48 / 146
第47話
しおりを挟む~ハルが異世界召喚されてから6日目~
息はしている。
しかし意識が戻らない。
波打ち際に漂っていた女の子を発見したハル達は治療する為、教会へと連れていこうとしたが、彼女はとある特殊な首輪をしていた。
ハルはその首輪に見覚えがある。
──あの獣人族の女の子もしていた。この首輪は一体……
隷属の首輪という代物らしい。この首輪が有る限り主人には逆らえない。しかし、主人との距離が一定以上離れればその効力を失うため、少女はそれに賭けたようだ。
──きっと主人から逃げ出してきたのだろう……
奴隷の女の子ということがわかると、教会へ連れていけば、また主人の元へ返されてしまう。良い案も思い浮かばず、とりあえずハル達は自分達が泊まる宿まで運んだ。
丁度アレックスと背丈がだいたい一緒だった為、女の子の濡れていたボロボロの服をアレックスの部屋着に着替えさせた。
勿論大勢でそれを見学していた訳でなく、アレックスが1人でそれを実行した。
そして今は大部屋のベッドの上に横たわらせ、マリアが聖属性魔法、所謂回復魔法をかけたが意識は戻らない。
「……」
ハルは居たたまれない気持ちになっていた。自然と握る拳に力が入る。スタンの部屋に忍び込むなんていう作戦はどこか思考の奥深くに消えていた。
すると、アレンが呟くように言った。
「ここに匿っていても意味がないと思う……」
皆が押し黙る。
「どうして?」
ハルが尋ねた。
「この子が奴隷だからさ。隷属の首輪があるかぎり解放はされない」
「だけど!この子……」
ハルが何かを言おうとするとアレンが遮る。
「面倒なことになるより衛兵か教会に預けた方がいいと思うよ」
「……でも!」
アレンを見るとなんだか思い出す。日本にいた自分を。正論ばかり、感情をあまり外に出さない。面倒なことには手を出さない。イジメられている生徒がいても、見て見ぬふりをした自分がいた。しかし目の前に力なくベッドに横たわる少女を放っておくことがどうしてもできない。
──何故僕はこの世界に来て、そう思うようになったのだろうか?
そんな疑問が頭に過ると、
「うっ...」
耳の尖った女の子は目を覚ました。
女の子は目を開けるが、焦点が定まるのに時間を要する。その間にも、ベッドの上から上半身だけを動かし這うようにして、近くにいるぼんやりとしか見えていないハルに対して、訴える様に口をパクパクと動かした。
これまた視界と同じよう、思ったように声がでないようだ。少しすると、
「お願い...私達を…助けて...…」
消え入りそうな声で懇願する女の子。きっと想像を絶する経験をしたのだろう。だってこの女の子は……
─────────────────────
暖かい雰囲気を持つこの木造の宿屋は、王立魔法学校の御用達で、レベルアップ演習をする時は代々Aクラスの生徒達が泊まっている。
これまた木製のベッドやテーブルと椅子、光属性の付与された魔道具が暖かくこの部屋を照らしていた。
女の子は少し落ち着つくと、語り出す。
「私の名前はユリ…母と一緒に暮らしておりましたが……」
静かで、か細い声が扉を乱暴に叩く音によってかき消された。
「おい。入るぞぉ」
戸外で声がするとドアが開く。
スタンが部屋に入ってきた。
「お前ら、その子はある施設の奴隷の子らしい。悪いが下に迎えに来てる衛兵に引き渡すぞ?」
ハルはスタンに向き直り、疑問を呈する。
「どうして!?先生が?」
「そりゃあ、お前らがコソコソしてるのがわかったからな。きっと同情に値する経験をその子はしているんだろうが、俺達にはどうすることもできないんだ」
優しく諭すようにスタンは告げた。ここに帝国の密偵である要素を示す感情はない。
「そんな!?」
ハルは他の生徒達の顔を見て、皆からも反論するようにと訴えた表情を送るが、誰もハルの視線に合わせる者はいなかった。俯き、スタンの意見に黙って同意しているようだ。
「…奴隷契約……」
腕を組ながら元々しゃべるタイプでないデイビッドが口を開く。
「え?」
「奴隷契約をした者を第三者の俺達が救うことはできない……」
デイビッドは鎮痛な面持ちで言った。
「そんな!!だって!!この子は…ユリは!」
ハルは言うか言うまいか迷っていたことを解放した。
「ユリはまだレベル1なんだよ!?レベル1なのに耐久力と抵抗力が100を越えてるんだ!」
「な!!?」
「ッ!?」
ハルの言葉に反応したのはスタンとレイだけだった。
「え?それは、どういうこと?」
ゼルダが尋ねる。
「レベルを上げなくてもステータスは上がる。でもそれには死ぬほどの痛みが伴う……つまり、この子は毎日死ぬような苦痛を与えられてるってことだ…」
スタンがハルに代わって説明する。
室内は静まり返った。
「僕も何回か経験した!腕を切り落とされたり、燃やされたり…みんなにこの痛みがわかる!?ユリを主人の元へ返しちゃダメなんだよ!」
みんなが押し黙る。ハルの強さの謎を一瞬だけ垣間見た気がした。そんな中、スタンが重たい口を開く
「お前がどうして、この子のステータスがわかるのか、今は置いておく…だか主人がそんな趣向の持ち主でも仕方ない。俺達は介入出来ないんだ……」
スタンはユリの手を引き、下にいる衛兵の元へと連れて行こうとするが、ハルがそれを妨害する。その目は、スタンを敵と見なしている目だった。いつだったかの世界線、屋上で戦ったときに向けたあの目だ。
しかし、アレックスがハルに制止をかける。
「どうして!?」
ハルはアレックスに怒鳴った。
「いいから!!」
ハルは困惑する。アレックスならいの一番にハルに賛同すると思っていたからだ。
そんなやり取りを見てか、覚悟を決めたユリが力ない声で別れを告げた。
「迷惑をかけてしまってごめんなさい。助けてくれてありがとうございました」
スタンが衛兵にユリを引き渡すのを二階の窓から眺める。そしてユリの救出をハルは誓う。
──僕一人で彼女を助けに行こう。結局みんな貴族だから住む世界が違うんだ……
「よし!行こっか!」
アレックスの元気な声が聞こえた。
「行くって何処へ!?」
ハルはアレックスを軽蔑していた為、語気が強くなる。
「あの衛兵の後を付けるのよ」
「へ?」
「衛兵の後を付いていけば、きっと雇い主の所に連れていかれるはず!あんな話聞いたら助けないわけないでしょ?」
いつもの友達想いのアレックスに戻っていた。ハルは一時でもアレックスを軽蔑した自分を情けなく思う。
ハルはうっすらと涙を浮かべながらそれでもアレックスに負けないくらい元気な声で言った。
「必ず助けだそう!」
10
お気に入りに追加
238
あなたにおすすめの小説
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件
月風レイ
ファンタジー
普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。
そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。
そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。
そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。
そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。
食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。
不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。
大修正中!今週中に修正終え更新していきます!
異世界でスローライフを満喫する為に
美鈴
ファンタジー
ホットランキング一位本当にありがとうございます!
【※毎日18時更新中】
タイトル通り異世界に行った主人公が異世界でスローライフを満喫…。出来たらいいなというお話です!
※カクヨム様にも投稿しております
※イラストはAIアートイラストを使用

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる