上 下
121 / 185

第121話 もどかしい

しおりを挟む
~織原朔真視点~

 どうしてこうなった?

 僕は現在音咲さんの宿泊する部屋の中に彼女と二人きりでいる。廊下で少しの間、僕らは重なりあった後、音咲さんは落ち着いたのか、何事もなかったように立ち上がった。僕もゆっくりと立ち上がると、音咲さんに腕を引かれた。

「来て……」

 さっきから様子がおかしい。そもそも音咲さんを女の人の幽霊かと思ってしまったところからおかしいのだ。

 しかし、僕は声を出せない。声を出せばエドヴァルドだとバレてしまうかもしれない。でも何かを言いたい。

 どうしたの?一体何があったの?撮影で嫌なことでもあったの?

 イケメン俳優と2人で歩くあの時の音咲さんが頭に浮かんでしまった。

 その時、ふと僕の戸惑いが彼女に伝わったのか、彼女は言った。

「良いから何も言わずに来て……」

 僕の腕を引きながら、チラリと僕の方を向いて口を開いた。そんな彼女の目元には涙を拭った痕があった。

 泣き顔を僕に見られまいとする強さとそれでも僕に来てほしいと弱々しく腕を掴む彼女の力が僕には愛おしく感じられた。

 そして今、音咲さんはベッドに座り、僕には後ろを向くように指示を出す。僕はくるりと反転して視界を閉ざされたドアに向けた。

「ごめん。そのまま聞いてて…振り向いたら殺すから……」

 謝罪と脅し。相反する感情が僕をくすぐる。

「…私が、アイドルやってる理由知ってる?」

 僕は首を横にふった。

「お父さんに……」

 背中越しから震える声が聞こえる。彼女は言い直した。

「お父さんに認められたいから……」

 そうだったのか。僕は彼女に背を向けたまま聞いていた。

「今思えば、アイドルは遠回りだったかもしれないけどね、当時の私は多くの人に認められればお父さんも認めてくれるって思ってたの」

 少し自嘲気味に話す音咲さんは落ち着き始めた。

「エドヴァルド様や愛美ちゃんの活躍を見て、私も前に進みたくて…進んだつもりになって……それで失敗しちゃった……」

 ──何に?

「お父さんにね、今度私の出る映画の試写会に来てほしいって言ったの」

 ──それで?

「観るに値しないって言われちゃった」

 ──鏡三さんがそう言ったの!?

「私のお父さん、自分が認めた人以外には凄く厳しい人でさ、娘の私も例外じゃないのよ……」

 ──だからってそんなの…あんまりじゃないか……

 そう思ったその時、父親なんてそんなもんだ、という想いが過った。そうだ。僕のお父さんも人でなしじゃないか。

 僕の家庭環境を知っていた音咲さんはそれに気付いたのか、直ぐに謝ってきた。

「ご、ごめんなさい!貴方の…こと……何も考えないで私……」

 僕は振り向いた。

 音咲さんは戸惑っていた。僕の顔をあの涙を拭った痕を残したまま心配そうに見つめていると同時に、振り向いてはならないという約束を破った僕に対する憤慨と僕を気遣い、失言したことに対する申し訳なさが混ざった表情だった。

 僕は一体どんな表情をしていたのだろうか。僕は彼女の言葉を気にしていないという意味で首をふった。

「それでも、ごめんなさい…も、もう帰っていいわ……引き止めて、その上自分勝手に話してばかりでごめんなさい……誰かに聞いてほしかったの……なんだか、謝ってばっかりね……」

 僕は、何も言わずに部屋を後にした。

──────────────────────────────────────────────────

~音咲華多莉視点~

 恥ずかしかった。泣き顔を同級生に晒したことが恥ずかしいのではない。自分よりも過酷な家庭環境の人に自身の恵まれた家庭について弱音を吐いてしまったことが許せないくらいに恥ずかしかった。

 私は慌ててラミンを送ろうとするが、なんと送っていいのかわからない。織原朔真、彼からのラミンは勿論きていない。

 ──あぁ…おわった……お父さんとの関係も、彼との関係も……

 着替えもせずに、ただぼ~っとしながらベッドに横になる。時々目を閉じて、お父さんとのこと、織原のことがフラッシュバックしては天井を意味もなく見たり、寝返りを打ったり、そんなことを繰り返して一体どのくらいの時間が経っただろうか?そのまま眠りについて今日のことを忘れたい。しかしなかなかどうして眠れそうにない。

 そんな時は、スマホを眺めるに限る。

 私は動画投稿サイトをタップした。

 オススメの一番上には、エドヴァルド様の配信があった。

 ──え?配信中?告知あったっけ?

