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赤目のうさぎ
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「わざわざ、悪いな」
それから、一週間が経った。
あまりに凄まじい泣き方をしたせいか、それともやっぱり雪遊びが堪えたのか。
私は、当然のように寝込んだ。
騒ぎを聞きつけ、恥ずかしいやら困惑するやらの母に宥められ、半ば引きずられるように帰宅したのだ。
「いいえ。だって、会いたかったんです」
私はそれで済んだけれど、後に残された恭一郎様は大変だっただろうと思う。
ここで初めて見た顔が、やはり困り顔だったなんて……申し訳ないやら、でも正直に言うと笑ってしまう。
「嬉しいが、よく許してもらえたな。どうやって丸め込んだんだ? 」
「えっと。あの病院、私も子供の頃から何度か来たことあるみたいなんです。だから、その頃入院していた男の子に、再会したことにしました」
嫌だ、帰りたくないとぐずる大きな私に、母は周囲にぺこぺこ謝りながら、不審そうに彼を見ていた。
まずいと思って――落ち着いたのは大分経ってからだけれど――そう説明したのだ。
「嘘が上手くなっちゃって」
「だって。でも、ほぼ事実ですよ? 話せないところを省略したら」
なぜ、涙が止まらないのか。
どうして、これほどこの人の側に寄りたくて、離れたくないのか。
必死で駆け巡っても、分からなかったのに。
『さゆ』
この声を聴いて、一気に雪崩れ込んできたのだ。
ここではないどこかで、一緒に過ごした日々のこと。
初恋の人だったこと、兄と呼んだこと――あんなにも大好きだったことも。
「まあな。でも、不思議だな。あちらでの記憶も、お前を見て思い出したのに……ここで、今まで生きてきた記憶もちゃんとある」
そう。
熱が引くとともに、何とか状況を理解できてきたのだけれど、これまでのここでの生活もちゃんと存在していた。
学校に行ったり、友達と遊んだり、テストの結果に嘆いたり――まあ、それはともかく。
「退院できて、よかった」
病院からの帰り道、ぴょんぴょん跳ねる私に、彼は楽しそうに笑った。
「ああ。それより、ちゃんと挨拶に行くべきだな。あんなに娘を泣かせるなんて……最初から印象悪すぎるし」
「あ、それは大丈夫だと思いますよ。その……ずっと探してた初恋の人だって言ったら、寧ろ母はノリノリです」
バレッタのことも伝えると、もうどこも取り繕う必要のないほど納得してくれた。
でも、それも不思議ではない。
だって、事実だから。
「なら、いいけど。今日、学校休みだろ? 何で制服着てるんだ。って言うか、スカート短い」
「そうですか? 普通だと思いますけど……向こうのことを思い出したら、急に新鮮になっちゃって。それにその……見せたくて。似合わないですか……? 」
学校休み云々ではなく、たぶん彼に見せたかったのも気づいているのだ。
そうでなくて、最後に言われたことが要点。
規定どおりとは言わないが、そんなに短くはないと思うのだが。
「似合う、似合わないじゃない」
「もう、兄様はうるさいなあ」
そんなやり取りとも、何だかくすぐったい。
思わず、そう返してしまうと、後ろからぐいっと手首を引かれた。
「今更、そう呼んでも遅い。俺は、戻ってやらないからな」
彼の中でも、現代の記憶とあちらの記憶が混在しているのは本当らしい。
覚えのあるものよりも少し砕けた口調や、馴染みのない一人称にドキッとした。
「……う。じゃ、じゃあ……恭一郎様」
「どっちもダメだ。どういうプレイかと思われる」
それもそうか。
でも、そのどちらかしか私には経験がなくて、もごもごしてしまう。
「……来年は、また一緒に雪うさぎ作れますか……? 」
「……そうだな」
その呆れ声は、どちらのせいだろう。
雪うさぎを作りたがることか、それともまだ呼べなくて、遅くともそれまでには練習しておこうと思ったせいか。
でも、その優しい呆れ顔を見れて、すごく幸せ。
「小雪」
繋がれていた手をパッと離され、寂しく思う間もなく後ろから抱かれた。
「ありがとう。……また、俺に出逢ってくれて」
そんなの、何度だって逢いに行く。
どこの世界だって、あなたと笑っていられるところを見つけて。
「み、道端ですよ」
「ん。生憎、俺は気にならないらしい」
にっこり笑った顔は、今までどおり優しいけれど、あの時と同じように意地悪だ。
ああ、この人は本当にあの人だ。
あちこち歪んではいるけれど、そのくせ変に真っ直ぐに想ってくれた、私の大好きだった人。
「~~っ、そ、そういえば。私、高校生みたいなんですけど、恭一郎さ……は社会人ですよね? そういうのもやっぱり、言われちゃいます?? ロ……」
「……だ・か・ら! 私はこちらに戻りたくなかったのだ」
禁句だったのか、懐かしい言葉遣いが戻り。
つい、にんまりした頬を優しくつねった後、私を追い越してスタスタ先を行ってしまう。
「う、嘘です!! 年上の男の人っていいなあ……!! 」
それでもすぐに追いつけて、嬉しくてきゅっと近くにあった腕を抱き締めた。
「……今頃、お供え物してくれてますかね」
「だな。ぶつぶつ言いながら、きっと」
彼が自分を「私」と呼んだからか、ふと皆のことが思い出される。
どうか、みんなに幸せだと伝えて。
叶うならば、みんなが幸せにしていると教えて。
「それにしても、まあタイミング良く風邪引いたりしたな」
「……えと。記憶にないんですけど、母によると雪で遊んでたらしいんですよね」
正直に話すと、もちろん盛大な溜め息が降ってくる。
「でも……ちゃんと南天の実、あったんですよ。おかげで、二匹とも真っ赤な目がついていました」
誰がどうやって手に入れてくれたのか、今も分からずじまいだけれど。
「……そうか。何にしても、来年までお預けだからな」
耳元で囁かれ、ふと見上げると瞼をそっと撫でられる。
眩しいのと照れくさいので、指が辿るとおりに目を閉じた。
陽が射している。
いつからいたのか、外に座っていた二匹のうさぎも、明日には解けてしまうだろうか。
「はい。雪うさぎを作るのは……」
それでも、二匹はきっと幸せだ。
だって、この世界で。
ふたりで笑っていられる世界で、仲良く寄り添っていられるのだから。
【明日、雪うさぎが泣いたら・おわり】
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