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第66話 観測距離

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~織原朔真視点~

 ラストゲームに入る前、僕はスマホから保存しているララさんのコメントを眺めた。今やララさんが音咲さんであることはわかっているのだが、今まで行ってきたルーティーンを外せなかった。少しだけ気持ちが落ち着いた気がした。

 薙鬼流ひなみのメンタルに不安を抱きながらも、ラストゲーム、僕らは空中を滑空する。

 セカンドゲームのように早めに移動して優位なポジションにつく作戦はそのままだ。その為、シロナガックスさんは引き続きブラバを選択し、僕と薙鬼流はというと代える筈もなくゼブラルター及び、ルーを選択した。

 オープニングゲームでの緊張から、セカンドゲームでの集中力。振れ幅の目立つプレイングとなってしまったが、僕は何かを掴みかけていた。

 後から知ったことだが、セカンドゲーム、僕は元プロゲーマーのルブタンさんを漁夫の利で撃破し、同じく元プロゲーマーの新界さんと撃ち合い、アーペックスの最上位ランク、エイリアン帯を誇るバーチャルオットセイさんと僕よりもアーペックスランクの高いフェネックの獣人Vチューバーの東堂キリカさんとの1v2を経験した──セカンドゲーム、及び現在総合2位のチームだ──。

 大会で得た経験値は、僕に様々な思考を授ける。それが上手く言語化できずに、大事なラストゲームに突入してしまった。僕も薙鬼流のゲームの入り方にとやかく言う資格はないだろう。

 シップからシロナガックスさんの合図によって飛び出た僕は、気持ちを切り替える為に言葉を発した。

「ラストゲーム宜しくお願いします!」

『宜しくお願いします!』

『…お願いします……』

 返事は返ってきたが薙鬼流の言葉は歯切れが悪かった。

 マップ南西の端、不気味に生える巨大な白い木。このマップ、ワールドエンドには珍しい木がここに1本だけ生えている。白い幹に紅い葉が血管のように生い茂る。その根元、所々隆起した根が大地から顔を出し、凸凹の激しい地面の上には工事現場などでよく見る踏板が白い木を三角形に囲う。その踏板にはアイテムが無数に配置されており、それを僕が回収する手筈だ。

 また白い木、通称『ホワイトツリー』周辺にはモンゴル民族の住まうゲルのような丸い建物がある。その丸い建物は3つで1組となり其々が通路で繋がっている。そんな建物が5組ほどホワイトツリーの周りに位置している。無論、建物内にはアイテムが置かれており、それらを薙鬼流とシロナガックスさんが回収する予定だ。

 またそのゲルのような建物の上に次の安全地帯を予測できる探索ビーコンがあるため、シロナガックスさんはそこに着地を決めようとしたが、僕達に並列するかのように近づいてくる別のチームがいた。

『ワンパ来てます!』

 僕の目指す、ホワイトツリーの足場付近に1人が接近してくる。今から方向転換して別の場所に移動しようとしても中途半端な位置取りになってしまう。かといって予定どおり足場に着地を決めて、接敵し、戦って負けでもしたらどうする?敵チームの他の2人はどこに着地するつもりだ?考えがまとまらない。その時、シロナガックスさんの指示が聞こえた。

『各自予定した場所に着地を決め、眼前のアイテムだけを回収し、エドヴァルドさんのいるホワイトツリーに向かいましょう!!』

 その言葉に僕は腹を括った。つまりどんなに雑魚い武器しかなくても僕は、共にホワイトツリーに着地を決めたこの敵と戦わなくてはならないということだ。そこで無様にダウンすれば、後から来るシロナガックスさんや薙鬼流も殺られてしまう可能性がある。僕は負けてダウンするにしても相手のライフポイントをなるべく削っておかなければならない。

「わかりました!!」
『……』

『薙鬼流さん!?』

 返事がない。

「薙鬼流!?」

 僕も彼女の名前を呼んだ。

『……ぁ、は、はい!!わかりました!!』

 明らかにセカンドゲームでの失態に動揺し、上の空である薙鬼流の返事と同時に僕は着地した。逸る気持ちとは正反対に音もなくゆったりとした動作でキャラクターは着地を決める。

 空中で確認したが、相手は僕と同じゼブラルターを使用している。キャラによって相性の良し悪しがあるのがこのゲームの面白いところだが、今回は同じキャラということでプレイヤースキルと良い武器と防具をいかに拾えるかが勝敗を決めることになるだろう。

 敵チームの残り2人は、シロナガックスさんの向かう探索ビーコン付近に着地を決めたようだ。相手の狙いは僕らとほぼ同じ、安地を予測して初動を早くすることだろう。相手チームにビーコン操作を譲り、その間にシロナガックスさんと薙鬼流は僕のところへ集合し、僕が相手をしている敵をキルする。そしてビーコン操作を終えた敵チームの2人に対して2v3を作るのが僕らの作戦であるが、敵チームは僕らの動きを読んで違う行動をしてくるかもしれない。

 どうなるかわからない。だからまずは自分のするべきことをやる。目の前の敵を討つことだけを考えよう。

 そうと決まればスピード勝負、相手より早く武器や防具を入手する。幸い薙鬼流の方向に敵は着地しなかった。仮に薙鬼流の所に1人でも敵が接近していたら、攻撃され、序盤から動けなくなってしまってもおかしくない。練習でもセカンドゲームでも重要な場面で被弾しない限り、あの発作のようなモノは起きなかったが、これは大会のラストゲームという大まかにみると常に重要な場面であることに変わりはない。つまり、いつ発作が起きてもおかしくないのだ。

 緊張感が襲ってくる。

 僕は視点を忙しなく動かした。最小限の動きでアイテムを回収する。スライディングジャンプを駆使しながら、無造作に散らばるアイテムを取捨選択した。

 ──ヤバい、弱い武器しかおちてねぇ……

──────────────────────────────────────────────────

~視聴者視点~

『ラストゲーム開始早々!!強い武器の出現するホットスポットやメルトダウンに多くのチームが集まっております!!』

 画面は神視点、空中では多くのチームが牽制し合いながら落下していく。各プレイヤー視点では忙しなくコミュニケーションがとられていることだろう。主催の田中カナタが興奮気味の声で叫ぶ。それを冷静に解説の武藤が返した。

『総合順位で下位のチームは、多くのキルポイントが必要になる上、強い武器と防具は人権……最低条件ですからね』

 ゲーム界隈ではよく人権という言葉が用いられていた。武藤が言い直したように最低条件という意味で使われているのだが、その表現をゲーム内だけにとどめず、日常会話として配信で使用したプロゲーマーがプロ契約を解除されたことがあった。本人は冗談のつもりで言ったのだが、人権がないという字面だけを見ればセンセーショナルな言葉であることに違いはない。多くの人に誤解され、炎上したことがあった為、人権という言葉は不適切であると武藤は判断したのだ。

『そんな蠱毒の中、生まれてくるのは鬼か蛇か!!』 

『鬼や蛇のVチューバーは今大会にもいますけどね……』

『数々のランドマークで戦闘が繰り広げられようとしているなか!ここは熱い!!セカンドゲーム2位、総合ランキング2位のバーチャル動物園とセカンドゲーム3位、総合ランキング5位のキアロクスーロがホワイトツリーにて戦闘を行おうとしております!!』

 巨大な白い木を囲う足場に2人のプレイヤーが着地する。

『キャラは同じゼブラルター!!キャラコンと落ちているアイテム運に全てを賭けるぅぅ!!』

 白い木の根元を覆うように三角形を形作る足場が設置してある。その三角形の3つの頂点のうち2つに2人のプレイヤーが着地を決めた。その場にはアイテムが落ちている。

『うわぁぁぁぁ!!バーチャル動物園の東堂キリカは紫防具と得意のアサルトライフル501を拾った!!対するキアロスクーロのエドヴァルド・ブレインはハンドガンのP2022!!こ~れは勝負あったかぁぁ!?』

『セカンドゲームでは1v2という形でしたが、東堂キリカに軍配が上がりましたね。今回もこの武器に防具の差があればエドヴァルドは相当厳しいですね……』

 アイテムを回収した東堂キリカとエドヴァルド・ブレインがそれぞれ三角形の点に立つ。先に発砲したのはエドヴァルドだ。ハンドガンでの1発の弾が三角形の辺に沿って放たれる。それは見事東堂キリカに命中した。

『これは…悪手ですか?』

『いえ…確かに自分の武器が弱いことを相手に示してしまいましたが、相手の装備を確認し、次の手に切り替える良い手だと思います。というかセカンドゲームから思ってましたが、エドヴァルドさん上手いですよね?』

