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第16章 西方街道

192 さあ、お仕事だ

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「ほう、噂には聞いていたが、本当に冒険者に成り立てのルーキーだとは」

「……はぁ」

「どうした、何か不機嫌そうに見えるが」

「……はぁ」

 砂を噛む様な会話が始まって、およそ小一時間、俺達は、ローハンの騎兵の護衛を受け、街道を西へと向かっていた。
 どうやら、この騎兵団は定期的に領内を巡回しているらしく、今回も訓練を兼ねてこの国境付近のモンスター討伐に来ていたそうだ。
 巷で噂の「残念なリスティ」は、それに無理矢理付いてきたのだとか。
 俺達は、その騎兵団の一部に護衛され(一応はアルマンドさんは断ったのだが)、なかば無理矢理の道々となった次第である──それは良いのだが、問題は俺の処遇だ。
 何故か俺は──リスティの膝の上に居た。
 馬の乗り方を教えてやると無理矢理乗せられた次第である。
 当然、荷馬車と同じ速度での移動だから、練習にはなるのだが

「ほら、可愛い顔が台無しだぞ」

 あんたはその巨体の所為で美貌が台無しだ──と言い返してやろうと思ったが国家間紛争の火種になりそうなのでやめた。
 ダルシアの領主であるイズァルドを困らせるのは実に愉快だが、ギルマスのクローディアを怒らせるのは怖いからな~今日は勘弁してやる。
 それに──少しは情報も引き出せるかも知れないし。
 PASが繋がっているので、エレンやマナも素知らぬ顔で馬車に戻っている。俺を抱き上げた瞬間、キャシィとシルビアの突き刺す様な視線が一瞬だけ向けられたが、その怒りは何とか治められたようだ。
 こわっ!

 さて、いつまでも雑談にうつつを抜かしている訳にはいかない。
 一応は、あの「黒の呪い」を仕掛けた奴が近くに潜伏している可能性もあるしな。
 使い烏を飛ばし、ローハンとダルシアには情報が渡った筈なので、何れにせよ何らかのリアクションが期待できる。さて、どう動くのか、興味津々だ。
 ケルティはさらに後方を大きく監視さて、追跡者を仕留める為に罠を張っている。

『今夜半迄にはある程度始末できるでしょうね~』
『話がややこしくなる前にケリをつけておきたいからな、そう願うよ』

 あまり長距離でPASを繋ごうとすると、俺が感知網に引っかかる可能性が高いから、ソロモン王達とは直接やりとりは出来ないが、恐らくは、何らかの接触が起こっている筈だ。この国境でもキメラ擬きとの遭遇は偶然では無いだろう──当然このローハンの騎兵団も怪しい。

「髪もサラサラだな! 黒髪に黒い瞳はこの大陸では希少だからな! 噂が千里を走るのも頷ける!」

 このリスティは怪しく無い気がするけど。
 二人の従者は付かず離れず、俺とリスティの乗った馬を後方から警護している。警護が必要かどうかは甚だ疑問ではあるが。
 殆ど英雄みたいなもんだからな。
 剣も魔法も達人クラスらしいし。
 俺とは違い、典型的な勇者枠だ。

「私の国は武勇で鳴らした国でな、武者修行に出る者も多く、伝説には事欠かないのだ」

 と言うか、お前が伝説っぽいがな。

「いや、そもそも、リスティ殿はすでに英雄ですよね」

「なに、私などまだまだだ。大討伐もしてはおらぬしな」

「大討伐?」

「そうだ。伝説の魔物や、魔王と呼ばれる眷属を倒した者に与えられる称号を手にする事こそが我が国ハイランドに生を受けた者の悲願なのだ」

「称号?」

 聞いたことの無いシステムだ。
 ジョブやスキルとはまた違うのだろうか?
 調べてみる必要があるな。
 ローズやクローディアとは違う、直球勝負な恐ろしさが満ち溢れている。
 相手にするローハン騎兵団の団長はこりゃ大変だわ。

