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第38話
しおりを挟む~ハルが異世界召喚されてから4日目~
塞がれた出口を眺めていると、背後から重量感のある足音とそれに伴って鳴る鎧の金属音が聞こえてきた。また、そんな音とは対照的に静かで不気味な足音が別の音階を奏でていた。
ハルとフェレスは後ろを振り向くと、全身を硬質な鎧に身を包んだゴブリンと、杖を携え、ビロード色のローブを着込み、フードを被っている小さなゴブリンがいた。
フェレスは2体のゴブリンに指をさしながら言った。
「あぁ~!ゴブリンジェネラルとゴブリンメイジにゃ~!にゃーの予想が当たってたにゃー!」
一際、異彩を放っている2体のゴブリンを囲むように大量のゴブリンがゾロゾロと洞窟の奥からやってくる。
「…作戦はありますか?」
ハルはフェレスにそう尋ねると、
「にゃ…にゃい……」
先程までとは打って変わって目尻に涙を溜めるフェレス。
ジリジリとにじり寄ってくるゴブリン達。
ゴブリンジェネラルが肩に担いでいる身の丈はあるであろう大きな大剣を持ち、切っ先をハル達に向けて言った。
「イケ……」
「喋れるんかい!!」
知能の高い魔物は人間の言葉を理解でき、喋ることもできるようだった。
「ギチャギチャ」
気持ちの悪い声を出しながら8体のゴブリン達が襲い掛かる。
ハルとフェレスはアイテムボックスから武器を取り出した。
ハルは先程ゴブリンから奪った槍を構える。イメージはあのいけすかない槍使いの青年だ。1体は正面から、もう1体は正面から来るゴブリンの頭上からハルに飛び掛かるように襲ってくる。残りの2体は正面のゴブリンの左右から来ていた。
ハルは正面のゴブリンの眼を一突きし、その槍を引き戻すことなく、上に切り裂いた。眼を突かれたゴブリンは脳と頭蓋骨を切り裂かれる。槍はそのまま頭上を飛んで襲い掛かるゴブリンの股の間から入り、脳天までを真っ二つに裂いた。
振り上げられた槍の尖端は天井を向き、槍の反対側の柄の尖端、石突で、右横から襲い掛かるゴブリンの腹に当て、吹き飛ばし、同時に左横から襲い掛かるゴブリンの脳天に槍の尖端を叩きつけた。
槍には風属性魔法を纏わせ、切れ味を高めていた。
フェレスを見ると丁度襲い掛かってきた4体のゴブリンを倒し終わったところだった。
第一波を乗り越えると、直ぐに第二波が押し寄せる。ゴブリンジェネラルの手下のゴブリン達が、またもや一斉に襲い掛かってきたのだ。
ハルは先頭で向かってくるゴブリンの胸に一突きし、すぐに槍を引き戻した。それをもう一度違うゴブリンに突き刺す。このまま乱戦になるかと思うと、
高みの見物をしている。ゴブリンメイジが魔力を練り始める。
「なんにゃ!?なんにゃ!?」
フェレスは短剣をゴブリンの眼に刺し、数匹のゴブリンを蹴り飛ばすがゴブリンメイジの様子が気になる。
ハルは槍をくるくると回してゴブリン達を間合いに近づけないようにしていた。
ゴブリン達は味方が殺られるのを目の当たりにして、ハル達を襲うのを躊躇うと、後ろからもう一度片言の低い声でゴブリンジェネラルが言う。
「イケ…」
ゴブリン達がまた一斉に襲い掛かる。さっきよりも量が多い。
「にゃーー!」
「うわぁぁぁ!」
迫りくるゴブリン達を相手にしているとゴブリンメイジが追い討ちをかけてきた。
ハルはこの時、スキル『三連突き』を習得していた。
ゴブリンメイジが唱える。
「…フレイム」
「「!!?」」
手下のゴブリン諸ともハル目掛けて炎が襲ってくる。ハルは槍をアイテムボックスにしまい、炎を避けた。
──避けなくても良いんだけどね……
この時ハルはVR動画を観ていて、迫り来るゾンビに襲われる際、つい眼を瞑ってしまう自分を思い出していた。
──反射って凄いよね……
フレイムは火炎放射のようにゴブリンメイジの手から炎が出ている状態だ。その手をゴブリンメイジはハルの避けた方向へと向けた。