 エドヴァルドの武器の弱さに気付いた東堂キリカは前進しながらアサルトライフルを放つ。それを巨大な白い木の幹に隠れるようにして防ぐエドヴァルド。

『しか~し!武器と防具の差は歴然!!ここはエドヴァルド、逃げるしかない!!』

 エドヴァルドは三角形の残る頂点にあるアイテムを回収しに行く。

『おおっと拾ったこの武器は!?』

 エドヴァルドは拾った武器を構え、装備が整うのを邪魔しようと後を追ってくる東堂キリカにそれを放った。

『ラチェットボウだぁぁぁぁ!!放たれた矢が東堂キリカに命中するぅぅぅ!!』

──────────────────────────────────────────────────

~東堂キリカ視点~

「こっちに1人着地してきます!!」

 ラストゲーム開始早々私──フェネックの獣人Vチューバー──は同じチーム、バーチャル動物園のメンバーに向かって叫んだ。私は『V verse union』というVチューバー事務所に所属している。『LIVER・A・LIVE』や『ブルーナイツ』とは違ってまだまだ小さな事務所だが、最近は所属Vチューバーのチャンネル登録者の総数も増え、勢いに乗っている。主にFPSが得意な女の子達が所属しており、視聴者が見ていてストレスにならないプレイングと余裕のある会話で何かと敬遠されがちのFPS配信での地位を獲得した。

 敬遠されがちと言ってしまうと語弊があるかもしれないけれど、FPSに於いては下手なプレイングはただの戦犯としてしか写らない。下手なプレイングはエンターテイメントになりにくいのだ。例えばアクションゲームのスーパーマリアシスターズとかロックウーマンとかの配信で下手なプレイングをしても笑いになったりするのだが、FPSだとそうはいかない。

 一人称視点というのは、どこか没入感があり、操作するプレイヤーのみならず観ている視聴者にもその影響を与えているのだろう。第三者視点であっけなく死に逝くマリアとルイーズと、それに対する配信者のリアクションは喜劇に写るが、一人称視点でのそれはただの悲劇に写るみたいだ。昔の映画のコメディアンが観測距離が遠ければ喜劇となり、近ければ悲劇となるなんてことを言っていた気がするがそれはゲームにも当て嵌まるのだろう。

『こっちのビーコン付近にも1人来てますね』

 私のヘッドホンから渋い声が聞こえてくる。我等がチーム、バーチャル動物園のリーダーバーチャルオットセイさんの声だ。そんなオットセイさんは続けて声を発する。

『ラミアちゃんは予定どおり俺と一緒に着地しよう』

『は、はいぃ!!』

 渋い声とは対照的に線の細い声が聞こえる。ラミア・ラミール、通称ラミラミは大手事務所『LIVER・A・LIVE』に所属する蛇の獣人Vチューバーだ。

「そっちで1v2を作るっていうことは……」

 私はオットセイさんの言葉を咀嚼して答えを導き出した。

「こっちは1v1で勝負する……ってコト?」

『お願いしたいけど、無理そ?』

 お前ならできるだろ?と挑発的な言い回しに私は即答する。

「やるしかないでしょ!!」

『うわぁ、肉食出てますよ……』

「いやいや、オットセイも肉食ですよね!?」

『確かに俺も肉食だけど基本魚だからなぁ』

「なんすかそれ!?魚なら大丈夫的な?ベジタリアンとかヴィーガンも魚は食べないっすよ?」

『まぁ、あれですよあれ。哺乳類食い散らかすよりも卵胎生動物食べてた方が絵的にグロくないというか……』

 オットセイさんの貴重な価値観に触れた私達だが、同じチームのラミアちゃんが気まずそうに呟いた。

『すみません。私、蛇ですぅ…たまごぉ、産みますぅ……』

 私達は、無言で着地を決めた。

 ホワイトツリーの足場。敵のゼブラルター1人も同じくその足場に着地をした。落ちているアイテムを見て私はこの1v1の勝利を確信する。

「紫防具と501発見!これ勝ちました!!」

『ナイス!』

『ナイスです!』

 武器と防具を拾うと直ぐに、敵のゼブラルターに向かって攻撃をしかけようとしたが、相手の方が早かった。銃声と共に私は被弾する。しかし大したダメージを受けなかった。敵の持つ武器は弱い。

 私は拾ったアサルトライフルで打ち返すが、敵のゼブラルターは私が紫防具を着込んでいることを悟り、ホワイトツリーの巨大な幹に隠れた。

 ──まぁ、逃げるよね!!

 私は追った。それこそまさに獲物を追う肉食獣のように。 

「逃がさねぇよ!!」

 しかし敵は、新たな武器を拾い上げ、私に向かって放ってきた。

 ラチェットボウ。アーペックスの中でも珍しい弓矢の武器だ。放たれた矢が私に突き刺さる。

「ちっ!!」

 それでも私が有利であることは変わらない。近距離に不利な弓、それに最近ナーフされたばかりだ。私は得意のアサルトライフルを敵のゼブラルター目掛けて放った。

 しかし、相手は私のキャラクターも使うことのできるアビリティ、シェルタードームを張り、私との間に障壁を築いた。それのせいで私の攻撃は相手には届かない。

 ──クソ!!うめぇ……

「だがドームファイトなら負けない!!」

 ドームファイトとは、ゼブラルターのアビリティであるシェルタードームが展開された時の接近戦のことだ。銃弾だけを弾くドームを行ったり来たりすることで上手く相手の攻撃を躱し、そして如何に上手く相手に攻撃を当てるかが鍵となる。

 敵のゼブラルターが使用したシェルタードームの端に立ち、お互い動きや攻撃で牽制し合いながら戦う。

 ──っ……当たらない!?

