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馴れ初め⑤お付き合い
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その後も巴里のメゾンで目まぐるしい毎日を送りながらも、時々は良治と手紙でやり取りするようになった。
月に数回、手紙を交わしている生活が続いていたが、2回目のデートはまだまだだった。
ようやく2回目のデートに漕ぎつけたのは太陽の日差しが強くなり始めるころであった。
ある日の仕事終わり、寮の郵便受けを覗くと彼からの手紙が入っていた。
「良治からだ!」
カツカツと踵が高い靴を鳴らしながら部屋に戻って
手紙の封を開ける。
靴を履いたままベッドに横たわり受け取った手紙を読むフミ。
こんな姿、とてもじゃないが母親やタヱには見せられない。
「今日は単語伊太利に向かって今週はずっと忙しい……。か」
前半だけ読んでため息をつくフミ。
しかし後半で、にやりと笑う。
「でも週末は空いてるし巴里に戻ります!!?ぜひ会いましょう。10時半、あの時のカフェでって書いてある!」
週末、どこへ遊びに行こうか。
シャンゼリゼ通りで買い物?洋装店を巡る?それとも……。
などと思いを巡らせる。
どうしてあんな初対面のナンパ男に対して舞い上がっているのだろう?と時々は冷静になるものの、
次の良治とのデートが待ちきれなかった。
返事を書く前にひとっぷろ浴びようと当時では珍しい猫足の浴槽にお湯をためる。
当時の単語仏蘭西ではお風呂の文化は根付いていなかったが、どうしても日本人のフミにとっては毎日浸からないと気が済まない……。
というのは建前でここ最近は忙しすぎて身体を洗って終わらせることも多かったのが実情だ。
それでも綺麗好きの分類には入ってしまうというのだから驚きである。
同僚のお婆さんから聞いた話だとその人が子供のころは皆風呂に入らないことが当たり前だったことを聞いてぞっとした。
着物をすべて脱ぎ捨て、約1か月振りに浴槽に浸かる。
「はあ~。生き返る~。良治、元気にしてたかな」
浴槽で足を延ばし、伸びをして足のむくみを解消させる。
「私、良治のコト、どう思ってんだろ……。あ、そうだ……。指輪外し忘れてたよね、あの日。勘違いされてなきゃいいけど」
風呂のため外した指輪の左手の薬指を撫でながらからぶつぶつと独り言を言うフミ。
暫くして風呂から上がり、タオル地の部屋着を着て洗面台に向かう。
「げ、コルセットたまにしてたらあざ出来てんじゃん……。最悪」
胸の下に広がった紫のあざはコルセットの代償だった。
「うちの職人、コルセット廃止するとかしないとか言ってたけどなーにもたもたしてんだか。私が先に出しちゃうぞ」
出来てしまったものは仕方がないので治るまで放置するしかない。
父に頼んでまた着物を向こうから送ってもらおうかな。手紙が行って着物が帰ってくるまで100日くらいか……。
耐えられるといいんだけど。
ま、これだけあれば着回しも融通も効くけどそろそろ飽きたってもんよ。
「手紙書かなきゃ」
そういうとやっと思い出したように筆をとり、返事を書いたのだった。
送り先は……。良治が長期滞在しているというホテル。
よくもまあコロコロと居場所が変わる男だこと。
そんなこんなでこの日は手紙を書いて眠りについたのだった。
そして週末がやってきた。
楽しみすぎて朝早くに目が覚めてしまい、朝にもシャワーを浴びたのは内緒のお話だ。
肌が乾燥してしまうこともお構いなしにシャワーを浴びてクリームをたっぷり塗る。
いそいそといつもは嫌いなコルセットを少しだけきつめに締めて桃色のデイドレスを身にまとう。
それから桃色のハットとピンクの紅を塗って外に出た。
本当に良治は来るのかな?とドキドキしながらあの時のカフェで待つこと10分。
「芙美子さん!」
名前を呼んだほうを振り返ると、良治がいた。
「よかった。間に合った。汽車が少々遅れていまして」
「あら、ということはいまお帰りですか?」
「はい、夜行列車で単語瑞西のほうまで」
「大丈夫ですか?」
思わず、お疲れなのでは……。と聞こうとしたら人差し指で口をふさがれる。
「芙美子さんに会えるなら僕はどうってことありません」
にっこりと笑う彼の笑顔がフミをまぶしく照らしていた。
「あ、ありがとう」
「ふふ。そんなお堅くならずとも」
「殿方にこんなに誠実に接していただいたのが、実は初めてで……」
どぎまぎとしてしまうフミをほほえましく見つめる良治。
「前、失礼します」
目の前に座った好青年はやはり子犬のような、童顔の青年だった。
そしてやはりいい匂いがする。
「僕の顔に何か?」
「いえ、何も……」
ちらちらと目の前の青年を見ては舞い上がり、何も話すことが出来なくなる。
「最近のお仕事、どう?」
急に砕けた口調になる良治にこちらも合わせる。
「じゅ、順調だよ……。こっちでの動きはさ……」
仕事の話になると饒舌になるフミをほほえましく見つめる良治。
お茶とマカロンが運ばれてくると、すっかり普段通りの饒舌なフミが戻ってきていた。
「よくしゃべるねえ」
暫く喋り倒すとニコニコと好青年はフミのお茶を注いでくれていた。
途端に乙女に戻るフミ。
「ご、ごめん」
「謝ることないよ」
すっかり打ち解けた様子の二人だったが、案の定良治からフミの指輪について聞かれる。
「そういえばさ、前回から気になってたんだけどそれ、結婚指輪?」
「あー……。これはね、10代の時に銀ブラしてたら大人の女の人に間違えられてさ」
「10代で!?」
「しかも14、5の時でさ。風俗やらない?って言われたこと何回もあってさー。それで頭に来て」
「うんうん」
「結婚指輪のつもりで安い指輪買ったんよ。露店で」
「良かった。じゃあまだ誰のものでもないんだ」
えっとそれはそうだけど……。
「俺と付き合わない?良物件だと思うよ、俺」
「付き合う……?」
「男女として、さ?」
「それは将来的に結婚する、ということ?」
「ま、そうなるのかな」
軽く言ってのけた目の前の犬っころが急に狼に見えてきた。
「良治さんは私のことが……。好き?」
「好きだよ。初めて会ったあの日から。着物にヒールとヴィトンをあんなにきれいに合わせる女いないって」
気持ちは嬉しかったのだが今まで男性というよりも、恋というものにからきしなフミは良治と恋人同士になるというのがどういう事なのか、よくわからなかった。
しかし……。この3ヶ月ほど、仕事以外の時間で良治を思い出さなかったときは無かった。
それが答えだ。
「お願い……します?」
こうして二人はめでたく付き合うことになったのであった。
月に数回、手紙を交わしている生活が続いていたが、2回目のデートはまだまだだった。
ようやく2回目のデートに漕ぎつけたのは太陽の日差しが強くなり始めるころであった。
ある日の仕事終わり、寮の郵便受けを覗くと彼からの手紙が入っていた。
「良治からだ!」
カツカツと踵が高い靴を鳴らしながら部屋に戻って
手紙の封を開ける。
靴を履いたままベッドに横たわり受け取った手紙を読むフミ。
こんな姿、とてもじゃないが母親やタヱには見せられない。
「今日は単語伊太利に向かって今週はずっと忙しい……。か」
前半だけ読んでため息をつくフミ。
しかし後半で、にやりと笑う。
「でも週末は空いてるし巴里に戻ります!!?ぜひ会いましょう。10時半、あの時のカフェでって書いてある!」
週末、どこへ遊びに行こうか。
シャンゼリゼ通りで買い物?洋装店を巡る?それとも……。
などと思いを巡らせる。
どうしてあんな初対面のナンパ男に対して舞い上がっているのだろう?と時々は冷静になるものの、
次の良治とのデートが待ちきれなかった。
返事を書く前にひとっぷろ浴びようと当時では珍しい猫足の浴槽にお湯をためる。
当時の単語仏蘭西ではお風呂の文化は根付いていなかったが、どうしても日本人のフミにとっては毎日浸からないと気が済まない……。
というのは建前でここ最近は忙しすぎて身体を洗って終わらせることも多かったのが実情だ。
それでも綺麗好きの分類には入ってしまうというのだから驚きである。
同僚のお婆さんから聞いた話だとその人が子供のころは皆風呂に入らないことが当たり前だったことを聞いてぞっとした。
着物をすべて脱ぎ捨て、約1か月振りに浴槽に浸かる。
「はあ~。生き返る~。良治、元気にしてたかな」
浴槽で足を延ばし、伸びをして足のむくみを解消させる。
「私、良治のコト、どう思ってんだろ……。あ、そうだ……。指輪外し忘れてたよね、あの日。勘違いされてなきゃいいけど」
風呂のため外した指輪の左手の薬指を撫でながらからぶつぶつと独り言を言うフミ。
