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鍛錬場へ行こう
しおりを挟む娘が婚約破棄されたと聞いてからの両親の行動は早かった。貸し付けている金をあらゆる手段で利子を含めて回収に動く。本当にノーランド家が領地を手放すはめになるかもしれないと聞いた日にはさすがのグレイスも少し同情した。
次いで新しい縁談を探すにあたって、もし誰か想い人がいるなら可能な限りで考慮すると伝えられ、否応なくハドリーの顔が頭に浮かぶ。
「べっ、べつに好きな人なんて……」
「あらあらグレイスちゃん、顔が真っ赤よ」
母は無理に聞き出そうとはしなかったが、どうやら何かを察したらしい。しかし絶対に名を割らない娘に母は諦めたようで、新しい縁談がまとまるまでは家業を手伝うことになった。
何もせずに物思いにふけるより、働くほうが性に合っている。けれどもどうしてもあの日触れた熱を思い出して集中できない日々が続いた。
仕事がはかどらない娘を見かねてか、母が用事を言いつけてくる。
布地を城に納め、それが問題なく終わったら今日は一日羽を伸ばしていいとのことだ。
「そうだグレイスちゃん、街でお買い物するなら流行もチェックしてきてね。なんなら、意中の彼と逢引きしてもいいのよ」
からかってくる母に反発しつつ、グレイスは喜んで引き受けたのだった。お供に屋敷に引き取られてから面倒を見てくれているレベッカという女性の使用人をつけてくれた。
顔なじみの門番に城へ入れてもらい、女性の使用人を取りまとめるメイド長のところへ赴く。眼鏡の奥の厳しいまなざしが布地を見つめる。瑕疵がないことを確認できたのか、引き結んだ口元を緩ませた。
「はい、確かに」
メイド長の老婆はいつもの厳しい雰囲気をすこし和らげる。
使用人は普段華美なものは身につけられない。けれども季節ごとに支給される布地は別だ。
給金とは別に年二回、夏と冬に支給される。
貴族のものには遠く及ばないが、このときばかりは質のよい布が配られる。無論仕事中に身につけることはできないが、その布で服を仕立てたり小物を作ったりして各々が愉しむのだ。
「派手すぎず、品がいい色ね。何を繕うか今から迷ってしまうわ」
卑しい家業だとさげすまれることもあるが、こうして人の喜ぶ顔を見るのは気分がいい。グレイスは気づけば晴れやかな笑みを浮かべる。
納品はつつがなく終わったので、さてどこに出かけようかとレベッカと話していると、三人組の令嬢が黄色い声を上げながら、どこかに向かっている。彼女たちが向かっているのは兵舎のようだった。
「レベッカ、少し覗いてみようか」
秋は年に一度の御前試合が行われる季節だ。男達はその鍛錬に励んでいるだろう。その様子を見るために見物人に年若い女が大挙して押し寄せるのだ。
「あらあらお嬢様、次の男性をもう見つけようと? それとも意中の彼は騎士様ですの?」
レベッカまで母のようにからかってくるので参ってしまう。
「まさか、たくさんの令嬢がいるならわざわざうろうろしなくったて最新の流行がわかるでしょ」
グレイスが名案を見つけたというように胸を張ると、レベッカは少し溜息をついた。
「仕事熱心なのはいいんですが、あんまりに色気がなさすぎますよ」
背中で呆れるように呟く声を無視してグレイスは兵舎へと急ぐ。
先程の三人組は皆流行しているという胸部にふんだんな刺繍をほどこしたパステルカラーのドレスを身につけていた。確かに刺繍があれば華やかだが、その分値段もあがってしまう。
金持ち相手の商売もいいが、働く人々にもすこし背伸びすれば手が届く商品を作れないだろうか。
何かヒントになる着こなしをしている令嬢がいるもしれない。
「ほら、レベッカ。商売は少しのひらめきが重要なんだって」
仕事に熱中すれば、いつものように仕事をてきぱきこなせる自分が戻ってくるだろう。
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