大正ロマンとチョコレヰト

魔法使いアリッサ

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フミとユウタ

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「なかなかやるやん、朝子ちゃん」

ほんまにあの小ちゃかった朝子ちゃんが
こうなったかぁ……。と思うフミもなかなか歳をとったと思う。

「え、あっえっとあのっ!」

あわあわ狼狽える朝子が可愛くてつい、からかいたくなってしまう。

「冗談やって。なーんや、ユウタも童貞みたいな顔しよってからに」
 
「し、してねえしっ」

初心な若者2人を眺めて飲む酒は美味しいねぇ……。と家にあったウイスキーをユウタと自分の分のグラスに開けて一口口に含む。

「とりあえず、そこに掛けなさい」

フミがそういうと朝子が元いた席に、ユウタはその隣に座る。

ユウタもフミが入れてくれたウヰスキーのグラスを受けとり、ゆっくり口に含む。

「どこから説明しようかね」

フミはゆっくりとウイスキーのロックグラスを回しながら語り始めた。

異国の青年が綺麗なギターの弾き語りを披露したあの日から2週間ほど経ったある日、フミはいつものように仕事を早く終わらせて音楽喫茶に向かった。

「マスター!こんばんは!」

「おう、誰かと思ったらフミさんか」

「今日も来たったー。あれ?アキラは?いつもこの時間に弾いてた気がすんねんけど?」

「アキラ、あの日から来ないねん」

「ケツの青いガキやなー」

「口悪くねえか?」

「なんかいうた?」

「はい、ウイスキーロック」

「いただきまーす!」

「ほんまに酒強いやっちゃなぁ」

「ふふふ、ええやろがい」

「そういえば今日、オーナー来てるから挨拶してくれん?」

「ほー、オーナー滅多に顔見せへんとか言うてたよな?」

「あの人、色々事業手掛けててん。一昨年親父さん亡くなったとかで引き継いだもんもたくさんある言うたな」

「ほー。そりゃすごいな」

「カフェーとかホンマは趣味やないねんけどなーて笑うとった」

「なんて名前なん?」

「カフェー・フルールとか言うたかな?ほぼ声かけとかは人に任せてるいうてたで。店におるけど給士のふりして様子見してるんだと」

「こっちにカフェーが来てからえらい本来の意味から遠ざかったいうてたな」

「お偉いさんたちの社交場やったんになんや風俗みたいになってってんな」

「そこまでや」

バシンと手に持っていたメニュー表でマスターの頭を叩くなかなかの美青年。

「コイツがすんません。俺がここのオーナーのユウタです」

「あれ?ユウタって聞いたことあるなぁ。確か香本財閥の跡取り息子?」

「……なんでわかったんすか」 

「お父さんうちの店贔屓にしてくれててん。顔そっくりやからすーぐわかった」

ユウタは不満げな目をしていたが構わず続けた。

「中々ええ男やん。彼女とか作らんの?お見合いは?」

「全部蹴ってます。興味ないんで」

中々硬い男やなぁ。この子なら朝子ちゃんを安心して任せられるかもしらん。

あの子にお見合いの話を聞いても頑なに話してくれんてことは……。相当男が苦手になったとみえる。

でも結婚したい言うとったしね……。

なんて朝子ちゃんに言うたら怒られるかねぇ。

「しっかしアンタにならうちの娘みたいに大事に思っとる子、預けられるなぁ思うてな?」

「お見合い斡旋ですか?」

「ふふ、硬いこと言わんでここ来てちぃと一緒に飲もうや」

その日がフミとユウタの出会いだった。

「せやから朝子ちゃんがあそこのカフェーの名前の名刺見せてきたときに世界が狭いなあ思うてん」

フミがウヰスキーを一口口に含んで一息つくと朝子は動揺しているようだった。

「そのあと朝子の話をされたんだよ。朝子がお見合いのたびに泣きそうな顔して店に来るけど何も話してくれないってさ。フミさんすげえ心配してな?」

「え?そんなに心配してくれてたん?」

朝子がこっちを見る目が驚きから安堵に変わったような目をしていた。
しばしの沈黙の後、ゆっくりと言葉を紡ぎだした。

「ずっと話したくても話せなかってんな。フミさんにさえ。ごめんな?」

「謝らんでええんやで。タイミングっていうもんもあるやろし」

「全部気が付いてたん?」

「何年あんたのこと見てきてると思うてん」

「親よりよく見てくれてるやんね」

「あんたの親もあんたを守るのに必死なんわかるけどちいと気が回らんところあるからなあ」

