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馴れ初め①フミの恋バナ
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祐子がいつでも心の内を話せるように……。と休みを取ってから2週間が経過した。
祐子は帳面に絵を描き始めたり、子供のころ繰り返し読んでは模写した画集を読んだりして、少しずつ回復の兆候を見せ始めていた。
そんなある日、元町で向こうに滞在していた時に仲良くなった日本人のご婦人と偶然出会ったらしい。
日本の風景画を西洋の技術で描いてくれ。と依頼をされたらしく、日本に帰って来てから始めて大きな画材の鞄を開いた。
マスターともどうやら仲良くなったようで客足が遠のいた時にはあの音楽喫茶を使わせてほしいと頼んだそうな。
梅雨の終わりだというのに朝からザーザーと雨が降る今日、祐子はタクシーを呼んで出かける準備をしていた。
「今日は朝子ちゃんが来る日なんやからいたらいいのに」
「朝子ちゃんもうちがいたら気を遣うやろ?お父さんも日本に帰ってきたとはいえお仕事やし。うちも外に出たい気分やってん」
良治はどうしても外せない仕事ができてしまい、今日は外出中だ。
それにしても可愛く着飾っちゃって。誰かに恋でもしたんかね。
お母ちゃんに隠し事は通用しないことなんてわかってるだろうにそれすらも気づいてないということは無意識か。
「はいはい、ありがとう。タクシー、来たみたいやで」
「ありがとう!行ってきます!」
「気を付けてね!」
あわただしく出ていく祐子を見送ってからお茶の支度を始めた。
たまにはコーヒーでも入れようかね。良治が買ってきてくれたサイフォンもあるし。
戸棚からミルを取り出して豆を入れてゴリゴリと挽くとコーヒーのいい香りがしてきた。
漏斗とフラスコとフィルターをセットし、挽いた豆を漏斗にセット。
「これで良し。あとはお茶菓子どないしようかな」
マドレーヌでも焼くか。とボウルを取り出してサクサクと生地を作り焼き型に移してオーブンに入れる。
朝子ちゃんが来るのは昼過ぎだから丁度焼きあがる頃だろうと朝入れたばかりの紅茶をすする。
ああ、そうだ。今日は朝子ちゃんの彼氏が送り迎えしてくれるんだっけ?
ならば……。お守りを書いておかなければ。
机の中から便箋と羽ペンとインクを取り出し、一筆書く。
朝子ちゃんの両親あてだ。
内容は……。
これで良し。と封筒の中に入れ、封をする。
雑誌でも読むか。と婦人画報を開く。
子どもの時に父親がアメリカに行くと、持ち帰ってくれたのはハーパースバザー。そしてフミが欧州にいたとき発刊され始めたのはVogueだった。
Vogueがそろそろ恋しいなあ……。と紅茶を飲みながら婦人画報に目を落とす。
気が付いたら帳面を開いて洋装画を描き始めているのはフミの悪い癖だ。
これは向こうに行った時から何も変わらない癖。
暫くすると車の音が外から聞こえてきた。
そろそろ来たかしら?と手に持っていた鉛筆を置きマドレーヌを覗く。
丁度焼きあがっていた。
「フミさんこんにちは!!」
元気のいい朝子の声が聞こえたのでフミも玄関までいってドアを開けて出迎える。
「いらっしゃい。朝子ちゃん。丁度マドレーヌが出来上がったとこやで!好物やろ?」
「え、ほんまに!?嬉しい。お邪魔します」
フミの家のリビングに案内するとノワルがなあ。と気の抜けた声で出迎える。
「ノワル久しぶり!」
朝子が撫でるとゴロゴロと喉を鳴らすノワルはどこか嬉しそうだった。
「好きなところ座って!いまコーヒー入れるわ」
「ちょ、フミさんこれサイフォンやん!喫茶店でしか見たことないねんけど」
「ふふ、旦那が買うて来てくれたんよ」
「旦那さんフミさんのことようわかりすぎちゃう?」
「私の旦那やもん」
「そう言えばフミさんの旦那さんのこと聞いたことあらへんねんけど?」
「うちの旦那の話ねえ……。聴きたい?」
「聴きたい!」
「どないしようかなあ…」
「そんなこと言わんと聴きたいーー」
「駄々こねるんじゃありません!」
「フミさんもったいぶるのうまいねんもん」
「女学校卒業してからやから長くなるで?」
「覚悟はしてる!!」
