方とちゃうん?」
「……うるさい」
「うちの事、好きなんやろ?」
「……好きです」
「うちとどーなりたいかまで言うてくれへんとわからへーん」
「付き合ってください」
「はい、喜んで」
今までアキラに見せたことがないほどの祐子のまぶしい笑顔が
夏の終わりの優しい日差しに照らされていた。
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