暫くして風呂から上がり、タオル地の部屋着を着て洗面台に向かう。
「げ、コルセットたまにしてたらあざ出来てんじゃん……。最悪」
胸の下に広がった紫のあざはコルセットの代償だった。
「うちの職人、コルセット廃止するとかしないとか言ってたけどなーにもたもたしてんだか。私が先に出しちゃうぞ」
出来てしまったものは仕方がないので治るまで放置するしかない。
父に頼んでまた着物を向こうから送ってもらおうかな。手紙が行って着物が帰ってくるまで100日くらいか……。
耐えられるといいんだけど。
ま、これだけあれば着回しも融通も効くけどそろそろ飽きたってもんよ。
「手紙書かなきゃ」
そういうとやっと思い出したように筆をとり、返事を書いたのだった。
送り先は……。良治が長期滞在しているというホテル。
よくもまあコロコロと居場所が変わる男だこと。
そんなこんなでこの日は手紙を書いて眠りについたのだった。
そして週末がやってきた。
楽しみすぎて朝早くに目が覚めてしまい、朝にもシャワーを浴びたのは内緒のお話だ。
肌が乾燥してしまうこともお構いなしにシャワーを浴びてクリームをたっぷり塗る。
いそいそといつもは嫌いなコルセットを少しだけきつめに締めて桃色のデイドレスを身にまとう。
それから桃色のハットとピンクの紅を塗って外に出た。
本当に良治は来るのかな?とドキドキしながらあの時のカフェで待つこと10分。
「芙美子さん!」
名前を呼んだほうを振り返ると、良治がいた。
「よかった。間に合った。汽車が少々遅れていまして」
「あら、ということはいまお帰りですか?」
「はい、夜行列車で単語瑞西のほうまで」
「大丈夫ですか?」
思わず、お疲れなのでは……。と聞こうとしたら人差し指で口をふさがれる。
「芙美子さんに会えるなら僕はどうってことありません」
にっこりと笑う彼の笑顔がフミをまぶしく照らしていた。
「あ、ありがとう」
「ふふ。そんなお堅くならずとも」
「殿方にこんなに誠実に接していただいたのが、実は初めてで……」
どぎまぎとしてしまうフミをほほえましく見つめる良治。
「前、失礼します」
目の前に座った好青年はやはり子犬のような、童顔の青年だった。
そしてやはりいい匂いがする。
「僕の顔に何か?」
「いえ、何も……」
ちらちらと目の前の青年を見ては舞い上がり、何も話すことが出来なくなる。
「最近のお仕事、どう?」
急に砕けた口調になる良治にこちらも合わせる。
「じゅ、順調だよ……。こっちでの動きはさ……」
仕事の話になると饒舌になるフミをほほえましく見つめる良治。
お茶とマカロンが運ばれてくると、すっかり普段通りの饒舌なフミが戻ってきていた。
「よくしゃべるねえ」
暫く喋り倒すとニコニコと好青年はフミのお茶を注いでくれていた。
途端に乙女に戻るフミ。
「ご、ごめん」
「謝ることないよ」
すっかり打ち解けた様子の二人だったが、案の定良治からフミの指輪について聞かれる。
「そういえばさ、前回から気になってたんだけどそれ、結婚指輪?」
「あー……。これはね、10代の時に銀ブラしてたら大人の女の人に間違えられてさ」
「10代で!?」
「しかも14、5の時でさ。風俗やらない?って言われたこと何回もあってさー。それで頭に来て」
「うんうん」
「結婚指輪のつもりで安い指輪買ったんよ。露店で」
「良かった。じゃあまだ誰のものでもないんだ」
えっとそれはそうだけど……。
「俺と付き合わない?良物件だと思うよ、俺」
「付き合う……?」
「男女として、さ?」
「それは将来的に結婚する、ということ?」
「ま、そうなるのかな」
軽く言ってのけた目の前の犬っころが急に狼に見えてきた。
「良治さんは私のことが……。好き?」
「好きだよ。初めて会ったあの日から。着物にヒールとヴィトンをあんなにきれいに合わせる女いないって」
気持ちは嬉しかったのだが今まで男性というよりも、恋というものにからきしなフミは良治と恋人同士になるというのがどういう事なのか、よくわからなかった。
しかし……。この3ヶ月ほど、仕事以外の時間で良治を思い出さなかったときは無かった。
それが答えだ。
「お願い……します?」
こうして二人はめでたく付き合うことになったのであった。
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