3 / 13
公爵さまと婚約??
しおりを挟む
「……てめえハドリー、なんで邪魔しやがった」
「あんな男、グレイスさんが手を下す必要もないよ。さすがに骨の一本でも折れたらまずいでしょ。グレイスさんならやりかねないしー」
「へえ、公爵様になってちょっと腑抜けたんじゃねえか」
公爵、と呼ばれた少年は照れ臭そうに頭を掻く。ハドリー・ドートリッシュはグレイスの無礼にも激昂することなく、人好きのする笑みを浮かべている。
本来ならば商家上がりの男爵家の令嬢が気軽に話しかけられる立場ではない。しかしそれには理由がある。
先代の国王陛下は好色で有名だった。
王妃以外の貴族令嬢に手を出すなんて日常茶飯事。その勢いは宮廷の中だけではおさまらず、身分を隠し、下町にお忍びで遊びに行っては平民の女たちともよく遊んでいた。放蕩の限りを尽くし、あろうことか子種もばらまきまくったのだ。
彼のすさまじいところは、自分と関係を持ち子を成した女たちを一人残さず宮廷に招き入れ、貴族の身分を与えたところだろう。
一度認知してしまえば、まがりなりにも王家に連なる子供たちである。無論王位継承権からは程遠いが、使用人を与え、しかるべき教育を施し、別宅の一つや二つでも与えなければならない。
国庫の財政がよろしくない原因の一端は、前国王陛下の好色にあると誰もが噂していた。
ハドリーは下町に住んでいた時の幼馴染だ。
彼の母親は劇場の女優で、観劇好きな前王がお手付きにした。そしてしばらく下町で育ったのちに、爵位を得た、とこんな具合である。
ハドリーの母、メアリーはとりわけ寵愛が深く、その息子であるハドリーも庶子とは思えぬ厚遇を受けていた。
少なくとも三十人ほど、前王にはこんな具合に認知した子女がいるのだ。
ハドリーもその手合で、グレイスとは下町時代の顔なじみである。だから人目のないところではこうやって軽口を叩けるのだった。
「ちっ、誰にでもいい顔しやがって。お前ってよ、むっかしからそうだよな」
下町の人間は皆喧嘩っ早い。しかしハドリーは昔から穏やかな性分でにニコニコと笑っていた。
「グレイスさんは敵を作りすぎなんだよ」
「グレイスさん、ほかに婚約者の当てとかあるの?」
「あるわけねえだろ。せっかく家のために着たくもねえドレス着て媚び売ってたのに台無しだぜ。だいたいあっちのが金がないからって婚約を申し込んできやがったくせに」
グレイスの実家は商家だ。金で爵位を買い、グレイスを貴族たちが通う学院に送ったのも教養と家に箔をつけるためだ。名誉ばかりで家系は火の車な伯爵家の跡取りとの婚約だって、結局は商売のためでしかない。
「……じゃあ、おれと結婚する? なんたって公爵さまだよ?」
「え? お、おまえと??」
「うん、おれずっとグレイスさんのこと好きだったんだ」
あどけなさが残る無邪気な顔で微笑まれる。確かに父母からすると願ってもない話だろうが、ハドリーを商売の道具にするのは気が引ける。せっかく敵を作らないように立ち振る舞っているのに、面倒を増やすのは望むところではない。
「ね、グレイスさん」
グレイスはハドリーの母とも顔なじみだ。誰からも愛される陽気な美人だった。栗色の柔らかそうな巻き毛と、あたたかい亜麻色の瞳。どんなに粗暴な擦れた男でも彼女の前ではたちまち少年に戻る。
母譲りの整った顔で微笑まれると、その気はなくとも一瞬胸が跳ねた。一瞬見惚れていると、ふと頬に柔らかいものが触れる。キスされたのだと気づいたのは唇が離れてからだった。
「おれ、絶対いい男になるからさ。考えといて」
グレイスはしばらくその場から動けなかった。頬にあたる風が冷たい。
空を見上げる。星がきれいな夜だった。
「あんな男、グレイスさんが手を下す必要もないよ。さすがに骨の一本でも折れたらまずいでしょ。グレイスさんならやりかねないしー」
「へえ、公爵様になってちょっと腑抜けたんじゃねえか」
公爵、と呼ばれた少年は照れ臭そうに頭を掻く。ハドリー・ドートリッシュはグレイスの無礼にも激昂することなく、人好きのする笑みを浮かべている。
本来ならば商家上がりの男爵家の令嬢が気軽に話しかけられる立場ではない。しかしそれには理由がある。
先代の国王陛下は好色で有名だった。