 相手のゼブラルターの動き。この独特のリズムには見覚えがある。セカンドゲーム。オットセイさんと2人でようやく撃破したゼブラルター。聞けば、最近話題のイケボVチューバーのエドヴァルドって奴だ。同じVユニに所属する橘零夏が興奮気味に私に布教してきたことを覚えている。正直あまり興味がなかった。女の耳を孕ませるだけのチャラい配信者だと思ってたからだ。しかしこのキャラコンを見たらわかる。

 ──コイツ、私と同じ……チャレンジャーだ!!

 銃弾とは違い、矢の突き刺さる音が私の鼓膜を刺激する。

『どうしてラバラブとかブルーナイツ受けなかったの?』

 過去に私が言われた言葉が、矢の突き刺さる音と共に聞こえてくる。

『どうしてライブ配信なんてしてるの?』
『どうして安定しないベンチャーばっか受けるの?』

 どうして?どうして?疑問を呈する者達の声。しかし答えは決まっている。挑戦したいからだ。強いチームに入って共に戦うよりも、そんな強いチームを相手に戦いを挑みたい。

 それが正に今、相対しているゼブラルター、エドヴァルドにも当て嵌まる。

 エドヴァルドは独特なステップと傾きとジャンプで私を翻弄する。そのランダムな動きでリズムを崩された私だが、手数はアサルトライフルを持つ私の方に分がある。威力の高い矢に被弾しても、紫防具の利もまだある。

 私はドームの内部から外部へ、また外部から内部。内部に行くと見せかけてその場に止まったりしてフェイントをかけながらエドヴァルドに向かって前進した。

「ゴリ押しだぁぁぁ!!」

 十分に近づいた状態でアサルトライフルを放ったがしかし、エドヴァルドはその場で跳躍し、ドームの外部から内部へ移動する。私はその跳躍の軌道を見極め、狙いを定めながら攻撃するがゼブラルターの巨体には掠りもしなかった。その代わりにまたしても矢を受ける。

「くっ!!」

 敵のゼブラルターはその巨躯に似合わず、機敏な動きで私を翻弄し、今度はドームの内側から外側へスライディングをしながら移動すると同時に、ドームの内側にいる私に向かって矢を構えた。

 お互いがそれぞれダメージを受け、私に至ってはあと一撃を食らえばダウンしてしまう。

 私は冷静にドーム内にとどまり、ドームの外側にいるゼブラルターを見合った。お互いどのように動くかを細かい横移動で観察、牽制し合う中、敵のゼブラルターは矢を放ってきた。矢はドームの内側にいる筈の私に突き刺さった。

 私はダウンをした。

 ──どうして?

 疑問に思った私だが、直ぐに理解する。シェルタードームが消失するタイミングを見計らって矢を放ってきたのだ。

「すみません!ダウンしました!!」

 最も優先的にしなければならない、味方への報告を済ませた私だが、内心では違うことを考えていた。

 ──ヤバい、好きになりそう……

 私の心情も知らずにオットセイさんは言った。

『てことは2v2か!!?今、敵のブラバがホワイトツリー目掛けて走ってるのを追ってるとこ!!もう1人はどこにいるのかわからない!!』

 焦っていても相変わらずの渋い声。オットセイさんとラミアちゃんの攻撃から逃れ此方に向かって来るということは、恐らくエドヴァルドと同じチームのシロナガックスである可能性が高い。

 そのことを私は2人に伝え、ダウン時に発動するシールドを展開して少しでも生き永らえようとする私にエドヴァルドが止めを刺した。

「すみません殺られました!たぶん逃げた方が良いです!私の紫防具も回収されましたし──」

 私の言葉を遮るようにしてオットセイさんが呟く。

『逃げるわけにはいかないな。仲間が殺られたんだ2v2ならまだ可能性はある。それに今をときめくシロナガックスさんとエドヴァルドさんなんでしょ?倒すしかないっしょ!!』

 高揚してるオットセイさんに私の胸も高鳴った。

『私もやります!!』

 ラミアちゃんも奮起する。

 ──やっぱりこのチーム最っ高!! 
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