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第12章 探索依頼 太古の遺跡都市…と見せかけて

127 星の転移門

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 【勇者の秘剣】
 驚異的な勇者のスキルは数あれど、最も勇者を勇者足らしめるのはやはり【勇者の秘剣】だろう。
 それは二つの要素から構成されている。
 一つ目は勇者にしか装備出来ない宝具または神器または聖遺物など。誰にでも装備出来る程度の誓約など得られる恩恵も知れたものだ。
 二つ目は勇者にしか持ち得ない固有スキルにより行使される特別な剣術である。
 空間断絶などのチート剣技を持つ者もいれば【封神剣】などのように剣技そのものが特別な資格を必要とする事もある。
 それらを駆使し、勇者は魔法防御無効や即死効果やHPMP吸収などの普通なら有り得ない攻撃を惜しげも無く繰り出して魔王や邪神を滅するのである。ある意味勇者とは力の集大成的な役割も担っている。あらゆるものを集積してその驚異的な力をさらに高みへと。それが勇者なのだ。
 よって成長した勇者は真竜族や古巨人族を超える驚異だと言えるだろう。もしも人類に敵対するのなら──人を良く知り人の中に紛れ込む最悪の敵対者となるだろう。

 だがそれが
 俺の目の前に居た。
 しかもヤバげな封印の間での遭遇である。
 どうする。
 逃げればマナの領域支配が解け封印は開放、丁度良さ気に煮詰まった邪神か破壊神辺りが降臨なさる気配が漂っている。
 知りたかったのは此奴らが封印開放の手段をどのように所持しているがだ。だからここに罠を張っていたのだが、予測通り敵の最大戦力である自称勇者にして地球からの転生者もしくは召喚者である紫苑が現れた。
 そして封印も手順に則った遣り方だ。下手をすると王国内に手引きをした者がいる可能性まで高まった。何しろ此処は王国が管理している遺跡なのだ。盗み出した可能性もあるが──その辺は調べようとしたらヤブヘビになりそうな気もするんだけどな。裏切り者とご対面とか勘弁して欲しい。
 
 う~ん八方塞がりっぽい。
 対称的に印象的なのは紫苑のその笑顔だ。此奴もしかして空気読まない──いや読めないのか。
 自分達のやろうとしている事がどんな結末を引き起こすのか考えて無いんじゃなかろうか。
 そんな奴が勇者だなんて。
 魔王より酷い。

「悪いがお前らの企みは潰えたぞ。既にお仲間は俺が叩いておいたからな。今のところ健在なのはお前らだけだから」

 そう言うと男がニヤリと笑った。

「直ぐに攻撃して来ないのはこの紫苑が勇者の系譜だと知っているからか? 中々に知恵は回るようだが実力は分かっているのだろう。お前らこそ逃げるのが得策なのではないか? 見たところこの王国に義理は無さそうだがな」

 痛い所を突かれた。
 顔に出ているのか。

『どうするのマスター、私でも足止め位しか──いえ時間稼ぎ位しか出来そうにないわね。あの紫苑とか言う小娘、かなり危険よ』

 マナの言う通り一番会いたくない敵だ。
 その屈託のない笑顔が禍々し過ぎるぞ。

「悪いがその封印の奥のものは俺が頂く予定なんでな」

 俺はそう言ってバベルの塔で手に入れたメダリオンを取り出した。
 この床のレリーフ
 そして男も持っているのは間違い無くバビロニア文明におけるキーアイテムであるメダリオンだ。

「……貴様…何処でそれを手に入れた」
「それは俺が聞きたい。何処からそれを盗み出したんだ?」
「……他所から流れて来たお前には関係ない事だ」
「悪いが俺の根はこの地に着いたんだ。見過ごす訳にはいかない。それにお前らが黒い呪詛を操っている事はバレてるんだよ。そのままにはしておけない」
「何も知らぬくせに人助けとは片腹痛い」
「なんだと?」
「そこまで!」
 その時、紫苑がその魔剣…いや聖剣か? スルリと抜き構えて来た。

「どうせ信じられないでしょ! だからここは拳で語り合うのよ!」

 おいおい、何だあの炎の魔力は。属性付与されてるのは分かるんだが【炎の剣】とかのレベルじゃ無いぞ!
 うわ~闘いたくない。エレン以上に。
 ここは諦めて撤退するところだろうに、ヤケに粘る。

