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第17章 死霊の軍団

195 策略

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「ようやくか」

 慌てふためく兵士たちが走り回る中、領主の屋敷、その三階のテラスに、イズァルドの姿があった。

『声が大きいですぞ』
「これは失敬」

 そして悠然と執務室に戻ると、ワインをグラスに注ぎ一息に煽る。

「やれやれ、王が早く軍勢を動かしていただければこんな事にはならなかったものに」
『あれほど難癖をつければ躊躇もしようと言うものだ。実に辛辣ですな』
「いやいや、真実が俺を突き動かしてしまうのさ」
『これは恐れ入りました』

 執務室の──何処からかする声の主は、呆れるようにそう言った。
 その時、勢いよくドアが開け放たれる。
「火急にて失礼しますぞ!」
「いつもかわらんじゃないか」
「だまれデアブロ!」
「レオン、やる気が出過ぎだって」

 二人の側近は意気揚々と執務室に乗り込んで来た。

「分かっていると思うが…」

 二人はニヤリと笑う。

「一当てして守りを固め──」
「決して深追いはしない──でしたな」

 ゾンダー-イズァルドは外を眺めながら頷く。

「王の配下も当然、事の成り行きを伺っている。決して気取られるな。今日はあの美少年ははるかローハンだ。しかも何事か巻き込まれているらしく、国境で何かあったらしい。これはチャンスではあるが、平原に現れた彼奴らも決して一枚岩では無い。油断は出来ぬゆえ、決してぬかるなよ」

 二人の顔に緊張が走る。
 そして、イズァルドは苦々しく呟く。

「あの新参者さえ王国に絡みさえしなければ、こんな大騒動になる事もないものを。王をそそのかすなど」

 二人は大きく頷いた。

「どうあっても王の手に渡す事は出来ませんからな」
「とは言え、あの【白き勇者】様に──」
「それは口にするな!」

 イズァルドはそう言って二人を嗜める。
 公然の秘密である──【白き勇者】

(ふむ、ゆう帝とは真逆の出で立ち──ただ何方も美少年か)

「さあ、持ち場に付け。打ち合わせ通りなら間も無く一撃が来る──ゆう帝の隠し玉も見逃すなよ。まだ敵となるか味方となるかは不確定だからな」

「かしこまりました」

 二人は一礼すると急ぎ外へ向かった。城壁へと向かうべく、館の正門に集結している兵士達の元へと急いだ。既に数千人の戦士団と騎士団は整列を終えてその時を待っている。
 二人を見送るイズァルド

「オズボーン、誓約の効力に問題は無いな」
『御意、太古の呪詛なれど、決して破る事はかないませぬ。例え紫苑と言えども』

(一歩間違えればこのダルシアは壊滅だ。だが、みすみす王の──いやあの男に渡すくらいならば)

 仕組まれた襲撃
 イズァルドはゆう帝の事が気掛かりだった。

(あの石と遺跡の支配はイズァルドの血脈を持つ俺以外には不可能だ。暫し【星護り】にその鍵を預ける事になろうとも問題は無い。王も其処までは知らぬからな。だがゆう帝は別だ。ローハンに旅立っている今しか無い。あやつ、遺跡に侵入し支配下においていると言うが、それはメダリオンを持つ、正統なる所有者である俺にしか叶わぬこと…いずれその素性も全て洗い出さねはなるまい。それに、ゆう帝の一団が、何かと目障りな黒衣の者達と共倒れになってくれればさらに好都合だ)

 そう、イズァルドは黒衣の者達と誓約を結んでいるが、決して仲間な訳では無い。互いに利用しようとしているだけなのである。
 【白き勇者】
 この共通の敵である男に対抗する為に、危険な橋を渡ろうとしているのだ。

「あの【白き勇者】が本当に勇者なのか──まだ掴めぬのか」
『あらゆる手を打っておりますが、未だ尻尾をだしませんな』
「…王は変わられた」
『我ら【星護り】の一族には決して看過出来ぬ事です』
「そうだ【聖遺物/レガリア】は決して人の手には渡ってはならぬ。たとえそれが【初まりの人】の末裔とは言えどな」
『それが我ら【星護り】の使命ですからな』

