上 下
60 / 185

第60話 毛布の中で

しおりを挟む
~音咲華多莉視点~

 暗い部屋をオレンジ色の間接照明が優しくベッドサイドを照らす。私はベッドの上で横になり、踞るようにしてエドヴァルド様の配信を応援しながら観戦していた。この宿泊施設にもフリーWi-Fiが飛んでいるみたいだが、アーペックスの配信を見るならば高画質でないと何が行われているのかわからなくなるので、持ってきたモバイルルーターを使って観戦している。

 エドヴァルド様はいつもの配信よりも少し緊張した面持おももちだった。そして早々にキルされてしまった。反省の弁を述べて、同じチームメイトであるシロナガックスという配信者のプレイ画面へと移行された。しかしそのシロナガックスも殺られてしまい、画面は残る敵チームのプレイ画面へと移り変わる。

『やっぱりルブタンさんと新界さんが残りましたね』 

『あとはカミオさんのチームで3チームですか?』

 エドヴァルド様の良い声が私の鼓膜を刺激する。

「~~ッ!!」

 毎回こんな感じだ。これを誰かに見られたらと思うと気が気でない。私は自分の部屋をもう一度見渡す。まだ誰も帰ってきていない。美優も茉優もこの林間学校の夜を満喫しようと他の部屋に行っているのだ。

 ──つい配信に夢中になって、誰かが帰ってきたことに気付かなければ……

 そんなことを考えては耳を赤くしている。私のライブ用のイヤーモニター、通称イヤモニをイヤホンの代わりに使用しているため、他の音が一切聞こえてこない。その代わりエドヴァルド様の声がはっきりと聞こえる。緊迫した時の声、焦って指示を出す声、逆に指示を出されて了承する声、敵に殺られた時の声でさえ私に生きる活力を与えてくれる。欲を言うと、大会に勝って喜ぶ声が聞きたい。もしそれが聞けたならそれを画面スクショで永久保存するつもりだ。

 それにしても今日のエドヴァルド様の声がいつもと少し違う、大会で緊張をしているからとかそういうことではなく、もしかしてマイクを変えたとか?いや、配信する部屋の間取りを変えたのかな?

『おおおっ!!新界さんうま!!』

 エドヴァルド様の感嘆の声が聞こえ、驚きの表情をみせる。

『この人と同じ大会に出てるんですね私』

 薙鬼流ひなみという鬼をモチーフにしたVチューバーが呟く。

『そうですよ!私達も負けないように頑張りましょう!!』

 シロナガックスがエドヴァルド様達を鼓舞する。この人はただのロゴマークだけがエドヴァルド様達と並ぶように画面に写っていた。

 最初のゲームに勝ったのは新界さんという人が所属するチームに決まったようだ。

 エドヴァルド様の配信枠にも拘わらずコメント欄にはチャンピオンを獲ったチームに称賛の声が溢れる。

 何かの大会に出るなんて経験は、私にはなかった。町グループで運動会みたいなイベントだったり、テレビ番組のクイズ大会には出たことがあるが、その場の勝敗というのを意識したことがない。

 ドラマの視聴率争いであったり、CDの売上ランキング、映画の興業収入ランキング、写真集の売上ランキング、それらのランキングが一種の大会になぞらえることも出来なくはない。様々な部門で1位を獲ってきたが、それらは私1人の力で成したものではない。有能な監督に脚本家、作曲家にプロデューサー、カメラマンの力があって得られたモノだ。

 ──待てよ?センター争いは?あれはファンの投票で決まる一種の大会のようなものなんじゃ……

 いや、あれは露出度が増えれば増える程、有利になる。やはり自分1人の実力ではない。

 人はすれ違う人には興味を抱かないが、毎日同じ人とすれ違えば何かしらの興味を抱くようになる。テレビによく出ているから、動画のお勧め機能でよく出てくるから、といった簡単な理由でその人のことが気になってしまうものだ。例えそれが犯罪行為で世に知られる形となってもだ。犯罪とまではいかなくとも、わざと不謹慎なことや不適切なことをしてテレビや動画投稿サイト、SNSの顔となれば選挙にだって受かってしまう。所謂炎上商法、私の所属するグループとは違うアイドルにも、過去に男性関係をわざと週刊誌にバラして露出度を増やし、そこから這い上がる演出をしてセンターを勝ち取った人がいた。テレビにたくさん出ている私は他のメンバーよりも有利なのだ。