「…やるぞマナ!」
「愚か者!弱気がバレバレよ!」

 仕方無し。
 何故なら本当だから。
 諦めながらドラッケンを引き出した。

「それでいいわ。私も少し本気でいくわよ」

 マナはそう言うとヒレを二本展開した。そこにとんでもない魔力を込めている。

「それがカテゴリー6のダンジョンコアメンタルか。お前の相手は俺だ!」

 そう言うと男の最中から四本の腕が伸びて来た。この世界は腕を生やしたがる奴が多いが気の所為か?
 さらに数十本の黒い触手が最中からウネウネと生えてくる──それはやり過ぎじゃないの?百足じゃなくて百手だな。腰が引けるがマナお嬢様はそうではないらしい。

「ふん、不細工な!目障りよ!」

 ヒレをハーケンの様に突き立てた。数本の触手が宙を舞った。

「き、貴様!」
「あら、意外と脆弱なのね」

 だがそのヒレは間違い無く首を刎ねる軌跡を描いていた。悪戯に笑うマナはなんの躊躇いも無く追撃をかけていく。ヒレは光の粒子を撒き散らし、どうやら魔法障壁を破壊しているのか男の顔に明らかな狼狽の色が浮かぶ。それはそうか、その手の内にあるメダリオンとアメジストはどんな事があっても敵に渡す訳にはいかないんだからな。
 仕方ない、俺が紫苑を釘付けにするほかない。

「負けそうだからやりたくないけど世の中勝てる時だけ勝負する訳にもいかないだろうし、全力でいかせてもらう!」
「やっとその気になったんだ!嬲り殺しは見苦しいから殺りたくなかったんだよ」

 殺る気満々だったのかよ。
 脅しかハッタリでも混じってるかと思ったらこの脳筋勇者め!

 俺は雷と炎を纏い魔人化した。
 これで炎により筋力と耐久力が増し、雷により反射速度と思考加速が数倍になった筈だ。そして接近すると業火と雷撃が襲う二段構えである。この場合は紫苑の持つ謎の炎を纏った大剣対策でもあるが。

「へぇ~、君も魔人化出来るんだね!なら遠慮は要らないかな」
「いやいや!遠慮無く遠慮してくれて構わない!俺、そう言うの全然気にしないから!」
「だ・め」
 語尾にハートマークが連打されそうな笑みを浮かべ紫苑は突っ込んで来た。何のスキルを発動させている訳でも無いのにまるで弾丸の様に突っ込んで来るのだ。マリオのスター状態かお前は!
 だがその大剣は真っ直ぐに最短距離を大上段から打ち込んでくる。分かっている。分かっているのに避ける事が出来ない。女子高生と見紛うほどの──いや女子高生だったな。その笑顔がこれほど禍々しいとは。まるでトラックでも突っ込んで来るかの様な圧倒的な迫力に全身が総毛立つ。
 一閃
 辛うじて俺はドラッケンで弾いた。受けたのではなく最大荷重を叩き込んだつもりがそのまま吹き飛ばされたのだが。
 だがその一撃弾いたそのまま遺跡の防護されている筈の床にまるで熱したナイフでバターを切り分ける様に突き刺さった。

「やるね!そのまま受けたら真っ二つだったのに」

 実に朗かだ。
 何の屈託も躊躇いも無い。
 てか少し位逡巡してくれ。

「余裕みせてくれるぜ!」

 掠っただけで皮膚が焦げた。
 熱いだ何だと言ってる暇は無い。
 俺はそのままドラッケンを旋回させ逆にカウンターを狙って横薙ぎにした。攻勢防御だ。ある程度は受けて貰わないと持ちこたえられる訳が無い。
「速い! 流石はバビロニアンだね」
「ざけんな!この野良勇者!」
「失礼な!放浪勇者と呼んでくれないかな!」
 ドラッケンを軽く飛び越しさらにカウンターのカウンターを狙って来た。有り得ない至近距離で有り得ない斬撃を打ち合う事で床や壁に亀裂が走っていた。
 速い!速すぎる!どんな反射速度なんだよこの小娘は!
 技だとかどうとか言う前に速くて重いのだ。
 単にそれだけ。
 単にそれだけだから手の打ちようが無い。
 救いはドラッケンが最低でも紫苑の大剣と打ち合えるだけの能力がある事だ。並の魔剣や聖剣では間違い無く両断されてしまうだろう。そもそもスキルを使おうにも全く隙が無いほど高速で打ち合う所為でタメた一瞬で即死は確実だ。
 もう帰りたい。
 全く未来への展望が望めないこの状況にも関わらず紫苑はノリノリだ。てかまさか勇者補正がかかってるのか?
 火花散る剣戟の最中気になる事を聞いてみた。
「もしかしてお前【セーブポイント】があったりするんじゃ無いだろうな」
「ふふふ」
 この小娘、転生勇者だけの特権【勇者の不死】に匹敵する【セーブ&ロード】をまさか
持ってるのか!
 いや、俺が確かめる術は無い。もしも事象改変まで及んでいれば俺と紫苑の激突は数十回為されていて良い感じでレベルアップを繰り返してるんじゃ無いだろうな!つまり俺が紫苑をレベルアップさせてしまったとか止めてくれ!
 RPGなら当たり前の【セーブ&ロード】まで本気で実装されていたら絶対に勝てない。因果律を捻じ曲げる魔王の中の魔王を打ち倒す為に神が遣わした真の勇者のみに与えられると言われるこの世界最強のチートスキルを持っていたら。
 勝てる訳が無い。
 この世界の造物主に喧嘩を売るようなものだからな。

