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第61話

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~ハルが異世界召喚されてから9日目~
 
 闘技場へ向かう足音は静かで厳かだった。フルートベール王国の宮廷魔道師であるギラバは王国領と帝国領の国境付近にある城塞都市トランから王都へ帰還していた。 

 金髪を肩まで伸ばし、ローブを着崩している。伏し目がちのこの男には、聡明さと色気が合わさり、吸い込まれそうになる青い瞳は多くの女性を虜にした。 

 ギラバは本来ならば新入生のステータスを自慢の鑑定スキルで見極め、それを国王に進言するのが毎年の仕事であったが、まさか帝国が宣戦布告をしてくるとは思ってもみなかった。ギラバは仕事を放棄し戦争準備へと奔走した。 

 戦争まで後7日。 

 帝国による宣戦布告により地方の防御を高める為、アイテムボックス持ちの校長アマデウスは王都より北東の国境付近、戦地となるプライド平原へと赴き食料や武器の運搬、ギラバはそこで魔法士団の戦闘準備に当たる予定だったが、今度は王都より南東の帝国との国境付近、城塞都市トランで小競り合いがあった為、そちらへと向かったのだった。 

 因みにこの宣戦布告は帝国の名だたる貴族がフルートベール王国の謀略により暗殺されたという主張だ。証拠に王国の紋章が刻まれた短剣があるとのことだが全くの事実無根であった。こんなのは子供でもわかる言い掛かりであり、捏造だ。 

 ちなみにこの宣戦布告により、学校長のアマデウスは入学式の後、学校を離れた為、ルナ・エクステリアを狙った計画が動き出したのだがそれをハルが未然に防いだのであった。 

 ──戦争とは嫌なものだ。自分が立てていた計画を台無しにする…… 

 ギラバは頭を抱えていた。 

 この宣戦布告という状態にもかかわらずこの三國魔法大会を開催する理由は、商国から貰える賞金とヴァレリー法国とダーマ王国に援軍を望めるかもしれないという期待もあった。そしてフルートベール王国が帝国の宣戦布告によって世界各国が注目を集めるこの大会を中止するのはイメージ的に良くはない。 

 ギラバはようやく闘技場へ到着し、闘技場にある観客席で最も高い位置にある特別観覧席へと向かった。特別観覧席は個室のような作りになっており、円形の闘技場を上から俯瞰して見て、東西南北、北東、南東、南西、北西に1つずつ設置されている。また、北の特別観覧席は国王専用の観覧席であるため、ギラバは南の観覧席へと入った。 

 そこにはいつもこの選考会には来ない筈の戦士長のイズナがいた。 

「珍しいですね?まさか貴殿が来ているとは……」 

 ギラバの奥二重の瞼が見開く。 

「レオナルドの息子達が出るもので、奴の代わりに見に来た次第です」 

 イズナはギラバの疑問に答えた。短髪に屈強な顎には髭が蓄えられており、その髭はもみあげと同化している。肩幅が広く、鍛え上げられた身体が服の上からでもわかった。太い長剣を腰に据えている。 

 子供の時からレオナルド・ブラッドベルの息子達とは会っていた為、イズナは自分の息子も同然のように接していた。 

 ギラバは眼下に広がるリングを見渡しながら言った。 

「戦争が差し迫った状態でここへ来ても大丈夫なのですか?」 

「こういう時だからこそです。それに自分の部下になりうる者達でもあるのですから」 

「ぅっ…ブラッドベル兄弟は渡さないですよ……」 

 ギラバは王国魔法士団の顧問もしている為、将来の戦力確保をしなければならない。 

「それは魔法士団顧問ではなく魔法士長ルーカスが気にすることでは?それに選ぶのはあの二人です」 

 ギラバは少し険しい表情をする。 

 ──この人は…… 

 魔法士長とは戦争時、魔法を攻撃手段として用いる集団を統括する者で、その任にはルーカスという者が就いている。現在ギラバと入れ替わるように城塞都市トランへ行き。三國魔法大会が終ればまたギラバと入れ替わる。そして戦場となるプライド平原へとルーカスは向かう。 

 ギラバは生徒一堂が集まるこの選考会で放棄した仕事、鑑定スキルを使って新入生達の強さを目にしようとする計画であった。また、ルーカスとギラバは対個人に於いては、ギラバの方が強いが、集団的戦術に関しては手も足もでない。ちなみに二人はあまり仲がよくない。それを知っているイズナは、あえてルーカスの名前を出して、ルーカスとギラバが2人で協力しないと、ブラッドベル兄弟は自分がとってしまうぞ、と暗に脅していたのだ。 