ハルは迫りくるゴブリン達とほとばしる火炎によって絶賛困惑中のフェレスを抱えながら炎から逃げる。
「に"ゃっ!?」
迫りくる火炎の熱にあてられ、チリチリと皮膚がむず痒くなった。
ゴブリンメイジはハル達を捉えられないと悟り魔法を解除する。火炎の通り道となった地面は黒く焦げ、手下であるゴブリン達の焼死体が転がっていた。煙と肉の焼ける臭いがする。
「フフフそりゃ、悪手じゃろ?小鬼ちゃん?」
ハルはゴブリンメイジを漫画でてきたセリフを真似て煽る。
残るはゴブリンメイジとゴブリンジェネラルだけとなった。
「……はぁはぁ」
もともと、MPを消費していた状態のハルは肩で息をしている。そして深く息を吸い込むと、ハルはアイテムボックスから槍を取り出し、ゴブリンメイジ目掛けて投げた。
「ヴッ"!?」
ゴブリンメイジは第一階級風属性魔法ウィンドカッターを使って槍の軌道をそらす。
「そんなこともできるのか!!?」
槍はゴブリンメイジに当たることなくそのまま洞窟の壁に突き刺さった。
「ゴブリンメイジは任せるにゃ!にゃーはゴブリンジェネラルを殺るにゃ!だけどゴブリンメイジを倒したら早くこっちに助太刀してほしいにゃ!にゃーはあくまで探知専門で戦闘タイプじゃないにゃ!!」
ハルは突き刺さった槍を取りに行こうとする。ゴブリンメイジはそうはさせまいとハルにファイアーボールを放った。
ハルはそれをギリギリで躱す。
あともう少しで槍に手が届くと言うところで、もう一度ファイアーボールが放たれた。それを躱すとその先にあった槍にファイアーボールがヒットし、燃えてしまう。
それを見てゴブリンメイジはご満悦だ。
ハルは自棄を起こしたようにゴブリンメイジに突進した。それを待っていたかのようにゴブリンメイジはフレイムを唱える。
ほとばしる火炎がハルを飲み込んだ。
それを見届けたゴブリンメイジは、ゴブリンジェネラルの方へと視線を向けると、
「本当の炎を見せてやるよ?」
ボソッとした声がゴブリンメイジの鼓膜を掠める。急いでもう一度魔力を込めようとするゴブリンメイジだがもう遅い。
「フレイム!」
業火の炎がゴブリンメイジを焼き付くす。
「グゲェャャャャャャ!!!」
ゴブリンメイジは叫び声をあげ、その小さな肢体をばたつかせて、ハルの唱えた火炎の威力を身体で表現していた。
跡形もなくなったゴブリンメイジ。そしてその魔物を焼いた火炎はそのままゴブリンジェネラルへと向かっていった。
戦闘中のゴブリンジェネラルの背中に火がつき、その火は巨体を覆い尽くす。
それを確認するとハルはフレイムを解いた。MPを確認する。
MP 9/124
「危なかった……」
ピコン
第二階級火属性魔法『フレイム』を習得しました。
「戻らない…か」
ゴブリンジェネラルの身体を焼いている炎が辺りを照らす。
ハルはゴブリンメイジに対して、魔法を食らいたくない所作をわざとしていた。そして自分には武器が必要であることも印象付けていたのだ。MPの関係上、第二階級魔法を唱えられるとしたら一回が限度だ。一直線上に2体のゴブリンが並ぶチャンスを待ちながらハルは行動していた。
フレイムを唱えられるかどうかわからなかったが、ゴブリンメイジが唱えていたのを見れたのは僥倖だった。
MPが一桁となったハルは、真っ直ぐ立てずフラフラになりながら意識を保つ。
ようやく、ゴブリンジェネラルを焼いていた炎が消えた。死闘を繰り広げる前の洞窟に戻ったかのように静寂があたりを包む。
勝利を共に味わうため、知り合ってまだ数時間の仲間の名前をハルは口にする。
「フェレスさん……」
だがフェレスの返事がない。ハルは洞窟の壁に手を置いて、重たい首を持ち上げる。フェレスの方を見やると、ゴブリンジェネラルが背を向けて鎧に煙をあげながらまだ立っていた。そしてゆっくり此方を向くと、持っている大剣にフェレスが胸を貫かれ、大剣に刺さったまま力なくうなだれているのが見えた。
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