上 下
30 / 146

第29話

しおりを挟む
~ハルが異世界召喚されてから4日目~ 

「さぁこれから皆さんには殺し合いをして……」 

「ファイアーボール」 

 ──ククク…Bクラスの生徒達よ……私の糧に…なっ……あれ? 

 襲撃者ロンウェイは何が起きたのかわからなかった。気が付けば声は出ず。自分の思考が駆け巡っていた。走馬灯。全てのものがスローモーションに見える 

 ──…おや?生徒達が驚いた顔で…私を見てる。 

 そんな中、1人の生徒が立ち上がり教室を出ようとしている。 

 ──ここから…出る者は…死んでもらいます…… 

 ロンウェイは得意の魔法、ウィンドカッターでその生徒の首をはねようとしたが自分の身体が燃えていることにようやく気がついた。 

「な"ッ!!」 

 ロンウェイの思考はそこで途切れた。 

───────────────────── 

 ラースは驚愕していた。友達が先生を殺したからだ。 

 立ち上がって教室を出ようとするハルの腕を掴もうとするがもう遅かった。 

 ラースは状況を飲み込めずにいた。しかし、自分の友達が何処か遠くへ行ってしまったことは理解できた。 

<Aクラスの教室> 

「はぁ……」 

 アレックスの溜め息に反応するクライネ。 

 ──溜め息をつきたいのはこっちだよ…… 

 クライネ・ナハトムジークは子爵ナハトムジーク家の次女だ。 

 小さい頃からたくさんの者に慕われ愛されてきたが、友達と呼べる者はいなかった。 

 ──みんな表面的な関係…… 

 自分が次女であることもあって家でも特別な存在にはなれていない。魔法を好きになったのは家庭教師の先生が算学や神学を教えてくれる傍ら魔法を教えてくれたのが切っ掛けだった。 

 クライネは見事に嵌まった。魔法の虜になってしまった。元々勉強好きなクライネはどんどん魔法が上達していった。 

 そして金にものを言わせて専門の魔法書を買い込んでは勉強していた。この時だけは自分の家系に感謝をしたものだった。 

 クライネには2つ歳上の姉アイネがいる。クライネは姉のことが大好きだ。 

 クライネとは違いなんでも出来て、綺麗で何をやっても絵になる、背もちょっぴり姉の方が高い。 

 引っ込み思案なクライネはいつも姉について行っては、姉のやることを真似ていた。 

 しかし魔法だけは姉よりずば抜けてセンスが良かった。 

 中等部には姉も入学した。しかし姉は、高等学校へ進学はしなかった。 

 両親が進学せずに社交場に行かせたり礼儀作法等を優先させる方針だっからだ。逆に魔法が出来すぎると嫁の貰い手が心配になる。 

 姉がそうするのだからクライネもそうするだろうと高を括っていた両親は驚かされた。クライネは高等学校へと進学することを望んだのだ。 

 初めは進学に渋っていた両親だがクライネの魔法を見て驚いた。そして姉のアイネの一言で両親はクライネに進学を許したのだ。 

『いつも私の真似をしていたクライネがこんなに一生懸命に何かをお願いすることなんてなかったじゃない?』 

 それを聞いた両親は自分の娘の成長を喜ぶと同時に哀しんだものだった。 

 進学したは良いものの。姉がいないと引っ込み思案なクライネには友達ができない。勿論嫌がらせ等されていないが、 

 ──友達が…… 

 クライネは無意識にアレックスに手を伸ばしアレックスを掴む仕草をすると、アレックスはマリアの胸を揉み出した。クライネは咄嗟に手を机の下に隠す。 

「ちょっと!!!」 

 周りの目を気にするマリア。 

 何人かの男子生徒はその光景を見て顔を赤らめていた。 

「アハハハ!」 

 ──はぁ…… 

 クライネは溜め息を心の中で漏らした。 

 ──良いなぁ…ああやって友達とワイワイしながら魔法を勉強したら楽しいだろうなぁ…… 

 と何故か自分の胸をチラリとみる。控えめに膨れた自分の胸。 

 ──胸を差し出せば友達になってくれるかな…… 

 クライネは自分の不埒な考えに直ぐ様蓋をする。何故なら、ダンジョン講座の先生が入ってきたからだ。 

 その先生は勇ましく口を開いた。 

「よぉ!お前ら!これから俺と遊ぼうぜ!」 

 先生は全身に魔力を込める。クライネは後ろの席から風を感じたその瞬間、その先生らしき男が爆発した。 

 マリアとクライネはほぼ同時に後ろを振り返るとレイが得意の光属性魔法を放っていた。 

「レイ?」 

 前の席のマリアが呟く。 

 レイの表情が曇り始めた。 

「おいおい、いきなりそりゃないぜ」 

 爆煙の中、先生らしき男が言った。 

「お前がブラットベル家か」 

 未だに事態が飲み込めない他の生徒たちを尻目に、レイと先生らしき男は臨戦体勢に入っていた。 

「フン!!」 

 先生らしき男は何か気合いを入れるかのような掛け声をかけた。レイが先程の光属性魔法、シューティングアローで男を再び攻撃するが、男はそれを裏拳で弾いた。弾かれた魔法はそのまま教室のドアを破壊する。 