 だとしたら、誰かと競った経験など私にはない。小学生や中学生の時の運動会ぐらいか?私はぼ~っとしながら、慣れないベッドの上で考えた。旅先やロケ地等ではいつも考えないことがふと頭に浮かんでくるものだ。

 私は大会には出たことはないが、敗北感なら常に味わっている。それはお父さんの存在だ。

 お父さんはおじいちゃんから引き継いだホテル経営を更に発展させて今の地位を築いた。大金持ちにしてスポーツや芸術家、研究者に対しての支援等を行っている。

 私がまだ小さい時、お父さんとお父さんの支援によって功績を残した人との会合に居合わせたことがあった。その時のお父さんの喜びようを見て、私は初めて敗北感を味わったのだ。見たことないお父さんの笑顔。聞いたこともないお父さんの笑い声。お父さんの娘である私が、お父さんを喜ばすことができない。私は打ちひしがれた。

 これは単なる嫉妬からくる敗北感だ。当時の私は、有名になればお父さんは私を認めてくれると思い、アイドルの道を志した。しかし単に有名になってもお父さんは認めてくれない。それがわかったのが、映画出演という大きな仕事が入ってきたことによって発覚する。

 お父さんは、自分の支援した人達に向けるような眼差しを私には送らなかった。しかし当時の私はめげなかった。自分の出た映画のDVDをお父さんの部屋にさりげなく置いた。私は主役ではなかったが、演技が評価された作品だ。少し日が経ってから再びお父さんの部屋に入り込むと、私の置いたDVDのケースの上にその中身である、ディスクが置かれていた。つまり、お父さんがこのDVDを観たということだ。私は無性に嬉しくなったが、背後から近付いてくるお父さんに気が付いて、勝手に部屋に入ったことを謝罪する。そして、DVDの感想を聞こうとしたが、お父さんはそのDVDを私に突き返しながらこう言った。

『一体、何の真似だ?』

 時が止まった気がした。そして羞恥心が芽生え私の心に根をはり、涙が込み上げた。突き返されたDVDを抱えながら、私はその場から離れた。いや、逃げたと言った方が良い。

 逃げて、逃げて、逃げて、ベッドに踞うずくまった。この世から私を隠すように毛布をかけ、中にくるまる。

 そのベッドの中で、私は初めてエドヴァルド様に出会ったのだ。

『さぁ、気を取り直して2試合目!行きますかぁ!!』

 彼の声が私の鼓膜を刺激する。

 頑張ってほしい。私は彼のいつもの配信と同じようにして彼を応援した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

おっぱい揉む?と聞かれたので揉んでみたらよくわからない関係になりました

星宮 嶺
青春
週間、24hジャンル別ランキング最高1位! ボカロカップ9位ありがとうございました! 高校2年生の太郎の青春が、突然加速する! 片想いの美咲、仲の良い女友達の花子、そして謎めいた生徒会長・東雲。 3人の魅力的な女の子たちに囲まれ、太郎の心は翻弄される! 「おっぱい揉む?」という衝撃的な誘いから始まる、 ドキドキの学園生活。 果たして太郎は、運命の相手を見つけ出せるのか? 笑いあり?涙あり?胸キュン必至?の青春ラブコメ、開幕!

NTRエロゲの世界に転移した俺、ヒロインの好感度は限界突破。レベルアップ出来ない俺はスキルを取得して無双する。~お前らNTRを狙いすぎだろ~

ぐうのすけ
ファンタジー
高校生で18才の【黒野 速人】はクラス転移で異世界に召喚される。 城に召喚され、ステータス確認で他の者はレア固有スキルを持つ中、速人の固有スキルは呪い扱いされ城を追い出された。 速人は気づく。 この世界、俺がやっていたエロゲ、プリンセストラップダンジョン学園・NTRと同じ世界だ! この世界の攻略法を俺は知っている! そして自分のステータスを見て気づく。 そうか、俺の固有スキルは大器晩成型の強スキルだ! こうして速人は徐々に頭角を現し、ハーレムと大きな地位を築いていく。 一方速人を追放したクラスメートの勇者源氏朝陽はゲームの仕様を知らず、徐々に成長が止まり、落ちぶれていく。 そしてクラス1の美人【姫野 姫】にも逃げられ更に追い込まれる。 順調に強くなっていく中速人は気づく。 俺達が転移した事でゲームの歴史が変わっていく。 更にゲームオーバーを回避するためにヒロインを助けた事でヒロインの好感度が限界突破していく。 強くなり、ヒロインを救いつつ成り上がっていくお話。 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』 カクヨムとアルファポリス同時掲載。

処理中です...