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第10章 探索依頼 大沼沢地編
101 小さな手
しおりを挟むギルドを後にし、アルマンド商会に向かうと、大通りには多くの人が忙しなく動き回っているのが見て取れる。
どうやら壊れた建物や施設の修復が急ピッチで進められているらしい。
「逞しい事この上ないな」
昨日の今日でもう動き出しているのは、やはり辺境の街らしく根性が座ってるって事なんだろうか?
そして助け合う事が当然だとでも言うように皆が瓦礫の後始末や応急修理に老若男女問わず働いているのだ。
「さすがダルシアって事なのか?」
アルマンド商会まで帰って来ると皆が壊れたお店の片付けに集まっていた。
ここはハーピィクィーンが落ちたから血の後始末も大半そうだ。
落ち無いとか何とかおばさん達が言いながら洗い流そうとしている。
アルマンドさんも陣頭指揮を取って頑張ってるが貴方の隠し持つ黒い石/オブシディアンが原因だとはみんな思わ無いだろうな。
まあ本命はダルシア壊滅とか何だろうけど。
さて、俺も手伝おうかと思ったら足元に何かが纏わりつくのが分かった。
小さい──子供だった。
その小さな手には林檎が一つ握られている。
ふと見ると周りで林檎を囓っている人がそこかしこにいるからどうやら差し入れか何かだったらしい。
そして手を差し出して来る。
「……くれるのか?」
するとその子供は──幼稚園生位の女の子はコクリと頷いた。
「有難く頂くよ」
俺はその小さな手から林檎を受け取り、そっと頭を撫でてやった。
母親が驚いてその子を呼ぶと慌てて走り去って行き──俺の手の中には林檎だけが残される事になった。
小さな手から手渡された小さな林檎
一口囓って見ると元の世界の林檎とはやはり違うのか硬くて酸っぱかった。
だが口の中に広がる林檎の風味は中々だ。
横目で見ると女の子は自分のオヤツを渡して来たらしい──姉弟と思しき子供達から怒られている。
だがその視線はジッと俺を見ている。
あのハーピィクィーンと墜落した時に俺を見たのかも知れ無いしそうでは無いのかも知れ無い。
母親に手を引かれて行くまで──いやその途中でもその小さな女の子はジッと俺を視線で追い掛けていた。
「悪く無い味だな」
小さな女の子の小さな手から手渡された小さな林檎
「ユウテイ、晩御飯の用意出来てますよ!」
その時セシルさんがお店の中から大きな寸胴を運んで来た。
炊き出しってヤツか?
中身はどうやらアルマンド家自慢の逸品スチューらしい。
良い匂いが胃袋を刺激してくる。
どうやらコレは組内か何からしく彼方此方で似たような風景がみられ、大通りでは晩飯が始まった様だ。
エレンとキャシィ、シルビアも忙しそうに運んで来た。
キャシィとシルビアも自らの肉親を村ごと無くしているのだ。ダルシアを襲った災厄に思う所もあるんだろうな。
エレンが甲斐甲斐しく世話をしているのには何故だろう、違和感しか湧か無いんだけど。
あっという間に料理が並べられ晩御飯は暗くなる前に始まった。
今日はスチユーにジャガイモのグラタン、黒パンにピクルス、それとワインとエールか。
「さあ、ユアテイ、準備が整いました」
セシルさんがよそってくれたスチユーを受け取り少し早いが晩御飯だ。
「うまそ~!」
いや実際美味いんだけども。
塩胡椒位しか香辛料は無いと思うんだけど、味が濃いいんだよな。
「私だって」
「材料を手に入れておきましょう」
キャシィとシルビアが何がごと言っているが聞こえ無いフリをしておこう。
「ユウテイ、この事態が収束したら是非に旅の護衛をお願いしたい。王都に向かいますから」
あの黒い石はどうするつもりなんだろうか。もしやそれ絡みか?
「依頼ならお受けしますよ。キャシィとシルビアも慣れておいた方が良いでしょうし」
このアルマンド商会との取引は是非に継続させたい。彼方此方に動き回るのにも好都合だし。
王都も気になるしな。
ケルティからの情報でも今の所怪しい動きは無い。
少なくとも大軍が動く気配は無いし、モンスターの大量発生も今の所は無いようだ。
ハーピィが何処から来たかはまだ分からないが。
「明日からも暫く探索依頼を受けていますからそれが終わってからになりますけどね。キャシィとシルビアに関しては何時でも動ける様にしておきますよ」
不満そうだが二人も納得ずくだ。
俺にはネフィリムが居るから世界座標さえ手に入れれば移動は可能なのだ。
ただこれは奥の手、決してバレる訳にはいかない。
それに連発は無理だしな。
一旦行った事がある場所なら別なんだけどな~
彼方此方マーキングはしてるけど。
「ええ、是非に貴方に紹介したいお方がいらっしゃるのです」
そうアルマンドさんは言った。
悪く無い笑顔だ。
ヨゼフ-アルマンド
油断ならないオトコだな。
ある意味この国の内部に食い込んでいるこの男の方が黒いローブの奴等より厄介なのかも知れ無い。
商うのは物だけでは無い様だ。
「お前がユウテイか」
その時背後から声がした。
気配を消して来やがったぞ。
それは殺意と同義だ。
「ああ、この街に知り合いが居たとは知らなかったよ」
振り返るとそこには三人の冒険者が立っていた。
遠回しに十数人が此方を伺っている。恐らくはパーティメンバーか?