 耳を抑えるクライネ。 

 男は破壊されたドアを見た後、ニヤリとしてレイを見たがそこにはレイの姿がなかった。 

「!?」 

 先程破壊されたドアの爆煙から剣技による身体強化を済ませたレイが高速で男に上段蹴りをくらわせ、男は反対の窓側の壁へと吹っ飛び激突した。 

 ──凄い…… 

 と思いつつもクライネはまだ状況を理解できていない。 

「今のは効いたぜ……」  

 男が膝に手をあてながら立ち上がるとおもむろに右手をクライネの方へ向けた。 

 ──え?なに? 

「なんのつもりだ?」 

 レイは嫌な予感がしつつも質問した。男はニヤリと笑うと魔法を放った。 

「ファイアーボール」 

「な!?避けろ!!」 

「え?」 

 クライネはファイアーボールが目前に迫っているのをただ見ていることしかできなかった。悲鳴をあげることすら出来ない。 

 恐怖に身体が支配されているところに教室の出入り口から声が聞こえた。 

「ファイアーボール」 

 横からシューティングアローのような速さの魔法がスキンヘッドの男の唱えたファイアーボールを打ち消しそのまま窓を突き破って彼方へと消えた。 

「な!?」
「に!?」 

 レイとスキンヘッドの男は魔法の出所を見た。少し遅れてクライネもその方向を見た。 

 レイは思う。 

 ──アイツか!?実技試験で一緒だった…… 

 同時にスキンヘッドの男は考えた。 

 ──なんだあの魔法?ファイアーボール…なのか?…このガキ…ブラッドベルのガキより危ねぇ 

「ハル~!」
「ハル君?」 

 アレックスは歓喜の声を上げる。マリアはまだ状況が把握できていない。 

 ──今の魔法……彼が…唱えたの? 

 クライネは自分が死にそうになっているのにもかかわらずハルの放った魔法に一目惚れしていた。 

 ──素敵…… 

 スキンヘッドの男はハルに勝てないと悟り、今度はアレックスに向けてファイアーボールを唱えようとすると、 

「…それは止めておけ」 

 ハルは独り言のように呟いた。 

 友達が狙われていることに怒りが込み上げ、知らず知らずのうちに青い炎をうっすら身に纏い始める。 

「う"…」 

 スキンヘッドの男はハルのその姿に恐怖を感じとった。 

 レイはその隙を逃さなかった。光の剣で男を串刺しにしAクラスの襲撃は無事鎮圧された。 

 光の剣を消し、スキンヘッドの男が床に倒れる最中にレイは訝しんだ。 

 ──今…一瞬アイツの周りが青く煌めいたような…… 

 去っていくハルの後ろ姿をレイはただ見ていた。 

 教室から出ようとするハルを誰も引きとめなかった。 

───────────────────── 

 ハルはこれからスタンを殺しにいく。それも圧倒的な力で。 

 よく異世界モノでみるチート能力を使って敵を殺す場面がある。嬉々とその能力を使う主人公のような気持ちにハルはなれなかった。 

 何故ならスタンに救われたからだ。 

 ルナを殺したのがスタンだとしても直接その光景を見ていないし、この世界線ではまだ彼はやっていない。 

 自分は前回殺されそうにはなったが、Bクラスを襲撃した男の方が幾分か殺しやすかった。その差は生徒同士が殺しあった惨劇のせいだ。それとスタンとは一対一で戦ったせいか、正々堂々正面から向き合った戦いに前向きな感情が沸き上がる。 

 ──まぁ自分にはルナさんがサポートに付いていたから一対二なんだけども……レベル差を考えたらそのくらいのハンデは許してもらいたい。いくら殺されかけても正面からの戦いになったらそんなに憎しみを感じないんだろうか。 

 そんなことを考えながらハルは屋上へ向かった。 

 するとその途中、3年生Aクラスの教室の扉が激しい音を立てながら壊れ、襲撃者と思しき男が廊下の壁までぶっ飛んできた。 

 ──あぁ…こんなイベントもあったっけ? 

