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赤目のうさぎ

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「……いるなら止めろ。下世話な狐め」

(……え!? )

《ふふ。どうせ貴方は、姫に手酷い真似などできはしない。どこまで見せてくれるものかと控えておりましたが。姫に好かれていると知ってからは、余計に甘いようですね》

むくっと起き上がった恭一郎様の視線の先には、暗がりでも分かるほどニヤリと意地悪な笑みを浮かべた雪狐がいた。

(……でも、そうなんだ)

確かに、最近の恭一郎様は甘い。
私に甘くなかったことはないと思うけれど、それでもやっぱり甘くなった。

「そういうのは控えるとは言わん。……ま、好きに解釈してくれて構わないが。お前が油断してくれた方が、私としても楽しめる」

仰るとおり、雪狐の登場に私はすっかり油断していた。

「普通、そこは油断せずに万全の態勢で臨んでほしいと言うところじゃ……っ」

何に、と言われても困る。
恋人同士のやり取りには、適していない表現だとも思うけれど。

「なぜだ。隙を突けるのであれば、突けるに越したことはない。弱味もまた然りだ。お前相手でも、それは同じこと。私の性格については、知ったうえで受け入れてくれたものだと思っていた」

「~~っ、あなたの性格はよく知ってますけど……! せめて、雪狐が来てくれた理由くらい、訊いてみません? 」

そうとも。
もちろん、そんなの知ったうえで好きになった。
癪だから絶対言わないけれど、真っ赤になった私の反応に満足したのか、それともそれこそ彼に知られているのか。
やっと、私を解放してくれたのだった。

「こんな時間に部屋に押し入るには、理由など一つしかないだろう。と言うより、余程の理由でないと切って捨てたい気分だ」

《出来もしないことを。それに、あまりしつこく求めると嫌われますよ。ねえ、雪兎の君》

そんなことなくて、寧ろ恭一郎様は気を遣ってくれていると思う。恐らくは。

「……知らない」

(……って、何で私が弁解を……)

「……それで? 用件は何だ」

恭一郎様からも雪狐からも逃げるようにそっぽを向く私の頭を撫で、用件など分かりきっていると言いながら、緊張した声が問う。

《お二人は十数年越しの蜜月でお忙しいようですが、実は私も忙しくて困っているのです。このところ、この化け物のもとへ参る人間が多くてね》

どういうことだろう。
恭一郎様の考えとも違ったのか、対応を思案するような目がふとこちらを向いた。

《お二人を、無事にあちらの世界へ送り届けてくれ。その後も、再び幸せに結ばれますようにとね。まさか、夢の狭間で生き別れるようなことでもあれば、どうしてくれようと化け狐を脅す者まで現れた。まあ、誰とは言わずにおきますが。これでは、おちおちうたた寝もできませぬ》

みんな。
それが誰であるのか、言い当てることが難しい。
心当たりがありすぎるなんて、どんなに幸せなことか。

《……生きたいと思いますか、恭一郎殿》

あんまりな質問に思わず口が開いたが、言葉を発する前に彼に抱き寄せられた。

《これまでの貴方は、死んでも姫を守るという思いだったのでしょう。もしも今でもそうお思いなら、たとえあちらに行けたとしても、姫は一人で夢を彷徨うことになる。昔、貴方がそうだったように》

「……生きてやるさ。ここでも、私は思った以上に生き延びたが。もう十分だと感謝した次には、その続きを望んでしまう。そんな私が、今のこのおいしい状況を捨てられるはずがない」

照れているのか、頭を胸に押しつけられて顔を見ることができない。

「……っ、絶対ですよ!! 私、頑張りますから。だから、お願いだから……ずっとそう思っていてください」

「頑張らなくてもいい。お前がいれば、私の欲深さは消えないから」

暴れる私に、ようやく頭から手を離してくれた。
嬉しくて、喜び全開で見上げる私に、なぜかまた照れたように笑った。

《それならば、よいのです。まあ、及第点だと言わせていただきましょうか》

いつの間にそこまで来ていたのか、恭一郎様と私の間に雪狐がいた。
膝にちょこんと座った彼を、もう何も考えずに抱っこしてしまう。

《貴女にこうして抱かれるのも、最後となってしまいますね。残念でなりませんが、それでも私の想いは貴女とともにあるのですよ。雪兎の君》

ふわふわの手触り。
心を満たしてくれる温もり。
珍しく、でも彼の愛らしさを何倍にも増す二又の尾。
それから、時々呆れながらも、大抵吐き出される甘い台詞。
そのどれも失くしてしまうのだと思うと、ここでも私は泣くことしかできない。

《ふふ。どこぞの男ではありませんが、貴女の目が赤い理由が私だと思うと、何とも嬉しいものです。化け物にはあるまじきことですが、所詮はただの獣だと思ってお許しください》

もふもふの顔が側に寄って、そっと頬に口づけられた。

《お別れです。幸せに、小雪》

「……雪狐はどうなるの? 」

以前の彼は、声だけだった。
姿形はあったのだとしても、少なくとも私の目には映っていなかったのだ。
今度力を使ったから、あまりに負担が大きいのではないだろうか。

《多少は疲れるかもしれません。しかし、この身体は借り物に過ぎませぬ。消えたとしても、また別の入れ物を探せばよいだけのこと。そうですね、次は人形も良い。貴女の前に姿を現すにはね》

「……その時は、小雪が思い出す前に始末する」

《できるものなら。精々、病を治しておくことです。でないと、さすがの私も姫を奪うのに良心が痛む》

見せつけるように私の胸で寛ぐ雪狐と、それに本気で怒っている恭一郎様。
それを見るのも最後だと思うと、また涙が溢れた。

《……行きましょう。今なら、騒ぎにならずに済む》

涙を乱暴に拭くと、伸びてきた手に止められる。
そして、どちらからともなく繋ぎ、頷いた。

(……ごめんね、長閑)

行くんだ。
二人でいられる世界を信じて。
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