「ハーピィクィーンを単独討伐したルーキーが居ると聞いてご挨拶に寄らせて貰ったんだ。心配するな、敵意は無いからな」
その男は両手を挙げヒラヒラと振っている。
「今の所は──じゃ無いのか?」
話し掛けて来た男は大剣を背負っている。
胸当ては魔法金属か?
典型的な戦士/ウォリアーぽい。
ランクは恐らくBだろうか?
放って来るオーラが半端無い。
「心外だね。この街を護る仲間だろ? 手を携えて頑張ろうじゃ無いか」
軽戦士か
いや魔法剣士あたりか
素早さが身上なのだろうか装備は軽めだ。
持っている片手剣の素性が気になるところだな。
此奴もランクBは有りそうだ。
「噂通りの美少年だね。街で人気のリゲルトもこの子の前では形無しだね」
褐色の肌のお姉さんはいかにも魔法使いだが露出が多過ぎ無いか?
マジックアイテムで補完してるんだろうか?
踊り子でも此処までエロくは無いだろう。
ローブを羽織って無ければただの痴女だ。
ただしランクBだけどな。
此奴らがギルマスの言っていた決戦兵力か?
ランクB三人とそのパーティ
カイザートードが可愛く見える。
和かそうな割に隙が無い。
何時でも受けて立つと言わんばかりだ。
「私はノーラだ。面白いネックレスだね。エルフのネックレスが流行りなのかい?」
一発で見抜かれた。
此処には五人装備してる奴が居るからな。
不自然過ぎるか。
「偶々お知り合いなる機会があってね、人の縁とは分から無いもんだよね」
「そうだね。ジャムルとニックがお世話になったみたいだしね」
リゲルトと呼ばれる男は以下にもモテそうな色男だ。
何処ぞの貴族の成れの果てっぽいな。意外とお育ちが悪そうだ。
そして手癖も
「リゲルト、余計な事は言うな。すまないな、俺はオルグ、戦鬼のオルグだ。悪気は無いがニックも、特にジャムルは古い付き合いでな。思う所が無い訳じゃ無い。実際にはあるんだが、今はそんな場合じゃ無いからな。いざという時に仲違いは御免被るから今挨拶に来たわけだ」
思う所有るのかよ!
「それは当然だろう。まあ、この先何が起こるのかは予測不能だが宜しく頼むよ」
俺は三人と握手を交わした。
その間、残りのパーティメンバーは此方を睨んで来たが、いつの世もルーキーは睨まれるもんだ。
仕方無しだな。
キャシィとシルビアも少し緊張している様だ。
エレンは──いつも通りか。
さすがは神の使徒だ。
「それで、周辺の様子はどうだ?」
なるほど、今の所外へと向かって動き回ってるのは俺達だけなのか。
決戦兵力なら尚の事行動を制限されるんだろうしな。
カイザートードの話しは無しにしよう。良く無い事が起こりそうな気がするし。
「周辺、少なくとも荒地の岩山と大沼沢地には上位種や希少種が溢れてたな。手強かったね」
「へぇ~期待のルーキーでも手強かったのか」
安い挑発だな。
「見た事もないスキルを使う奴が居て苦戦したよ。明日からも苦戦しそうだし」
「謙虚なのね」
「堅実がモットーなんでね」
「よさんかお前ら」
戦鬼のオルグが会話を遮って来た。
意外と苦労人なのか?
見た目は十五才でも実年齢は三十男なんだからこの位では同様しないんだよ。
だが周りは違う様だ。
キャシィとシルビアもあからさまに不快感を表している。セシルさんも何だか怒ってるよね。
みんな落ち着きなさい。
「申し訳ないな。また改めて話は通させて貰うよ。今日の所はこれで失礼させて貰う。俺たちはパーティを纏めてレギオンを組んでいるんだ。良かったら顔を出してくれ」
そうか、これがレギオンなのか。
そしてリーダーがあのオルグか。
歴戦の勇士っぽいよな~
手渡して来た紙には何やら住所が書いてある。
自己所有物件か?
俺なんかまだ居候なのに。
まあセシルさんがいる限り出て行くつもりは無いけどね。
去って行くオルグ達を見送りながら俺は笑ってしまった。
「その為にワザワザ来たのか? いや俺の力を探りに来たのが正解なんだろうね」
邪魔するなって事かもな。
つまりダルシアは事此処に及んでも一枚岩では無いんだな。
少なくとも背中を預けられる相手では無い。
不安気なキャシィとシルビアは冒険者としてその事が肌身で感じられるのだろう。
この敵対的な空気
つまり探索依頼をこなしている方が安全な訳だ。
その事を知ってか知らずかエレンは平然と給仕を続けている。
「セシルさん、お代わりお願いします!」
「は、はいっ、たっぷり食べて下さいね」
セシルさんも動揺してるが、先ずは飯だ。
腹が減っては戦は出来ぬ。
皆が沈黙するなか、俺とエレンだけは黙々と食事に舌鼓をうっていた。
釣られてキャシィとシルビアも食事を再開する。
それでいい。
考えても無駄な事は考えない。
そして出来るべき事を一つづつこなす。
それこそが人生の基本だ。
ダルシア強襲の翌日
俺達は瓦礫の中で飯を食い戦う英気を養っていた。
小さな林檎の恩に報いる為に。
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