『ハイランドに救われた王国は数知れず、国力そのものはそれほどでは無くても、迂闊なことは出来ないのでしょうね』
『領土的野心もないらしいし、敢えて敵対する愚を犯す必要も無いし』

 ふむ、キャシィとシルビアの伝え聞く情報からも、お国柄が理解出来る。
 武力が売りのスイスみたいなもんかな。国民総兵みたいなノリで。

『ハイランドの国名のとおり、山岳地帯にあり、大軍を送り込み難い所為もあります』
『ここ数百年、負けたとかの話を聞いた事がないんだから、大したもんだよ』

 そんなにか!
 侮れん国のお姫様だったんだな。
 各国の王子達も、関係は欲しいが、近寄り難い、実に悩まし事になってるんだな。
 ふっ、どうせお坊ちゃんのリア充共だろうから同情はせんがな。

「今回は急な遠征だったのだが、城にいても暇だからな、無理矢理付いてきたのだが、ユウの所為でその暇つぶしも潰されてしまったよ。だから、暫く付き合って貰うぞ」
「……へっ!」
「だから、付き合って貰うと言ったんだ」

 ……付き合う

 ……何に──いや此処は聞かずにスルーした方が良いのか?

「…いや、私な護衛の任務ですから!」

 やめとこう。
 関わらぬのが吉と出た。

「リスティ様の申し出を断るつもりか?」
「まさかとは思うが」

 いつの間にか二人の従者が真横に来ている。そして懐に手を掛けた。暗器か?
 この世界
 手練れの者は、何よりも気配を制御するのが上手い。
 速さでは敵では無いが、どうしても感知が遅れてしまう。

『どうせ、ローハンへは向かいますし、ローハンからも直ぐに帰る訳では有りません』
『少し付き合ってやれば? フラグになるかも』

 口調は優しいが、PASからはリスティの膝の上に抱かれて馬に同乗している事に対する怒りが渦巻いている──気がする。
 ふと荷馬車を操るアルマンドさんに視線を送ると、目が怒らせるなと訴えていた。そこまでか!

 それに、懐に抱いている姫騎士の事もある。いざという時の為に、此処で渡りをつけておくのも悪く無いかも。
 打算一考

「……お手柔らかに」

「うん、任せておけ!悪いようにはしないからな! ははは、無理矢理に付いて来た甲斐があったというものだ」

「……本当にお手柔らかに」

「何を言う! 私な優しく慈愛に満ちていると評判なのだからな! はっはっはっはっ!」

 残念なリスティの膝の上に乗せられ──俺は悪い予感しかしなかった。

 ああ…頼むから早くローハンに着きます様に。
 ちくしょう!
 分身とは言え俺にこんな役目を押し付けやがって!
 覚えてろよ俺──いや無駄か。

 俺は自分の、自分に対する、理不尽な仕打ちに、打ち拉がれていた。

 だが、意外とムチムチとした太腿が何とも言えず心地良い。
 こう、ムラムラと……いやいや、手なんか出さないよ! 出さないから! 逆に抵抗出来ないかもだし!
 だが、流石は王家の血を引く美女ではある。
 ああ、本当に「残念なリスティ」だ。
 これと分身の役得という事に──しておこう。


 ◇


「……行ったか」

 俺は哀れな分身を見送りつつ、少し離れた小高い丘に移動し、森の切れ間から、リスティと俺の(分身である)乗った馬とその一行から距離をとり、国境へと向かう為に移動を開始した。
 残った騎兵団は約150騎
 周辺の調査と討伐を行うと言う。

「さて、こちらも調べさせて貰うぞ」

 俺は魔道書/グリムウェルから、魔石を取り出し、ヨームを召喚した。

「サモン:ヨーム!」

 魔石か緑色の光を放ち、解き放たれた粒子が人型を形成していく。

『およびでしょうかマスター』

「ああ、お前の力が必要だ」

『お任せあれ!』

 俺は森の中を気配を消し、ヨームと共に、キメラ擬きに崩壊させられた関所へと、向かった。
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