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第二章

第33話 襲撃と葛藤

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そうしてアイリスと約束をした翌日。
俺は一人でオリブの街の領主邸へと足を運んでいた。


この街はオリブ公爵という貴族が統治している領地の中心地で非常に経済が潤っており、治安もとても良い。そのため王国の中でも住みたい街トップ3には入ると言われているほどのいい街なのである。

だが一つ難点を上げるとすると、それはこの街は近くに魔物が多く生息する王国随一の大森林が広がっていて魔物による被害も度々報告されている。そのため国内でも一番大きな冒険者ギルドが構えられており、多くの仕事があるため冒険者たちが自然と集まってくる街になっている。

冒険者ギルドの本部は王都にあるのだが、実質的にはここが冒険者ギルドの中心地と言っても差し支えないだろう。そんな魔物の素材が集まるギルドを中心に様々な店や交易が展開されているため、この街はとても潤っているのだ。


それに合わせてオリブ公爵は現国王と思想が近くてとても信頼されており、貴族の中でもかなり民思いのいい領主と言われていることもあって住人にとってとてもいい環境が生まれている。

魔物の脅威だけがデメリットではあるが、たくさんの冒険者と領主直属の兵士たちも手練れぞろいなのでそこまで心配する必要もないだろう。まあ、万が一の場合は俺もいることだし。

こそこそ隠れて暮らさなくてもよくなったらお母さまとこの街にちゃんと家を買って住んでみたいと思うぐらいにはいい街である。



そうして領主の屋敷が近づいてきた時、何だかやけに兵士の数が多いということに気づいた。もちろん領主邸付近なのだから警備が他より多いのは当たり前なのだが、それにしても多すぎるような気がする。

俺は気持ち早歩きで領主邸に急ぐことにした。


領主邸に到着すると大きな門の前には二人の長い槍を持った門兵が警備を務めており、少し門の隙間から見える領主邸の大きな庭には多くの兵士が集まっていた。


「そこのお前、何か用か?」

「俺は冒険者のオルタナ、この屋敷に滞在しておられる王女殿下に今日の正午にここへ来るよう呼ばれている」


俺は名前と用件を簡潔に伝えると二人の門兵が顔を見合わせて何やら小さな声で話していた。


「確かに王女殿下から来客があると聞いている。だが今は緊急事態でそれどころではないため、部外者を入れることは出来ない」

「緊急事態...?何かあったのか?」

「申し訳ないが、部外者に教えることは出来ない」


やはり異常な数の兵士がいるのは何かがあったからだったのか。
だが俺も「はい、そうですか」と帰るわけにはいかない。

王女様の約束を事情はどうあれ一方的に破ってそれを一部の過激な貴族にでも知られれば不敬罪として処刑されてしまいかねない。だからこそ入れないにしても必要なことはしてもらわないといけない。


「俺が入れないのは了解した。だが王女殿下との約束を違えるわけにはいかない。オルタナが来たということを王女殿下、あるいは護衛していらっしゃるはずの騎士団長に伝えてはもらえないか」

「...確かにそうだな。了解した、少し待っておけ」


そう言って門兵の一人が伝言を伝えるために門の中へと入っていった。すると中から代わりの門兵が一人やってきて二人体制で門の警備を再開した。


誰か襲撃にでもあったのだろうかと思うぐらいの警備体制に少しアイリスのことが心配になる。今このタイミングでの警備を増やす緊急事態ということはつまり、王女関連の事件が起こったとしか考えられない。

いくら今の俺の状況ではあまり関わりたくはないとはいえ、かつては学園で魔法やいろんな勉強を教えていた数少ない学園での仲のいい友人だったのだから安否は心配である。


そうして十数分ほど待っていると先ほどの兵士が騎士団長を連れて帰ってきた。しかしアイリスの姿は見当たらず、少し不安が増してしまう。


「オルタナ殿、こちらがお呼びしたにもかかわらず待たせてしまい申し訳ない」

「お気になさらずに。それよりも緊急事態だとお聞きしましたが、一体何があったのでしょうか...?」


俺が状況を尋ねると騎士団長は難しい顔をして少し黙り込んでしまった。言うべきかどうかを悩んでいるのだろうが、こちらもせめてアイリスの安否だけでも知っておきたい。


「...そうですね。オルタナ殿、少しお話がありますのでついて来てもらえますか?」

「...ええ、分かりました」


特にそれ以上何も告げないまま騎士団長は歩き出した。流石に何があったのか、アイリスは無事なのかぐらいは把握したいので俺は急いで彼の後を追うことにした。

しばらく騎士団長は無言だったが、屋敷の中へと入るとすぐに彼はその重い口を開けて話始めた。


「これから話すことはくれぐれも関係者以外には話さないで頂きたい」

「ええ、もちろんです」

「実は昨夜、私たちが移動に使っている王族用の馬車が何者かの手によって破壊されてしまったのです。警備にあたっていた騎士団三名が重症を負ってしまいましたが、幸いなことに王女殿下や公爵様には全く被害はありませんでした」


なるほど、そのようなことがあったのか。
とりあえずアイリスが無事ということが分かっただけでも良かった。


「この公爵邸には公爵側の兵士による厳重な警備体制と馬車には数人とはいえ手練れの騎士が見張りがあり、さらに深夜には部外者の侵入を拒む結界まで展開してあったにもかかわらずこの有様...」

「確かにそれは緊急事態ですね」

「ええ、そのため外部だけでなく内部の者の犯行も視野に現在調査を行っているのです。そこでオルタナ殿、貴殿にぜひお願いしたいことがあります」


騎士団長からのお願いか。
出来る限り王族や貴族とは関わりたくはないが...


