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公爵さまと婚約??

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「……てめえハドリー、なんで邪魔しやがった」
 

「あんな男、グレイスさんが手を下す必要もないよ。さすがに骨の一本でも折れたらまずいでしょ。グレイスさんならやりかねないしー」

「へえ、公爵様になってちょっと腑抜けたんじゃねえか」

 公爵、と呼ばれた少年は照れ臭そうに頭を掻く。ハドリー・ドートリッシュはグレイスの無礼にも激昂することなく、人好きのする笑みを浮かべている。

 本来ならば商家上がりの男爵家の令嬢が気軽に話しかけられる立場ではない。しかしそれには理由がある。

 先代の国王陛下は好色で有名だった。

 王妃以外の貴族令嬢に手を出すなんて日常茶飯事。その勢いは宮廷の中だけではおさまらず、身分を隠し、下町にお忍びで遊びに行っては平民の女たちともよく遊んでいた。放蕩の限りを尽くし、あろうことか子種もばらまきまくったのだ。

 彼のすさまじいところは、自分と関係を持ち子を成した女たちを一人残さず宮廷に招き入れ、貴族の身分を与えたところだろう。

 一度認知してしまえば、まがりなりにも王家に連なる子供たちである。無論王位継承権からは程遠いが、使用人を与え、しかるべき教育を施し、別宅の一つや二つでも与えなければならない。

 国庫の財政がよろしくない原因の一端は、前国王陛下の好色にあると誰もが噂していた。



 ハドリーは下町に住んでいた時の幼馴染だ。

 彼の母親は劇場の女優で、観劇好きな前王がお手付きにした。そしてしばらく下町で育ったのちに、爵位を得た、とこんな具合である。

 ハドリーの母、メアリーはとりわけ寵愛が深く、その息子であるハドリーも庶子とは思えぬ厚遇を受けていた。
 少なくとも三十人ほど、前王にはこんな具合に認知した子女がいるのだ。

 ハドリーもその手合で、グレイスとは下町時代の顔なじみである。だから人目のないところではこうやって軽口を叩けるのだった。

「ちっ、誰にでもいい顔しやがって。お前ってよ、むっかしからそうだよな」
 
 下町の人間は皆喧嘩っ早い。しかしハドリーは昔から穏やかな性分でにニコニコと笑っていた。

「グレイスさんは敵を作りすぎなんだよ」

「グレイスさん、ほかに婚約者の当てとかあるの?」

「あるわけねえだろ。せっかく家のために着たくもねえドレス着て媚び売ってたのに台無しだぜ。だいたいあっちのが金がないからって婚約を申し込んできやがったくせに」

 グレイスの実家は商家だ。金で爵位を買い、グレイスを貴族たちが通う学院に送ったのも教養と家に箔をつけるためだ。名誉ばかりで家系は火の車な伯爵家の跡取りとの婚約だって、結局は商売のためでしかない。

「……じゃあ、おれと結婚する? なんたって公爵さまだよ?」
「え? お、おまえと??」

「うん、おれずっとグレイスさんのこと好きだったんだ」

 あどけなさが残る無邪気な顔で微笑まれる。確かに父母からすると願ってもない話だろうが、ハドリーを商売の道具にするのは気が引ける。せっかく敵を作らないように立ち振る舞っているのに、面倒を増やすのは望むところではない。


「ね、グレイスさん」

 グレイスはハドリーの母とも顔なじみだ。誰からも愛される陽気な美人だった。栗色の柔らかそうな巻き毛と、あたたかい亜麻色の瞳。どんなに粗暴な擦れた男でも彼女の前ではたちまち少年に戻る。

 母譲りの整った顔で微笑まれると、その気はなくとも一瞬胸が跳ねた。一瞬見惚れていると、ふと頬に柔らかいものが触れる。キスされたのだと気づいたのは唇が離れてからだった。

「おれ、絶対いい男になるからさ。考えといて」

 グレイスはしばらくその場から動けなかった。頬にあたる風が冷たい。

 空を見上げる。星がきれいな夜だった。
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