 そう言って、イズァルドはテラスに出ると、屹立した光の柱を睨んだ。

「ふん、力があるのは間違いないが、せいぜい今だけ図に乗っておけよ」

 城壁に向かう騎士団と戦士団をじっと見据え、イズァルドは不敵な笑みを浮かべていた。 



 ◇ ◇ ◇



「まさかとは思うけどやっぱり来たわね」
「冒険者達も終結を終えているぞ」
「出番が無いことを祈るわ」

 集団戦闘訓練を積んでいる訳では無い冒険者は、同じ戦列に組み込むと混乱を来す事が多いので、このようなモンスターが溢れて襲い掛かって来る時などは、後詰めに回される事が多い。今回も同じである。
 各所に配置されている冒険者は、それぞれパーティやレギオン毎に集結してその時を待っていた。

「そろそろか」

 報告では屹立する光から屍食鬼/グールが噴き出したと伝えられている。手練の冒険者にしてみれば侮れずとも恐る相手では無い。

「さて、何を仕掛けて来るつもりなのやら」

 オルグは違和感を感じていた。
 ユウの居ない隙を突くのはまだ定石ではあるが、規模はダンジョンが暴走した時と比べれば、確かに危険ではあるものの、絶望的と言うほどでは無い。

「…数千の屍食鬼の群れ……ドラゴンゾンビやトロルゾンビが紛れ込んではいるらしいが、正規の騎士団や戦士団が守りを固めた城砦都市を抜けるとは思えん」
「まだ序盤よ。あの屹立する光の柱は何らかの召喚円だから、仕掛けはこれからよ」
「あの黒衣の者達もいずれは出張って来るんじゃないの? 今は後ろに控えているだけで」

 だが足りぬ──そう言おうとした時、激しい咆哮が平原に響き渡った。

「…始まったな」
「外にいる三人…皆慣れてるのか放置してるけど、本当なら彼奴らの方がヤバいんだけどね」

 ノーラは肩をすくめる。
 今迄の戦闘でユウと共にダルシアを守る為に戦う所を見ていなければ、誰も味方だとは思わなかっただろう。それ程に禍々しい三人の放つオーラは、この大地を覆い尽くさんとする闇の波動と同質…いやなお酷いかも知れない。

「パロムとポロムに守りを固めるように言え! 修道院には指一本触れさせるなとな」

 ヒリヒリとする胸の奥が悪くなりそうな時間が過ぎていくなか、皆が感じ取っていた。
 「今迄とは違う何かが起こっている」
 ただ、それが何なのか──誰にも分からない。共すれば仕掛けた者達も…その行く末は不確定で混沌とした物なのは間違いない。



 ◇ ◇ ◇



「アン、子供達を集めなさい」
「…はい……あの」
「心配はいりませんよ…決して貴方には手を出させません。いざとなれば…」
「…シスターレイチェル」
「大丈夫…これはシスターエルザの意志であり、全ては神の御心のままなのです。例え破門になろうとも決して穢れる事なのありませんよ」

 パロムとポロムは、ユウとの約束を守る為に、仲間と共にこの修道院に乗り込んでいた。さらに外ではザハルの手の者がジッと様子を伺っている。この世界では、奴隷紋と同じく、誓約魔法や契約魔法が発展しており、決して逃れる事は出来ない。だが、債権者の抑える契約者までもは守ってはくれない。契約者を守るのは債権者の義務なのだ。そのことを知っているパロムとポロムは、じっと外にいる者達を睨む。

「ちっ、ハイエナ共が」
「始末したいところだがな」
「ほら、おっちゃんら、コレを」

 睨みを効かしているパロムとポロムに、ナディアが声を掛ける。

「おう、ナディア、ここは俺達に任せておきな」
「そうよ、ネズミ一匹通さねえから安心しな」

 ナディアがニコリと笑う。そして、指輪を二つ取り出し、二人に手渡す。

「心ばかりのお礼や。簡単な【守りの指輪】やけど、そこそこ効果は期待出来る筈やからね」

 二人は目を見合わせる。

「いいのか?」
「あのナディアの指輪ならありがてえが、払える金はねえぞ」
「かまへん。どうせここのところ商売はあがったりなんやから。ユウの頼まれたついでや。少しはお金もユウからふんだくったし、心配せんでもええで」

 二人はニヤリと笑い、華奢なナディアのに熊のような手を伸ばし、指輪を受け取った。

「「ピッタリだ!」」



 ◇ ◇ ◇



 マリオンはジッと城壁を──光の柱が屹立する方を見ていた。

「はわわわ、これはまずそうな雰囲気です…ユウのおかげで最後にお腹いっぱい食べれた事に感謝すべきなのでしょうか」

 通りの店は全て閉じており、皆家の中に閉じこもっているのだが、不安なのか影から外の様子を伺っている。

「な~!」

 何故か押し付けられた猫が「任せろ」と言わんばかりに肩から頭の上に乗ろうとしていた。
 
「痛い! 痛いです!」

 マリオンは「はぁ」と溜息を吐き、肩から下げたマジックバックの中を確認する。そこにはいくつもの仕切りに安全に保管された魔法球が収められていた。

「まさか自らが実戦投入の試験をする事になるとは」

 優秀な錬金術師であるマリオンも戦闘職では無いし、その経験も殆ど無い。

「せめてラナさえ居てくれれば…そもそもユウも私を放置するのが納得出来ません! この変なマントは絶対脱ぐなとか!」

 機巧師であり凄腕の冒険者だが、秘密の工房を何処かに持っており、滅多にダルシアに来る事は無い。そして最近はとんと顔を出さなくなっていた。

「心配です」

 ただ、マントはマリオンを優しく包み込んでいた。

「…重いけど、着心地は悪くありませんね。何だかマジックアイテムっぽい?」

 アンサタクロスが変幻した仮の姿──それを知らぬマリオンではあるが、異世界から来たユニークスキル持ちでもある彼女は決して愚鈍では無い。

「…小説なら私のピンチに駆けつけるのはユウの役目なのですが、果たして私はモブ扱いなのか、少なくとも準レギュラーとして名前が残る扱いなのか、悩ましいところです」
「なー!」
「痛い! 痛いですってば!」

 それは「安心しろ」とでも言っているかのようだった。 



 ◇ ◇ ◇



「うわぁ、なんか凄い事になってるな」
「ユウはいねえしな、これはマズイかもな」

 【竜殺しスレイヤースレイヤー】の前で、シドと娘のレネットが空に屹立する光の柱を見上げていた。
 周りでは多くの職人達が同じく光の柱を見上げてあーでもないこーでもないと心配気に話している。

「こんな事なら、ユウに授けておくんだったな」

 奥から娘のレネットがゴソゴソと引き摺り出して来た。
 それは巨大な斧

「お父さん! なに言ってるのよ! はら、早く準備しなきゃ!」

 それは、かつて勇者と共に戦った時に、愛用していた斧と、鎧の入った鞄だった。

「…なかなか楽隠居とはいかねえな」

 そう言って、巨大な金属の塊である【魔神の斧】と呼ばれる両手斧を手に取った。
 心配気にレネットはシドに抱き着く。

「ユウさん、また助けてくれるのかな」



 ◇ ◇ ◇

 


「やっぱり来たわね」

 セシルは光の柱をじっと見つめていた。

「ちょっと! なに人の指輪を勝手に付けてるのよ!」

 中庭にひしめくゴーレムの間をぬってセシルがセシルに詰め寄っていた。
 セシルが「ちっ」とセシルに舌打ちをする。

「あ、あんた! いま舌打ちしたでしょ!」
「まあ、落ち着いて」
「そうよ、万全を期す為には仕方ないのよ?」

 続々と中庭に現れるセシル──に擬態したホムンクルス達

「て言うか、こんなに私が居たら怪しいでしょ!」

 十三人のセシルが同じ服、同じ顔で揉み合っている。実に騒々しかった。

「既に擬態はバレていますから、ここは数で危険を分散する作戦です。敢えて一人だけ指輪をつける事により敵を欺く高度な戦術なのが理解できませんの?」

 そう言ってニヤリとバカにしたように笑うセシルに擬態したホムンクルスはやけに人間臭い仕草でセシルを非難する。

「……一人対十三人て卑怯よ」

 勝ち誇るホムンクルスを逆にゴーレム達は無関心なのか、チラチラと反応するものの相手にはしない。
 此方は数と大きさを増してはいるものの、相変わらず中庭の家庭菜園の土を利用しているので、ハーブや野菜が埋まったまま闊歩している。居心地が良いのか中庭に居着いていたリスがその身体を走り回っているがゴーレム達は気にする素振りも無い。
 此処には【オブシディアン】もククリによって封ぜられているのだが…

「本当に大丈夫なの」

 呆れるセシル──のオリジナル

「当然よ」「そうよ!」「セシルは失礼ね」「指輪は私の物よ」「いえ私のよ!」

 ワイワイとかしましいセシル──に擬態したホムンクルス達

「全然緊張感無いわね」

 別の意味で頭を抱えるセシルだった。
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