 私は迷わずサムネイルをタップしようとしたがしかし、そこに記されている文字を見て私はベッドから起き上がった。

『祝、登録者25万人記念にして初の歌枠』

 歌枠!?私は早々にタップして配信を覗く。CMが流れた。

 ──早く早く!!

 このCM中に歌が始まっていたら、このCMの会社のオファーは絶対に受けないと心に決めた。そしてようやくCMが終わると、直ぐに配信開始時間を見た。

「うわぁ……配信してからもう40分も経ってる」 

 私を癒す声が聞こえた。

『もぉ25万人だよ。まぁ実際は27万人なんだけど、キリが良い方が良いと思ってさ』

 〉おめでとう!
 〉おめでとうございます!
 〉おめです!

 配信を観ているとどうやら既に数曲歌いおわった後のようで、後れ馳せながら私もコメントを打った。

 〉おめでとうございます √

 おめでとう、というコメントを拾うとエドヴァルド様は続けて言った。

『ありがとう!!いやぁ~ここまで長いようで短い期間だったね。でもここまでこれたのは本当にみんなのおかげです!えぇ~、もう配信してから何回も言ってるけどね、本当にありがとうございます。始めての歌枠だったんですけど、もう夜も遅いし、次の曲で最後にしようと思います……』

 〉え~~
 〉えーーー!!
 〉やだ、もっと歌って

『でも今さ、Vチューバーが歌を歌うとちょっと色々とややこしいことになるんじゃないかって思ったりもしたんですけど、どうしても歌いたくなっちゃったんだよね。なんていうか、その、俺ネット弁慶みたいなところがあってさ、リアルじゃ言えないことでもネットなら言えるし、ネットでも言えないことも歌なら言えるみたいなこともあるんじゃないかって思ったんだよね。皆にさ、感謝を伝えたいけど、ありがとうなんて、何回も言ったってその想いが100%伝わることって難しいと思ってさ、だから歌なら40%ぐらい伝わるんじゃないかなって感じで歌わせてもろてます』 

 〉40パー?
 〉ひっく
 〉それでも嬉しいぞ
 〉嬉しい

 私はクスリと笑った。さっきまで泣いていたのに、やっぱりエドヴァルド様は凄い。

『てか急に25万人記念やってるのに、今までなんの歌を歌ったのか書いてなかったね』

 カタカタとリズミカルにキーボードを叩く音が聞こえる。

 〉タイピング助かる
 〉セトリ助かる
 〉歌上手すぎです 

 次々と打ち込まれる曲名だが、殆どが知らない曲だ。Vチューバーが歌う曲と言えばボカロかアニメの曲が多いのだが、エドヴァルド様はというと洋楽ばかりだった。その理由をエドヴァルド様は説明する。

『最近の曲、キーが高すぎて歌えないんだよね。ピアノの調律も結構高音強めにするみたいなこと聞いたことあるんだけど、それと関係あんのかな?キーを下げて歌えば良いじゃんって思うかもしれないけど、カラオケの曲を6個とか7個下げたら音がひずんじゃうんだよね。だから昔の洋楽を原キーから1個下げたり、女性の曲を2、3個上げて歌うのが俺のやり方になるのかな?』

 今までエドヴァルド様が歌ったセトリを見た。

 ──father and son?because of you?man in the mirror?lose yourself?今度聴いてみよ……てかこの配信が終わったらアーカイブ聴かなきゃ……エドヴァルド様のこの声でどんな風に歌われるのだろうか……

 〉40代後半の曲選なんよ
 〉your voice is great
 〉Vチューバーとか興味なかったけど、この人みたいに歌う歌手を待ってた感はある
 〉キー低くね?

 コメント欄を見る限り絶賛してる人が多い。私は期待に胸を一杯にして傾聴した。

『最後の曲なんだけど、最後くらいは日本語の曲で、でも知ってる人少ないかも。実はさ、今日友達が落ち込んでて、俺その友達に何にも言ってあげられなかったんだよね。なんか家族系のことで悩んでてさ』

 〉家庭問題はムズいよな
 〉家庭の事情はちょっとね
 〉言葉選び過ぎて結局何にも言えないやつな

『でもなんかしてあげたくて、だから俺が落ち込んだ時に励まされた曲をこれから歌おうかなって』 

 タイムリーな選曲に私は胸をときめかせる。

 〉友達聴いてっか?
 〉友達ってMANAMIのこと?
 〉薙鬼流のことかな?
 〉羨ましいなその友達

『友達って言っても俺がVチューバーやってることなんて全く知らないんだけどね。でも何て言うの?その友達が経験したことってのは、もしかしたらここにいる殆どの人が経験したことあったりするのかなって思って、つまりその、家庭間での問題で悩んでる人以外にも、何か違うことで悩んでる人もいるわけじゃん?』

 〉そりゃいるでしょ
 〉それで?
 〉まーね

『俺はなんつうか、その友達の為だけじゃなくてここにいるみんなに…何かに悩んで泣きたくなったり、もうダメだって思ったりしてる人とか、或いは俺自身に向かって最後の曲を歌おうと思います。聴いてください。三浦大和さんの曲で子守り歌』

 タイトルコールをすると、ピアノの静かな旋律が聴こえ始めた。そしてエドヴァルド様の低くて優しい歌声がピアノの響きと混ざりあった。まるで喋っているかのような自然な発声で微かに聴こえるハイハットのリズムに合わせて抑揚を効かせながら歌っている。敬愛するエドヴァルド様の歌を聞いたらきっと騒ぎ散らしてしまうと思っていたのに、真逆だった。息をするのも忘れてしまう程、私は彼の歌声に身を任せていた。

 ──すごく、うまい……

 どことなく昔の歌手に歌い方が似ている気がする。それにしても力強くも優しい響きの彼の歌声のお陰で歌詞がすんなりと入ってくる。

 サビに入る前は、聴く人達を励ましているような歌詞でサビに入ると曲名が子守り歌だけあって、幻想的な情景描写に切り替わる。心象描写よりも情景描写の方が聴いている人の心に残るなんてことをどこかで聞いたことがあった。そして私はエドヴァルド様の歌う子守り歌によって、今までにない深い眠りへといざなわれた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた

久野真一
青春
 最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、  幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。  堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。  猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。  百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。    そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。  男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。  とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。  そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から 「修二は私と恋人になりたい?」  なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。  百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。 「なれたらいいと思ってる」    少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。  食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。  恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。  そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。  夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと  新婚生活も満喫中。  これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、  新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。

陰キャ幼馴染に振られた負けヒロインは俺がいる限り絶対に勝つ!

みずがめ
青春
 杉藤千夏はツンデレ少女である。  そんな彼女は誤解から好意を抱いていた幼馴染に軽蔑されてしまう。その場面を偶然目撃した佐野将隆は絶好のチャンスだと立ち上がった。  千夏に好意を寄せていた将隆だったが、彼女には生まれた頃から幼馴染の男子がいた。半ば諦めていたのに突然転がり込んできた好機。それを逃すことなく、将隆は千夏の弱った心に容赦なくつけ込んでいくのであった。  徐々に解されていく千夏の心。いつしか彼女は将隆なしではいられなくなっていく…。口うるさいツンデレ女子が優しい美少女幼馴染だと気づいても、今さらもう遅い! ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙絵イラストはおしつじさん、ロゴはあっきコタロウさんに作っていただきました。

家政婦さんは同級生のメイド女子高生

coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

バレー部入部物語〜それぞれの断髪

S.H.L
青春
バレーボール強豪校に入学した女の子たちの断髪物語

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

処理中です...