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第二章 ゴブリン大増殖編

第35話 マザーの想い

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俺の作戦が成功し、かなりのダメージを負わせることが出来たはずだった。
しかし目の前には完全に回復したゴブリン・イクシードの姿がある。

状況的には有利だった形成が五分五分に戻っただけなのだが、一度勝負を決められそうなところまで持っていけただけに非常にやらかした気分である。


「はぁ...、いろいろと便利なスキルを持っているようだな」

「キキキキキッ、良いだロ?羨ましいだロ?これがオレの力ダ!!!」


ゴブリン・イクシードは自慢げに完全回復した自分の胸を叩いている。


これは完全に挑発されているな。
しかしここで冷静さを欠いてしまうと相手の思うつぼだ。


俺は一度深呼吸をして思考を整理する。
思考を整えたところで、ますは奴が完全回復した原因を探ることにする。


おそらく先ほど奴のステータスを覗いた時に見つけたユニークスキル、それが怪しい気がする。確か『生魔変換』だっけか。常識提供さん、『生魔変換』の効果を教えてもらえませんか?


《ユニークスキル『生魔変換』は自身の生命エネルギーと精神エネルギーを相互に変換することが可能となるスキルです》


なるほど、やはりこのスキルが原因だったのか。

以前に魔法書で勉強した内容によるとたしか精神エネルギーは魔力のことだったよな。生命エネルギーは生物の肉体を構成するエネルギーだったから、つまりはHPということだろう。ということはこのスキルはHPを消費してMPを、MPを消費してHPを回復させることが出来るスキルなのか。

確かにやつのHPは完全回復しているが、よく見てみるとMPは大幅に減っている。
いや、なかなかにチートスキルじゃないか?

ということは俺は奴の魔力が切れた状態で止めを刺さなければ勝利にはならないのか。
なるほどね...これは骨が折れそうだ。


「いや~、本当にお前何者ダ?オレをここまで追いつめるなんて正直驚いたゾ」

「こっちだってお前の馬鹿げたスキルに驚かされてるけどな」

「キキキキキッ!さてと、お喋りはこのくらいにしておいてここからは本気でいくゾ。ユウト、だっけカ?お前、簡単に死ぬんじゃねーゾ?」


そう告げるとゴブリン・イクシードが身体強化魔法を発動させる。
元々高かったステータスが大幅に跳ね上がり、俺と同レベルくらいにまで上昇した。

なるほどね、これは本当に本気らしいな。
俺も出し惜しみしているとやられてしまいそうだ。


俺はインベントリ内にあった最後の魔力回復ポーションを飲み干し魔力を完全回復させる。これでもう魔力の回復は出来ない。ここからはどちらが先に魔力が尽きるかの勝負になってくるだろう。

俺も身体強化魔法を発動し、剣を構えて相手の動きを伺う。


「「!!!」」


次の瞬間、互いに超スピードで激しくぶつかり合った。

俺の剣による超高速の斬撃とゴブリン・イクシードの鋭利な爪による斬撃が激しくぶつかり合うことで大空間内がその衝撃波によって大きく揺れていた。地面が砕け、壁に亀裂が走り、互いの攻撃の激しさに徐々に耐え切れずに崩壊しかけていた。


その状況を理解しつつも一歩も引くことは出来ない。
俺はこの勝負早く決着をつけなければいけないと少しずつ焦りを感じ始めていた。


「ウィンドバレット!」


俺は剣先から魔法による風の弾丸を発射し、少しでも隙が出来ないかと突破口を模索する。しかしゴブリン・イクシードは風の弾丸を難なく回避し、何事もなかったかのように攻撃を仕掛けてくる。

くっ、やはり小手先の攻撃は通用するはずがないか。
こうなったら仕方ない、ギアを上げるしかない...な。


俺は消費魔力が増えてしまうが身体強化魔法の強化量をさらに引き上げることにした。
これでゴブリン・イクシードのステータスを大きく上回った。


「はあああぁぁぁぁぁ!!!!!」


これをきっかけにして、先ほどまで拮抗していた戦況が俺優勢へと傾き始める。俺の斬撃は徐々にゴブリン・イクシードの体にダメージを負わせ始め、奴の魔力消費を一気に加速させることとなる。


「グルルルルアアアァァァァ!!!!!」


自身が押されていることに焦り始めたのかゴブリン・イクシードの攻撃がより一層激しくなる。目が血走っており、その様相からは必死さが伺える。しかし、その焦りが仇となったのか奴の動きに少しずつ隙が出来始めていた。


「チャージボルト!」

「!?!?」


俺は両手と握っている剣に電気を纏わせる。その様子を見たゴブリン・イクシードは先ほどのことを思い出したのか過剰に反応し、大きく飛び退いて俺の攻撃範囲外へと退避する。


「そこだ、ウィンドバレット!!」

「グッ!?」


俺は奴が地面から離れる瞬間を狙い、先ほどと同じ風の弾丸を発射する。
空中での回避行動を余儀なくされたゴブリン・イクシードは大きく態勢を崩されることとなる。


俺は態勢を崩して着地をするまさにその時を狙い定める。
これでチェックメイトだ!


「フリージングフロア!」


ゴブリン・イクシードが着地した周辺の地面が一気に凍り、それと同時に奴の足も地面と共に凍ってしまい身動きが取れなくなる。俺はその隙を逃すことなく高威力の魔法を叩き込む。


「クッ、クソッ!!」

「ストームブラスト!!!」


強烈な斬撃性を帯びた空気の渦がゴブリン・イクシードに向けて放たれる。放たれた竜巻が奴の体を無数に切り裂き、地面をも抉りながら吹き荒れる。奴の体を吹き飛ばした空気の渦は洞窟の壁に勢いそのままに激突し、壁の一部を大崩落させる結果となった。


「ガッ、アァ...グギィ...」


ゴブリン・イクシードの体にある無数の斬撃痕からは鮮血が滴っており、未だにそれらが回復する気配はない。もうすでに奴の魔力は自身の体を回復させられるほど残っていなかった。

...これで俺の勝ちだ!