「せやなあ。でもな、ユウタになら話してもええかなって思えたの実はちょっと嬉しかってん」

少しだけばつの悪そうな、照れているのかわからない顔をするユウタが可愛く思えてくる。

「なーんや、私の知らんところで内緒話かいな。妬けるねえ」

付き合ってまだ3か月の初心な若人たちは顔を赤らめて下を向いているが先に口を開いたのはユウタだった。

「やかましいわ!しっかし、まさか朝子がフミさんが気にかけている女の子だと思わんし逆もしかりや」

「ふふ、ま、伊達にこの地で長いこと商売してないこった」

「俺の素性とか何もかもフミさんにバレるとは思ってねえしさー」

「まあ思わんやろなあ。香本財閥……。あんたのお父さんは贔屓にしてくれとったけど息子の名前くらいしかわからんし。お店に来たことはあっても小さいころやったよな?」

「昔すぎて覚えてねえな……。東京からこっちに汽車で来たのは覚えてる」

「あんたが3つか4つくらいの時やで。うちの娘に泣かされとったけど。……似なくてええとこ似たなあって顔せんのよ」

「思い出したくない記憶な気がする」

「ま、それはええねん。にしても香本財閥がこっちに来たのは何きっかけやったん?」

「関東大震災だよ。あっちに家も何もかもなくなったけどこっちに残してた家と財産と事業があったからこっちに越してきた」

「じゃ、割と最近やね?」

「3年前や。でもこっちに越してから親父、亡くなったんだ」

「急やったんやなあ。お父さん、死ぬ前に一度会いたかったけどなあ」

「このカフスピン、親父の形見なんだよ。腕のいい洋裁の人が神戸にいたってしきりに話してて、ここぞって時につけてたん俺がもろた」

「それが私やったってことね」

「だから驚いたんよなあ」

「事業急に継ぐって大変やなかった?」

「それは大丈夫。東京でずっと帝王学を学んできたから」

「なーんかもうフミさんとユウタばっかりずるい―」

むくれた様子の朝子が可愛く見えて、からかいたくなるのをぐっとこらえる。

「せやなあー。なんで朝子ちゃんに肝心なこと話さなかってん」

「それは……」

ばつの悪そうなユウタも、なかなか可愛い。

「今まで俺に近づいてくる女性とかお見合い持ちかけてくる家族はみんな、俺のことを香本財閥の跡取り息子としてしか見なかったんです」

「一人の人間として、男として見てほしかった、やろ?せやから朝子ちゃんに隠してたんやろ?」

「はい」

「朝子ちゃん、せやからこの意気地なしのこと許したって」

「許すも何も……。私はそんなユウタのことが好きやからさ」

今度は朝子が話す番だった。

「うん」

「ユウタとずっと一緒におりたい。結婚したいって思うてんよ?」

「……マジで?」

「だから親に説得するんどないしよおもて悩んどった」

「男からそういうのは、言わせてほしかったんやけどな」

「初対面の女にキスする度胸はあるのに肝心なところはダメやな」

「ちょ、お前それフミさんに話したん!?」

「話したで?馴れ初めから恋人ごっこの話までぜーんぶ」

「恥ずかし……」

甘い空気が漂い始めたその時、玄関先から声が響いた。

「ただいまー!おかーさん入口に止めてある車誰ー?お客さん??」

どたどたとせわしなく部屋に入ってきたのはフミの娘の祐子だ。

「朝子ちゃんと旦那やでー」

いやいやいやまだそこまでの関係では……!と言いたげな二人を放置し、娘と話を続ける。

「嘘!?朝子ちゃん!?あの小さかった朝子ちゃん!?ほんまに!?」

「ほんまよー。あんた、先越されてしもたな」

なんて会話をしていたら朝子たちは帰り支度を始めたようだ。

「あ、私たちはそろそろお暇させてもらいます」

「うん、せやな。長い時間すまんかった」

「いえいえ、お酒うまかったです。ありがとうございます」

「また遊びに来てな」

もちろん!と元気よく返す朝子と照れ屋なユウタが気まずそうに口を開く。

「また俺も遊びに来てもいいですか?今度は俺も一緒に朝子とフミさんとゆっくり話したいっていうか……」

そんなん……。答えは決まっとるがな。

「いつでもおいでー。いつもはお店にいるから直接来たらええよ」

「朝子と二人でまた、遊びに行きますね。うちの店にもたまには顔出してくれると嬉しいです」

「そないな他人行儀にならんでもええやん。遊びにいくわ!ほなまた!」

しとしとと雨が滴る昼間とは違い、すっかり雨が上がった夜、車の乗りこんだ二人を見送ったフミであった。
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