 そんなイズナとギラバのやり取りを、遠目から下の一般観客席にいるスコートの父エドワルドが見ていた。 

「あれは…イズナ様?」 

 エドワルドには二人の会話は全く聞こえていなかった。これからリングに立つ自分の息子を案じている為、イズナが何を話しているのかさえ考えてもいなかった。 

 ──頼むからイズナ様の前で恥だけはかくなよスコート…… 

 エドワルドは自分も緊張してきた。その横では既に涙ぐんでいる妻のモリー、スコートの母がいた。 

「あぁスコートがここに出るのね?あんなに泣き虫だったスコートが……」 

───────────────────── 

「ゼルダ様はちゃんと朝ごはんを食べたんだろうか!?」 

 そわそわしてるゼルダの護衛アリアナとは対称的に使用人アビゲイルは落ち着いている。 

「ちゃんとお弁当持たせたから大丈夫よ」 

───────────────────── 

「ハルとレイが当たるってことはないんだよね?」 

 アレックスが出場していない自分以外5人のAクラスの生徒に訊く。 

「多分それはないよ?」 

 その質問にはアレンが答えた。 

「この選考会は3年生に1年生と戦わせて、2年生には同じ2年生をぶつけるようなシステムになってたはず。まぁ参加者人数によって多少は変わるんだろうけど」 

 説明しながらアレンは思う。 

 ──いやなシステムだ。 

 名目としては1年生は3年生という先輩と戦い、成長を促す。という意味があるらしい。毎回根拠のない自信のある1年生が3年生にボコボコにされるのを憐れみと嘲笑の混ざった視線で観戦するのがお決まりだ。 

 ──そこでボコボコにやられた1年生は来年もまた参加するのだろうか? 

 アレンはこのシステムに疑問を抱いていた。 

「これから三國魔法大会、フルートベール王国王立魔法高等学校の代表者3名を決める選考会を行う」 

 開会の簡素な言葉を聞き終えた観客達は抑えていた感情を発散させ、これから出てくる選手達の健闘を称えた。 

「「「「うおおおおおおおおお!!!」」」」 

 歓声が静まるのを待ってから、今度は明るく快活な声が聞こえた。 

『それでは早速始めたいと思いまーす!司会実況は3年生のジエイ・カビエラが担当いたします!!よ・ろ・し・くお願いしまぁぁす!!』 

 テンションの高い声が会場を包む。 

「第一試合3年キーヨ・スカベンジャー!1年レイ・ブラッドベル!前へ!!」 

 レイの名前が呼ばれる瞬間、黄色い声援が飛ぶ。男達はレイがどれ程の実力があるのかを見定めようと黙っていた。因みに黄色い声援を送っていた女の子の中にはマリアも含まれていた。 

 リングに上がるレイと対戦相手のキーヨ。 

 レイは対戦相手をみつめる。 

『始めぇ!!』 

 合図して直ぐに観客が沸いた。 

~ハルが異世界召喚されてから7日目~ 

<ダーマ王国> 

 宰相トリスタンは緊張から解放された。 

 冷や汗をかき、綺麗なハンカチを取り出して、少し広くなったおでこを拭う。その恰幅の良さは地位に胡座をかいていたわけではなく、トリスタンの家系は代々、中性脂肪と戦っているのだ。  

 宰相という地位にありながら、こうも緊張することは中々ないだろう。王との謁見や王子や貴族達と意見を交わすことに緊張はしない。しかし、帝国軍事総司令クルツ・マキャベリーとの対話には宰相といえど冷や汗をかく。 

 マキャベリーは元々帝国の戦士であったと聞いている。また非人道的侵略を繰り返していた前皇帝が失脚し、その継承戦で前皇帝の叔父を倒した現皇帝マーガレットの力添えをしたのがこのマキャベリーであると言われている。 

 マキャベリーの恐ろしい所は先を見通す才覚と実行する行動力にあるだろう。また噂によれば、彼は未来を見ることができると言われている。これは物の例えなのだろうが、現皇帝になってから戦争は負け知らずだ、最も有名なのは2年前のフルートベール王国との戦争。かの有名な剣聖を見事退け、領土を拡大した。 

 そしてその後トリスタンの元へマキャベリーは現れた。 

 トリスタンもダーマ王国の宰相にまで上り詰めた男だ。マキャベリー程ではないものの先を見通す能力は常人のそれよりもある。そんなトリスタンは帝国との軍事力の差に驚いた。なるべく早く、帝国側に付くべきであると判断したトリスタンはマキャベリーと手を結んだ。 

 しかしながらマキャベリーは何故こんなにも回りくどい侵略をするのだろうか。 

 帝国の軍事力を持てば世界をあっという間に支配できるというのに。その答えを知るのは全世界でマキャベリーただ1人だけであろう。
 
 ──さて、この指令。どうしたものか…… 

 トリスタンは思案する。
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