俺はゆっくりとゴブリン・イクシードの倒れている方へと近づいていく。
息絶え絶えとなっている奴は薄れゆく意識の中でこちらを睨みつけていた。


「ま、まさか...超越した、このオレが、負ける...のカ...」

「...世の中には上には上がいる。どんなに高みへと昇り詰めてもそれは変わらないってことなんだろうな」

「ケッ.....嫌味、かヨ...」

「嫌味じゃないさ、俺だってそのことに苦しめられてきたから身に染みて分かるんだよ。だからこそ自戒の意味も込めてって感じかな」


俺がそう告げるとゴブリン・イクシードは少し嘲笑うかのような笑みを浮かべた。そしてゆっくりと目を閉じる。その力なく倒れている姿からは「一思いに止めを刺せ」と告げているように感じる。


「じゃあ、これでお別れだ」


俺は手に持った片手直剣を構え、勢いよく振り抜いた。
その剣先は目の前に横たわるゴブリン・イクシードの首へと迫っていく。

振り抜かれた剣がゴブリン・イクシードの首をはねようとしたその時...


「グルルルルアアアァァァァァァ!!!!!!」

「?!」


突然、背後から強烈な咆哮が襲い掛かる。
不意を突かれたこともあり俺はゴブリン・イクシードのいる場所から大きく吹き飛ばされてしまった。


「な、なんだ?!」


俺はすぐさま咆哮の主の方へと視線を向ける。
それは戦力外として警戒もしていなかったマザーゴブリンであった。

先ほどまで寝ているかのように大人しくしていたマザーが突然行動を起こしたのは想定外であった。しかしマザーは戦闘能力自体はほとんどない。この状況ではどうすることも出来ないだろう。

...そう思っていた。


「お、お前...何ヲ...?」


ゴブリン・イクシードも突然のマザーの行動に驚きを隠せないでいた。そんなマザーは静かにゴブリン・イクシードの方をじっと見つめている。そしてゆっくりと大きな口を開けて音を発する。


「お願い...生きて...」

「だが、もう...オレは...」

「生きなさい...あなたは、生きて。それが私の、最後の願い...」

「お前...まさか、ヤメロ!それは、お前が...!!」


何やら嫌な予感がする...
今すぐにこのゴブリン・イクシードに止めを刺さなければいけない、そんな気がしてならない。

俺はもう一度剣を構えて勢いよく地面を蹴り出す。
なりふり構わずゴブリン・イクシードを倒すことだけに集中する。


しかしその行動は一歩遅かったようでゴブリン・イクシードの体が激しく光り出した。その眩しさに俺は視界を奪われて動きを止めてしまった。

よく見るとマザーの体も同じく光り輝いており、徐々に体が薄くなっているように見える。


「お前...そんな...!オレはお前を守るために...!!」

「今までありがとう。私はあなたが生きてくれるだけで、幸せ...」


マザーはそう告げると体が完全に消え去り、発していた光が全てゴブリン・イクシードへと集まっていった。ゴブリン・イクシードの体を包んでいた光が徐々に薄れていき、奴の体が次第に視界に再び出現する。

その体は先ほどまでの傷だらけの瀕死状態ではなく完全回復しており、さらには先ほど以上に魔力に満ち溢れていた。


俺はまさかと思い、再びゴブリン・イクシードを鑑定する。


「なっ?!」


これは本当に想定外すぎる、最悪の事態だ。先ほどまでMPが完全に尽きてHPも僅かしか残っていなかったにも関わらず、どちらもMAX状態になっていた。その上、まさかのレベルアップまで果たしていたのだ。


クソッ!戦力外だと思ってマザーゴブリンの能力を完全に気にしていなかった...


土壇場で仲間の犠牲によって復活してさらに強くなるって、こいつはアニメの主人公か何かなのか?された方としてはたまったものじゃない。


「グ...グルルルルアアアァァァァ!!!」


ゴブリン・イクシードは涙を流しながら大きく吠える。その咆哮からも先ほどまでの奴とは比べ物にならないほどの力を感じる。


「オレは...お前を絶対に許さン!!!彼女のためにもお前をぶっ殺ス!!!!!!」


憎悪の感情をむき出しにしてゴブリン・イクシードは俺を睨みつけている。奴の強烈な殺気が俺の肌をピリピリと刺してくるのが分かる。

こんな展開を誰が想定できただろうか。

俺の魔力はさっきの戦闘で半分ほどまで使ってしまっている。その上、全回復してさらに強くなった奴とこれからまた戦わないといけないのか。これは本格的に勝てるかどうか分からなくなってきた。


だが、もうここから逃げ出すことは出来ない。
俺は今までで一番死と隣り合わせであることを実感する。

正直、不安や恐怖で今にも押しつぶされそうである。でも発狂せずに済んでいるのはおそらくスキル『ストレス耐性』のおかげなのだろう。


一度大きく深呼吸をして思考を整える。


そうだ、ここで立ち向かわなければ俺の望むものは手に入らない。幸せな人生、俺はこの女神様にもらった2度目の人生を無駄にはしたくない!


やってやろうじゃないか!どんな逆境が襲い掛かってこようとも俺は目指す幸せを手に入れるんだ!!


俺は気力を振り絞って戦闘態勢を取り、ゴブリン・イクシードと対峙する。


これが正真正銘のファイナルラウンドといこうじゃないか!!

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