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第81話

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<ヴァレリー法国領> 

 シルヴィアの右腕、ヴァレリー法国軍の誇るナンバー2に当たる実力を持つブリッジは鋭い目付きを更に凄み、ウェーブのかかった黒髪を揺らしながら都市シュラインへ急いだ。およそ5万の兵を持って騎乗しながら向かう。 

 先頭を走るブリッジは、遠くからこちらに向かってくる影を確認する。その影は徐々に大きくなり騎乗した人影であることがわかった。 

 その者は都市シュラインから送られてきた伝令係だ。 

 ブリッジは行軍を止めると、伝令係が獣人達の動きを説明する。 

「シュラインに向かっている途中で突然、進路を変えて…北へと向かっていきました……」 

「北に?」 

 ブリッジはしばし黙り、考えを整理する。 

 ──今から獣人どもを追っても奴等は今頃国境を越えたところだろうな…… 

「シュラインは無事なんだな!?」 

「はい!全くの無傷です!」 

 ブリッジは後ろについてきている兵達に声をかけた。 

「これからアッパーフィールドへと向かう!戦闘ではなく救助活動となるだろう!一人でも多くを救うぞ!!」 

 アッパーフィールドには獣人達がいないと瞬時に判断できた。 

 ──獣人達の狙いはおそらく…… 

───────────────────── 

<フルートベール玉座の間> 

「獣人達の狙いはおそらくフルートベール王国です」 

 同盟を結ぶ旨を伝えたシルヴィアは続けて言った。この発言にハル達一堂は驚いた。 

「ほぉ…なぜそのようなことを?今獣人達に襲われているのは貴殿の国であろう?それともハル君の戦力を欲したのですか?」 

 ギラバの冷たい視線がシルヴィアに注がれる。 

 一瞬ギラバの視線に胸がときめいたが我慢するシルヴィア。 

「ギラバ様の仰るように今、我が国は獣人達に侵攻されています。しかしそれは単なる戦力集めに過ぎません」 

「戦力集め?」 

 軍師オーガストは気になる単語を復唱する。そしてシルヴィアがわかりやすいように話を続けた。 

「我が国のアッパーフィールド街は獣人達の難民キャンプがありました」 

───────────────────── 

 ヴァレリー法国軍のブリッジはアッパーフィールド街の惨状を見て絶句している。 

 土煙と爆煙が舞うなか、倒壊し、瓦礫の山とかしている建物、背中に鋭い爪痕を残して倒れている者、喉を噛みきられている者。 

 ──女…子供まで…… 

 生存者がいないか、ブリッジは街を捜索する。 

 多くの街の者が倒れ、死んでいる。その中には武装をしていない獣人族の姿もあった。 

 ヴァレリー法国は法で国を治めている為、差別は比較的少ない、あるいは奴隷契約も少ない為、獣人族の難民達は法国へと向かう者が多かった。 

 ブリッジはここを襲った獣人達がシュラインへ向かわず北上した理由を考えた。その考えはやがて確信へと変わる。犠牲になった難民の獣人族が少なすぎるのだ。 

 もう一度辺りを見回した。瓦礫の山に、地面は抉れ、槍が背中に刺さって倒れた市民達が目についたとかと思えば、瓦礫が動いた。 

 ブリッジはそこを注視すると生存者を発見する。 

「おい!!大丈夫か!?」 

 部下を呼び、瓦礫をどかす。しかし埋もれていた者は今にも息絶えそうだった。 

「アイツら、急に…襲ってきやがった……」 

「喋らなくていい!!おい!回復魔法士はまだか!?」 

 ブリッジは辺りを窺う。 

「俺達と…一緒に働いていたのに。仲間だと思っていたのに……」 

 その者は無情にも息絶えた。 

───────────────────── 

「おそらく、難民の中にクーデターを起こした反乱軍が紛れていた。この侵攻は次の侵攻への戦力集め……」 

 シルヴィアが自身の考えを口にする。 

「まさか……」 

 徐々に気づき始めるフルートベールの要人達。
 
「我が国ヴァレリー法国、アッパーフィールド街の近くに都市シュラインがあります。そこへ獣人が5万もの兵を引き連れて向かっていると急報が届いたが、それは罠です。今頃、方向転換しフルートベール王国領のリッチランドに向かっていると思われます」 

「待ってください!リッチランドは対獣人国と法国の防衛を担う為、非常に強固な造りになっています!5万やそこらの軍になど……」 

 シルヴィアの推論を仮定しながら持論を展開するオーガスト。 

「ワーブレーの難民キャンプには何人の獣人達がいますか?」 

 急にシルヴィアがリッチランドの西に位置する、獣人国国境付近の街ワーブレーのことについて聞いてきたので一瞬固まるオーガスト、先に回答を導いたのは戦士長イズナの方だった。 

「凡そ7万はいる。それにあのキャンプ地で暮らしている普通の獣人達も人族のことをよくは思っていないだろう……」 

 開け放たれた扉から甲冑をまといながら走る者の音が聞こえる。 

「きゅ!…急報です!獣人国が我が国の国境を越え侵攻しております!」 

 この報を待っていたかのように玉座の間にいる皆が伝者を見やる。  

「今なんと申した?獣人国から国境を越えたと申したか!?それともヴァレリー法国の国境をまたいで我が国に獣人達がやってきたという意味か!?」 

「いえ!獣人国から国境をまたいでやって来た獣人達は難民キャンプのあるワーブレーで戦闘中とのことです」 

 まずい。誰もがそう思った矢先に再び新たな伝者が、やってくる。 

「急報!ヴァレリー法国から獣人達凡そ5万の軍勢がリッチランドへ侵攻中!!」 

 その報を聞いたシルヴィアは自分の推察が正しかったと目を瞑る。 

「早く軍を動かすべきです!」 

「しかし、帝国との戦争が……」 

 オーガストは狼狽える。今からここ王都より、北東で行われる帝国との戦争の戦力を削り、西のリッチランドへ軍を動かすべきか否かと迷っていると、 

「だから盟を結びにきたのです!おそらく、獣人国は帝国と何らかの繋がりを持ち、機を見計らっていた。今なら我々の軍5万をシュラインから北上させ、リッチランドにいる兵達と挟撃が可能です!そちらも対帝国での戦力を少し削るだけで構いません!援軍を向かわせてください!」 

「あ、あぁ…そう……致します」 

 オーガストはまだ動揺を隠せない。
 
 見かねたアマデウスは急報を伝えた伝者にレオナルドにリッチランドへ5万の軍で向かうようにと伝えた。そしてレナードに対してその5万の軍に入って戦力となることを命じる。 

 レナードは勇ましい声を発し、玉座の間をあとにした。 

 イズナはアマデウスに感謝を伝える。そしてイズナはシルヴィアに問うた。 

「しかし、今回の一件をどうして帝国が主導していると考えたのですか?」 

「タイミングが良すぎることと、全てが後手に回っていること。また、この侵攻で最も利を得ているのは帝国です。そして何より…獣人が我が国に侵攻しシュラインへ向かう行動を見せたとき、私達ヴァレリーの要人達をフルートベールから法国へ帰そうという意図が見えました」 

 シルヴィアの聡明さが伺える。敵になると厄介だ。イズナはそう感じた。 

「なるほど…しかし、もし獣人国がフルートベールに侵攻しなければ我々と獣人国が手を組んでいると考えてもおかしくは……」 

「それも考えました。正直な話、この行動は私の勘であると言っても過言ではありませんでしたが、今のこの状況で我々とフルートベール王国が一杯食わされたのが確定しました。正式な玉璽や文書等はありませんが是非我々を信じていただきたい!」 

 シルヴィアはイズナからフリードルフⅡ世に向き直る。 

「わかった。口約束ではあるが、ここにヴァレリー法国とフルートベール王国の同盟を確約する」 

───────────────────── 

<フルートベール王国領>  

「なぁ?ダルトン?お前とバーンズ将軍どっちが強いんだ?」 

 大型の狼のような生き物ライドウルフに跨がり話をしている獣人の2人。 

「さぁな?サバナ平原の最終決戦では俺のが強かったかな?」
 
「マジかよ!?」 

 ダルトン達は法国領のアッパーフィールドに難民として潜り込んでいた反乱軍の兵士と難民生活で辟易していた獣人達を引き連れ、ギリギリまでシュラインへと向かう振りをして、一気に方向転換させ、北上しフルートベール王国領へと向かい国境を越えた。この先にダルトン達の目標であるリッチランドがある。 

 その西からはバーンズ将軍がフルートベール王国領ワーブレーから同じ様に難民キャンプに潜り込んでいる反乱軍兵士と人族に不満を持っている獣人族を援軍として引き連れて、ダルトン達と合流する作戦だ。 

 また、ダルトンの個人的な目的を達成する為、彼は少しだけ行軍を早めた。 

「この先に、フィルビーが……」 

「なんか言ったか?」 

「いやなにも……」 

 ダルトンは右手で、自分の左手首を強く握った。
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