「じゃあコーヒーのお供に話でもしようか。まだ時間はたっぷりあるしな」
そういうとフミはカップにコーヒーを注いだのだった。
祐子は帳面に絵を描き始めたり、子供のころ繰り返し読んでは模写した画集を読んだりして、少しずつ回復の兆候を見せ始めていた。
そんなある日、元町で向こうに滞在していた時に仲良くなった日本人のご婦人と偶然出会ったらしい。
日本の風景画を西洋の技術で描いてくれ。と依頼をされたらしく、日本に帰って来てから始めて大きな画材の鞄を開いた。
マスターともどうやら仲良くなったようで客足が遠のいた時にはあの音楽喫茶を使わせてほしいと頼んだそうな。
梅雨の終わりだというのに朝からザーザーと雨が降る今日、祐子はタクシーを呼んで出かける準備をしていた。
「今日は朝子ちゃんが来る日なんやからいたらいいのに」
「朝子ちゃんもうちがいたら気を遣うやろ?お父さんも日本に帰ってきたとはいえお仕事やし。うちも外に出たい気分やってん」
良治はどうしても外せない仕事ができてしまい、今日は外出中だ。
それにしても可愛く着飾っちゃって。誰かに恋でもしたんかね。
お母ちゃんに隠し事は通用しないことなんてわかってるだろうにそれすらも気づいてないということは無意識か。
「はいはい、ありがとう。タクシー、来たみたいやで」
「ありがとう!行ってきます!」
「気を付けてね!」
あわただしく出ていく祐子を見送ってからお茶の支度を始めた。
たまにはコーヒーでも入れようかね。良治が買ってきてくれたサイフォンもあるし。
戸棚からミルを取り出して豆を入れてゴリゴリと挽くとコーヒーのいい香りがしてきた。
漏斗とフラスコとフィルターをセットし、挽いた豆を漏斗にセット。
「これで良し。あとはお茶菓子どないしようかな」
マドレーヌでも焼くか。とボウルを取り出してサクサクと生地を作り焼き型に移してオーブンに入れる。
朝子ちゃんが来るのは昼過ぎだから丁度焼きあがる頃だろうと朝入れたばかりの紅茶をすする。
ああ、そうだ。今日は朝子ちゃんの彼氏が送り迎えしてくれるんだっけ?
ならば……。お守りを書いておかなければ。
机の中から便箋と羽ペンとインクを取り出し、一筆書く。
朝子ちゃんの両親あてだ。
内容は……。
これで良し。と封筒の中に入れ、封をする。
雑誌でも読むか。と婦人画報を開く。
子どもの時に父親がアメリカに行くと、持ち帰ってくれたのはハーパースバザー。そしてフミが欧州にいたとき発刊され始めたのはVogueだった。
Vogueがそろそろ恋しいなあ……。と紅茶を飲みながら婦人画報に目を落とす。
気が付いたら帳面を開いて洋装画を描き始めているのはフミの悪い癖だ。
これは向こうに行った時から何も変わらない癖。
暫くすると車の音が外から聞こえてきた。
そろそろ来たかしら?と手に持っていた鉛筆を置きマドレーヌを覗く。
丁度焼きあがっていた。
「フミさんこんにちは!!」
元気のいい朝子の声が聞こえたのでフミも玄関までいってドアを開けて出迎える。
「いらっしゃい。朝子ちゃん。丁度マドレーヌが出来上がったとこやで!好物やろ?」
「え、ほんまに!?嬉しい。お邪魔します」
フミの家のリビングに案内するとノワルがなあ。と気の抜けた声で出迎える。
「ノワル久しぶり!」
朝子が撫でるとゴロゴロと喉を鳴らすノワルはどこか嬉しそうだった。
「好きなところ座って!いまコーヒー入れるわ」
「ちょ、フミさんこれサイフォンやん!喫茶店でしか見たことないねんけど」
「ふふ、旦那が買うて来てくれたんよ」
「旦那さんフミさんのことようわかりすぎちゃう?」
「私の旦那やもん」
「そう言えばフミさんの旦那さんのこと聞いたことあらへんねんけど?」
「うちの旦那の話ねえ……。聴きたい?」
「聴きたい!」
「どないしようかなあ…」
「そんなこと言わんと聴きたいーー」
「駄々こねるんじゃありません!」
「フミさんもったいぶるのうまいねんもん」
「女学校卒業してからやから長くなるで?」
「覚悟はしてる!!」
「じゃあコーヒーのお供に話でもしようか。まだ時間はたっぷりあるしな」
そういうとフミはカップにコーヒーを注いだのだった。
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