『心配しなくてもそれは無いわよ』
『マナ、なぜそう思う?』
『もう直ぐわかるわよ』

 見る余裕は無いがマナと男も激しくヒレを打ち合っているのか激しい激突が起こる度に衝撃波が伝わって来る。てか向こうも容赦無いな。
 ブンと振るわれた大剣が俺の海老反りになった胸の上を通過する。熱くて焼けるがスプリンガンローブが辛うじて遮断してくれた。あの大剣は千度を超えてると思う。そして俺の雷撃はそもそも発動すらさせる事が出来ない。舌打ちしながら俺はそのまま一回転して脛斬りを放った。それを側転で躱しさらに一閃して来る紫苑。
 当たらないぞ!
 マジかこの迷子勇者は!
 何で躱せるんだよ。
「お前もしや【先読み】スキルを持ってるんじゃ無いだろうな!」
「惜しい!」
 側転から諸手突きを放って来たのを紙一重で躱すと石柱に突き刺さりそのまま溶解させてしまった。おいおい、この石柱ただの石じゃ無いだろうに。
 だが
 呆れる俺が打ち手を無くし防戦一方になりつつあったその時──異変放って起こった。
 紫苑が石柱を貫いた直後
 連続攻撃を止めた。

「…やるねお兄さん」

 はっ!? 何にもしてないけど?

『よし!かかったわ!』
『マナ、何をしたんだ?』
『別に何もしてないわよ。領域支配して迷宮を外界から遮断しただけだもの』

 遮断
 確かダンジョンはその中でのエネルギーの循環をある程度制御出来るんだけど何でそれで──
「供給を止めたのよ。勇者へのね」
「供給…なんの?」
「鈍いわね!魔力よ!」
「へっ!?  ああっ!まさか!」

 紫苑が舌打ちする。

「ちぇ!まさかこんなに速くバレるとは…その子やるな~」

 この無尽蔵な無敵状態は巨大な魔力PASを繋ぐ事だったのか!

「最初には無かった魔力の流入が戦闘に入る少し前から爆発的に増えたのよ。隠れていたから意識して無かったみたいだけど。それでもカテゴリー6の私だから遮断出来たけど、普通なら無理ね。それにその紫苑とか言う勇者はキチンと成長させてあるから素でも規格外だし、もっている大剣もその辺の勇者じゃ持てない神器だから。でもこれを組んだ魔法使いは天才ね。ねえ、紫苑とか言ったわよね。貴女のスキルって凄く【ヤシマ作戦】ぽいんだけど…心当たりあるんじゃ無いの」

 マナがあの有名な【ヤシマ作戦】を知っていたとな!そのBGMを陸士自衛隊も式典で演奏するとまで言われるあの有名な…いやいや、そうじゃ無くて!

「そう、よく分かったわね。私のチートスキルは【アストラルリアクター】よ。歴代勇者最強なんだから!」
「紫苑!秘密をバラすな!」
「もうバレてるわ」
 実にサバサバしている。ある意味潔いな。
『紫苑は何か隠してる』『バレた振りをしてる?』『多分ね。こんな簡単に認める訳が無いし』
 マナの言う事も最もだ。
 そしてこの状況から分かる事は紫苑は脱出する手を隠し持っていると言う事である。

「残念だけどここまでね」

 紫苑はそう言って肩を竦める。
 そう言う仕草は女子高生っぽいんだけどな。
 禍々しい暗黒勇者様とは思えない。

 そして男は紫色の石/アメジストを取り出した。あっという間に迷宮の一部分が支配されていった。

「……私の迷宮領域を削り取るなんて」

「取り敢えずこの遺跡はお前達に譲る…が、どうなっても知らんぞ。この世界の秘密の一端に触れればどうなるか。精々心しておく事だな。力を持つ者は力に染まる覚悟がいると言う事をな!」

 次の瞬間、眩い光が巻き起こり魔法陣が展開し二人を飲み込んだ。そして一点に吸い込まれて掻き消す様に消え去ったのだ。

「……行ったか」

「私の領域を侵食して何処かに繋いだのね。どうやら流石に複数の処理は出来ないみたいね。あの紫苑は恐らく適正スキルを持っているからあの膨大な魔力を受け入れられたのね。普通なら塵まで吹き飛ぶレベルだもの」

 適正スキル
 そう言えば【アストラルリアクター】とか宣ってたな。大沼沢地で殺り合った時でもあそこ迄では無かったのをみると、使ったのは今回だけか。

「でもアレだけのスキルを使うのはそれなりにリスクもある筈よ。転生勇者をさらにドーピングするなんて聞いた事も無いわ」

「かわりに魔王を遥かに超える力を手にした…てかそこまでの力がいる理由が謎だ」

「そうね。この遺跡に封印されてるモノも謎だけど」

 そうこの遺跡が危険なモノである事は分かったが。
 そして三つ目の石

「謎ばかりね」

 マナは悪戯に微笑んで、俺の腕に取り付いた。その目は「さあ帰ろう!」とアピールしている。てか動じないのな。いや、マナなら止めれたのかも知れないが。

「よし、地上を掃討するぞ」
「うん!とっとと終わらせましょ」

 そして、俺とマナは一旦この遺跡を封印し、地上に戻ったのだが──その謎の一端を目の当たりにする事に、なった。


 ◇


「な、何だこれは」

「これはやられたわね」

 遺跡から地上に戻ると、そこは街が破壊された惨状だった。建物こそ倒壊しては居ないが多くの人が道や広場に倒れている。しかもその身体には──
「黒の呪い…何で…しかもこんなに多く」
 そう、倒れた者はみな醜く顔を歪め、その身体には呪紋が刻み込まれていた。数千の死体が溢れかえっている凄まじい光景は虐殺が起こったとは思えない静かなものだった。

「ゆう帝!」
 立ち尽くす俺にギルマスが走り寄って来る。どうやら彼女達は無事だったようだ。

「ギルドマスター、これは一体」

 嫌そうな顔でギルマスは答えた。

「正門に侵入して来たコカトリスに石化された人達が…突然暴れだしたと思ったら騎士や兵士、それに市民を無差別に襲い始めたの。そこから一気に大混乱よ。乗り込んで来た奴等もゆう帝が打ち倒したのにその隙に逃げ出しの」

 ここで黒の呪いを使ったのか。
 一般の市民を巻き添えにして。

「それが突然おかしくなったのよ。突然動かなくなって、何だか魔力が抜けて萎れていったわ。そして全員倒れて動かなくなったの」

「萎れて…動かなくなった」

 まさか紫苑は

「そのまさかね」

 マナは倒れた黒い呪紋の浮かんだ遺体を探るとそう言った。

「紫苑と同じ魔力波動ね。中々にえぐい事をする。どうやらこの黒い呪紋を使い、魔力や霊力を吸い上げて紫苑へ供給していたみたいね。あの紫の石を使って集めたのかも」

 俺は呆然として積み重なった遺体を眺めていた。
 何よりも紫苑がその事に手を貸している事に驚きを隠せなかったのだ。地球からの転生者が何故そこまで加担したのか。これは間違い無く虐殺だ。
 視界から色が失せたかのように目の前の光景は現実感が無かった。ふわふわと地に足の着かぬ感覚はまるで自分で自分を見下ろしているかのようでもある。

 後ろからエレン達が走って来るのも気が付かずに、俺はただゴミのように折り重なる黒い呪紋の浮かんだ死体を前に、立ち尽くしていた。

「紫苑…なんで」

 だがその呟きに応える者は何処にも居ない。

 こうしてダルシアをめぐる騒乱は終わりを迎えた。
 到着した領主の軍勢はその光景に絶句する事になる。

 そして俺はこれが全ての始まりだと確信していた。
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