「しばらくの間、王女殿下の護衛をお願いしたいのです」

「護衛ですか...殿下の護衛は騎士団長がなされているのでは?私はてっきり犯人を探し出してほしいとお願いされるものだと思っていました」

「今回の件の犯人は我々騎士団の面子にかけて絶対に探し出しますのでお気になさらずに。それよりも気がかりなのは犯人の実力です」


騎士団長は非常に険しい表情で話し始める。彼も王国の中で指折りの強者のはずだが、そんな彼がここまで気にするということは相手がそれほどの手練れなのだろうか?


「騎士団の者が三人やられたと言いましたが、彼らは騎士団の中でもトップクラスの実力を持っている者たちでした。そんな彼らが不覚を取るとは相手はかなりの手練れであると考えられます。それに複数犯であるという証言もあることから、王女殿下を狙われれば私と護衛で連れて来た騎士たちでは厳しいかもしれません」

「そこで保険として私を殿下の側に付けたいということですか」

「話が早くて助かります。お願いできませんか?」


俺はすぐに返事をすることは出来なかった。今までの偶発的なアイリスとの接触はまだギリギリ許容範囲だったが、彼女の護衛となると流石に許容範囲を大きく超える。

彼女が第一王子と仲が良くないらしいのでもし彼女に俺の正体がバレるようなことがあっても、彼女から第一王子へと伝わることはないと思う。しかしそれはあくまで彼女から伝わることがないだけで他の線から伝わる可能性は十分にある。

それを踏まえるとそんなリスクを取るわけにはいかない。
せっかく手に入れた平穏を壊すわけにはいかないから。


「申し訳ないですが、私はそのお願いを受けることは出来ません」

「...今、王都に残っている騎士団の手練れたちにこちらへすぐに向かうよう連絡を送っています。彼らが到着するまでの間でもダメでしょうか?」

「...申し訳ない」


俺がそう告げると騎士団長は残念そうな表情を浮かべていた。本来、護衛は騎士団の務めであり彼らの威信をかけた任務だ。しかし俺にも協力を頼むというのは彼らの面子よりもアイリスの身の安全を最優先に考えている証拠だろう。

彼は素晴らしい騎士だ。

騎士としてのプライドを持ちながらも、自身の為すべきことを理解している。だからこそ彼は俺に無理強いはしない。彼は王族の命と名誉も守らなければいけないからだ。


「...そう、ですか。すみません、無理なお願いをしてしまって。王女殿下からは私の方から伝えておきますので今日はお引き取り頂いて大丈夫です」

「...」


そう言うと彼は笑顔で礼をしてゆっくりとどこかへ向かって歩き始めた。そんな彼の背中を見ていると頭の中にアイリスの姿が自然と思い浮かんでくる。


本当にこの選択で良かったのだろうか?
間違ってはいないのだろうか?
後悔は、しないのだろうか?


俺は周りの時間の流れがゆっくりに感じるほど頭の中で疑問が渦を巻いていた。結局のところ、俺はアイリスを見捨ててリスクを回避することを取ったのだ。

しかしこれでもしもアイリスに何かあれば俺はこれから先、この選択を後悔しないでいられるのだろうか。




...いや、後悔するだろうな。
守れるはずだったと自分を責めるに違いない。


そんな時、俺はお母さまのある言葉を思い出した。昔、お父様が処刑されて二人でずっと暮らしていた屋敷を離れる時に言われたものである。


──あのねアルト、人生において選択を迫られる瞬間が幾つかあると思うけれど何が正解で何が間違いなのかは神様にしか分からないわ。だからそんな状況に直面した時にはあなたが後悔しない選択を選びなさい。あなたが後悔しない選択ならきっとそれがあなたにとって最善の選択になると思うわ。



俺が後悔しない選択...それが最善...か。
俺は何だかお母さまに背中を押されたような気がした。


「騎士団長...!」


俺は大きな声で離れていく騎士団長を呼び止める。
すると彼はその場で止まってこちらへと振り返った。


「どうかしましたか...?」


俺は一息置いて自身の公開しない選択を選ぶ。
それがきっと最善なのですよね、お母さま。


「私個人として先ほどのお願いは受けれませんが、冒険者オルタナに対して正式に指名依頼されたものであれば引き受けられます」


その言葉を聞いた騎士団長は何かを察したように笑顔になり、こちらへと早足で戻ってきた。


「では後ほど、正式に冒険者ギルドを通してオルタナ殿に指名依頼をさせて頂きましょう。昨日ご一緒だったルナ殿にもよろしくお伝えください」


彼はそう言うと右手をこちらへと伸ばしてきた。
俺はそれの手を握って固い握手を交わす。


これが正解かどうかは分からないが、間違いなく俺にとって最善ではあるのだとそう思った。


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