 跡形も無くなった扉から制服を着た生徒が姿を現す。 

「まさかこんなことが本当に起きるとはな!?中等部からよくこんな妄想してたぜ?」 

 襲撃者は声のする方向を見て怯えていたが、ハルを見やると表情を一変させる。人質をとるかのように覆い被さる形でハルを捕縛しようとしてくる。とても邪悪な笑みを浮かべていた。 

 3年生レナード・ブラッドベルは襲撃者の意図を瞬時に察知する。 

 ──チッ!あの少年を人質にとろうとしてんのか?そうはさせねぇぞ! 

 レナードは自慢のスピードで襲撃者を蹴り飛ばそうと脚に力をいれたが襲撃者の異変に気付いた。 

 襲撃者は覆い被さろうとしたところで動きを止めていた。反対に上の歯と下の歯をしきりに動かしカタカタと音を鳴らしている。 

 ハルはそんな襲撃者をその場へ置き去りにして、屋上へと向かう。 

 ──敵が全員あんなのだったら楽なんだけどな…… 

 去っていくハルを見てレナードは思う。 

「へぇ~おもしれぇやつ」 

 レナードはハルに纏わりつく青い煌めきを見ながら襲撃者に向き直った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

どこかで見たような異世界物語

PIAS
ファンタジー
現代日本で暮らす特に共通点を持たない者達が、突如として異世界「ティルリンティ」へと飛ばされてしまう。 飛ばされた先はダンジョン内と思しき部屋の一室。 互いの思惑も分からぬまま協力体制を取ることになった彼らは、一先ずダンジョンからの脱出を目指す。 これは、右も左も分からない異世界に飛ばされ「異邦人」となってしまった彼らの織り成す物語。

何者でもない僕は異世界で冒険者をはじめる

月風レイ
ファンタジー
 あらゆることを人より器用にこなす事ができても、何の長所にもなくただ日々を過ごす自分。  周りの友人は世界を羽ばたくスターになるのにも関わらず、自分はただのサラリーマン。  そんな平凡で退屈な日々に、革命が起こる。  それは突如現れた一枚の手紙だった。  その手紙の内容には、『異世界に行きますか?』と書かれていた。  どうせ、誰かの悪ふざけだろうと思い、適当に異世界にでもいけたら良いもんだよと、考えたところ。  突如、異世界の大草原に召喚される。  元の世界にも戻れ、無限の魔力と絶対不死身な体を手に入れた冒険が今始まる。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~

飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。 彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。 独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。 この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。 ※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。

【完結】投げる男〜異世界転移して石を投げ続けたら最強になってた話〜

心太
ファンタジー
【何故、石を投げてたら賢さと魅力も上がるんだ?!】 (大分前に書いたモノ。どこかのサイトの、何かのコンテストで最終選考まで残ったが、その後、日の目を見る事のなかった話) 雷に打たれた俺は異世界に転移した。 目の前に現れたステータスウインドウ。そこは古風なRPGの世界。その辺に転がっていた石を投げてモンスターを倒すと経験値とお金が貰えました。こんな楽しい世界はない。モンスターを倒しまくってレベル上げ&お金持ち目指します。 ──あれ? 自分のステータスが見えるのは俺だけ? ──ステータスの魅力が上がり過ぎて、神話級のイケメンになってます。 細かい事は気にしない、勇者や魔王にも興味なし。自分の育成ゲームを楽しみます。 俺は今日も伝説の武器、石を投げる!

異世界もふもふ食堂〜僕と爺ちゃんと魔法使い仔カピバラの味噌スローライフ〜

山いい奈
ファンタジー
味噌蔵の跡継ぎで修行中の相葉壱。 息抜きに動物園に行った時、仔カピバラに噛まれ、気付けば見知らぬ場所にいた。 壱を連れて来た仔カピバラに付いて行くと、着いた先は食堂で、そこには10年前に行方不明になった祖父、茂造がいた。 茂造は言う。「ここはいわゆる異世界なのじゃ」と。 そして、「この食堂を継いで欲しいんじゃ」と。 明かされる村の成り立ち。そして村人たちの公然の秘め事。 しかし壱は徐々にそれに慣れ親しんで行く。 仔カピバラのサユリのチート魔法に助けられながら、味噌などの和食などを作る壱。 そして一癖も二癖もある食堂の従業員やコンシャリド村の人たちが繰り広げる、騒がしくもスローな日々のお話です。

処理中です...