王妃以外の貴族令嬢に手を出すなんて日常茶飯事。その勢いは宮廷の中だけではおさまらず、身分を隠し、下町にお忍びで遊びに行っては平民の女たちともよく遊んでいた。放蕩の限りを尽くし、あろうことか子種もばらまきまくったのだ。
彼のすさまじいところは、自分と関係を持ち子を成した女たちを一人残さず宮廷に招き入れ、貴族の身分を与えたところだろう。
一度認知してしまえば、まがりなりにも王家に連なる子供たちである。無論王位継承権からは程遠いが、使用人を与え、しかるべき教育を施し、別宅の一つや二つでも与えなければならない。
国庫の財政がよろしくない原因の一端は、前国王陛下の好色にあると誰もが噂していた。
ハドリーは下町に住んでいた時の幼馴染だ。
彼の母親は劇場の女優で、観劇好きな前王がお手付きにした。そしてしばらく下町で育ったのちに、爵位を得た、とこんな具合である。
ハドリーの母、メアリーはとりわけ寵愛が深く、その息子であるハドリーも庶子とは思えぬ厚遇を受けていた。
少なくとも三十人ほど、前王にはこんな具合に認知した子女がいるのだ。
ハドリーもその手合で、グレイスとは下町時代の顔なじみである。だから人目のないところではこうやって軽口を叩けるのだった。
「ちっ、誰にでもいい顔しやがって。お前ってよ、むっかしからそうだよな」
下町の人間は皆喧嘩っ早い。しかしハドリーは昔から穏やかな性分でにニコニコと笑っていた。
「グレイスさんは敵を作りすぎなんだよ」
「グレイスさん、ほかに婚約者の当てとかあるの?」
「あるわけねえだろ。せっかく家のために着たくもねえドレス着て媚び売ってたのに台無しだぜ。だいたいあっちのが金がないからって婚約を申し込んできやがったくせに」
グレイスの実家は商家だ。金で爵位を買い、グレイスを貴族たちが通う学院に送ったのも教養と家に箔をつけるためだ。名誉ばかりで家系は火の車な伯爵家の跡取りとの婚約だって、結局は商売のためでしかない。
「……じゃあ、おれと結婚する? なんたって公爵さまだよ?」
「え? お、おまえと??」
「うん、おれずっとグレイスさんのこと好きだったんだ」
あどけなさが残る無邪気な顔で微笑まれる。確かに父母からすると願ってもない話だろうが、ハドリーを商売の道具にするのは気が引ける。せっかく敵を作らないように立ち振る舞っているのに、面倒を増やすのは望むところではない。
「ね、グレイスさん」
グレイスはハドリーの母とも顔なじみだ。誰からも愛される陽気な美人だった。栗色の柔らかそうな巻き毛と、あたたかい亜麻色の瞳。どんなに粗暴な擦れた男でも彼女の前ではたちまち少年に戻る。
母譲りの整った顔で微笑まれると、その気はなくとも一瞬胸が跳ねた。一瞬見惚れていると、ふと頬に柔らかいものが触れる。キスされたのだと気づいたのは唇が離れてからだった。
「おれ、絶対いい男になるからさ。考えといて」
グレイスはしばらくその場から動けなかった。頬にあたる風が冷たい。
空を見上げる。星がきれいな夜だった。
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
あなたが望んだ、ただそれだけ
cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。
国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。
カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。
王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。
失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。
公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。
逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。
心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。
ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる