大正ロマンとチョコレヰト

魔法使いアリッサ

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親バカ

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娘が帰ってきた2週間後。
今度は旦那が帰ってきた。

ずっと海の向こうとやり取りしていた旦那が帰ってきたことが嬉しい。

フミの旦那は外交官だと思われがちだが、商人をしている。
主に海外からの美術品を海外から輸入して上流階級の人々に売る商売。

そのためしょっちゅう外国に行っては日本に帰って来ていた。
フミと旦那が再会するのは実に半年ぶりである。

「ただいま!」

帰ってきたフミの旦那は、黒いスーツにホワイトシャツ、ネクタイは同じ黒色で、上着のポケットには白いハンカチが挿してある。
足元は黒い革靴で、髪型は短髪で整えられている。

もちろん、スーツはフミが仕立てたものだった。

「お帰り!元気しとった?」

いつも通りに家に迎い入れる。

「いい匂いやなあ」

「せやろ??青森からのお客さんがたくさんリンゴくれたからアップルパイ焼いとったんよ」

「芙美子のアップルパイ、俺の好物」

後ろから抱きしめられるのは何歳になっても慣れない。

「もう、ええ歳してそんなんして抱きしめるの辞めーやうっとうしい」

そういうフミはまんざらでもない顔をしているのは内緒のお話だ。

「冷たいなー」

「祐子、帰ってきてるんよ今」

「ほんま?」

「うん、なんや落ち込んでるみたいでなー。今は遊びに行ってておらんねんけど」

「ほんまや。画材のカバン置きっぱなしで出てっとるな」

「せやねん」

「なんかあったんかな?俺から聞ける感じでもあらへんしなあ」

「あまりにも昔から家におらんから娘に愛想つかされたんちゃうか?」

「俺に愛想つきたか?芙美子は」

そういうところが若いころから変わらないんよなあ。……良治は。

「う、うるさい」

フミの顔を赤らめることができるのは良治だけだ。

「そういえば風の噂で聞いてんけどあちらで詐欺まがいなこと起こってるらしいねんな」

「詐欺まがい?」

「若い芸術家を狙って仕事を格安で斡旋して売れんくなったら見捨てるっていうひどい輩がおるらしいねん」

祐子が帰ってきた晩に話していた女の話……。もしかしたら。

「祐子、それに引っかかったんちゃうかな」

「あー……。俺というものがありながら」

苦虫を嚙み締めたような顔をする良治。

「そんな自分のこと責めんといてな」

「まさかあの芸術家夫婦がそばにおりながらそんな輩が声かけるとは思わんかったな……」

落胆する良治にアップルパイと紅茶を出して慰める。

「アップルパイ、焼きあがったから一息つきーな。はよ上着脱いで浴衣にでも着替えてきたらええやん」

「せやな……。落ち込んでてもしゃあないわ」

暫くすると良治は自分の部屋で身支度を解いて浴衣で戻ってくる。
リビングの海が見える窓側の椅子に座るとフミがアップルパイと紅茶を運んでくる。

「一息つきましょ」

そう言い、テーブルの上に紅茶とフォーク、取り皿を並べてアップルパイを切り分ける。

良治は切り分けられたアップルパイを一口、口に運んだ。

「うまいわ。やっぱり芙美子のアップルパイ」

「そう言ってもらえると嬉しいやんね」

ニコニコとフミが良治を見守る中、良治はもぐもぐと食べ進めながら対策をあれこれ頭の中で巡らせているようだった。

「そんなに難しく考えんとええんちゃう?」

「せやけどさあ……」

「あの子もあの子で色々考えてるとは思うで?」

良治は入れられた紅茶を一気に飲み干し、決意したような顔でフミを見る。

「俺が向こうに戻ったらやることは1つやな。そいつの正体を突き止めることと、売ったお金を取り戻すこと」

「向こうで暮らせるくらいのお金にはなっとった言うてたってことはもっとお金がほんまは受け取れてたってことになるなあ」

「許せんな、改めて」

美術商としての自尊心が許さなかったのだろう。
目の奥から本気の怒りが感じられる。

「画家夫婦からの仕事のお金と女の人からのお金はちゃうかったんやろか?」

「違うやろな。画家夫婦を通して仕事斡旋してるんは俺やから」

「あんたホンマに親馬鹿やな」

これは初耳である。祐子が聞いたらなんていうやろか。と心の中で苦笑する。

「せやから全部把握してたし把握してるつもりやってん」

「あんたが死んだらどうするつもりやったん?」

「部下に引継ぎを任せてある」

本当にこの人ってやつは。

「あんたも無理はせんようにな」

苦笑しながら良治の紅茶をそっと入れなおす。

「せやなあ。もう歳やしなあ」

「ま、私はまだまだここを守る気でいるから、いくらでもまた海の向こうに行っといで。疲れたらまた帰ってきたらええよ」

すっかり冷めたアップルパイを一口、フミもフォークで口に運ぶ。
今日は砂糖を入れすぎたかもしれない。

「フミが日本にいるから頑張ろうと思えるんや。俺は。まだ仕事仕事になってまうけど、大丈夫か?」

「知ってる。それがよくてあんたを選んだんやもん」

寂しくないと言えば嘘になる。

でもフミは良治の貪欲さやまっすぐさに惚れたのだ。
だから家事も育児も仕事も頑張ってここまで来た。

まっすぐに貪欲に頑張る良治の背中を見て子供たちも自分も励まされている。

何より、海の向こうからの顧客を連れてきてくれているのも良治のお陰だ。

「愛してるよ」

結婚してからも子供ができてからもずっと変わらず囁いてくれる愛の言葉。

「知っとる」

「可愛くねえなあ相変わらず」

そうやっていつも口づけをしてくるのは反則というものだ。

五月晴れの夕日がきらきらと真っ赤になったフミの顔を照らす。

暫しの沈黙。

だが、ドアが開いた音とどたどたと足音と大きな声が聞こえてくる。

「おかーさーーーん!お父さん帰ってきたーーん?あのカバンお父さんのよなーー」

がちゃっ。とリビングの扉が開くと何事もなかったかのようにふるまう良治とフミ。

「おー、久しぶりだな祐子」

「あ、お父さんおかえりー!!」

お父さんに抱き着く祐子は小さな時から変わらない。

「はいはい。ちょっと離れなさい。お前もええ歳なんやから」

気まずそうに、でも少しだけ嬉しそうにはにかむ良治。

さっきの男の顔はどこへやら。

「お帰り祐子。アップルパイ、焼けてるで」

「ほんまに!?わーい!着替えてくる!」

少しは元気になってくれてるとええねんけど。と良治と2人顔を見合わせて笑う。

そしてまた久しぶりの家族水入らずの時間が始まったのだった。
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