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赤目のうさぎ

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・・・


「……自分が信じられません……」

「お前に見上げられる度、思い出すのではないかとヒヤヒヤしたがな」

答えは、ずっとここにあったのだ。
それも、こんなにもはっきりとした形で。

「お前は、本当に可愛いくて……いつも、寂しそうだった。だが、そういう子供は少なくはないだろうに。なぜ、私たちが雪狐の目に留まり、引き合わせたのかは未だに謎だが。私はお前が慕ってくれるのが嬉しくて、つい……扉が開くのを願っては、こちらへ来てしまったのだ」

だって、本当に大好きだったのだ。
もっと彼の話を聞きたくて、構ってほしくて。
あの声で「さゆ」と呼ばれるのは、堪らなくドキドキした。

「……狡いです。どちらもあなただったのなら、好きになって当然だったのに」

こっちは、まるで二又をかけている悪女になったようだった。
雪狐には笑われてしまったが、本当に最悪の気分だったのに。

「仕方ないだろう? 私は兄になってしまったし、一度は本気で兄としてお前の幸せを見守ろうとしたのだ。それをキラキラした目で、あんな子供の話をされたら苛立ちもするさ。お前は記憶が入り乱れていて、当の私にまるでつい昨日会ったばかりのように話してみせるから。私としては、本当に他の男の話をされているようで……憎らしかった」

そうか。
私は夢の中で今の私の目線で見ているけれど、聞かされる恭一郎様には昔の話だ。
それも、自分がずっと後悔していることの。

「とても、再会などできるわけがない。会ってしまえば、全て話さざるを得なくなるからな。私が何者であるか、どこらから来たのか、なぜここに留まっているのか。……何より、お前の語る夢は私の記憶よりも遥かに美しくて……それを汚してしまう勇気がなかった」

そう言われても、あの男の子はとても優しかった記憶しかない。
小さな我が儘姫の世話は、面倒だっただろう。
大人だから言わないだけで、かなり持て余していたのかも。

「今度は、いつ会えるかと。いや、そもそも帰らないでくれと……そう強請るお前に弱った顔をしながら、私の方こそ、このまま扉が閉まって二度と開かなければいいと思っていた。それとも、いっそお前をこの世界から連れ去ってしまえたら、私の世界が明るくなるのに……そんなことを考えていたのだ」

心底驚いてぽかんとしていると、それを聞いても逃げるなと言うように寄せられ、密着する。

「ほらな。お前は都合よく解釈し、夢として美化している。だが、生憎私も、あの頃は幼く我が儘で……幼さゆえに、より残酷だった」


・・・


また会えて大喜びする私を見て、彼はクスッと笑った。
言われてみれば、その顔は意地悪にも見えるかもしれない。

『さゆは可愛いな。本当に、何も知らないんだ』

『……また、子供扱いする』

『だって、子供だもの。でも、俺は、さゆのそういうとこが好きだよ』

ああ、本当だ。
大人なった彼を彷彿させる、悪い顔。
どんなに単純だと言われても、好きだと言われれば嬉しくてはしゃいでしまう。

『……俺が悪い奴だとは思わないの? 本当は、さゆを拐う為に優しくしてるのかもしれないよ』

相変わらず、彼の言うことはよく分からない。
でも、今度は私のそれに対する答えは決まっていた。

『それでもいいよ。だって、さゆは、あなたのいないところになんか、いたくない。ここで一緒にいられないなら、違うところに連れてって』

『……何も分かってないのに、さゆはどこでそんなこと覚えてくるの? 』

心から自分の言葉で伝えたつもりだったのに、どうしてそんなことを言われなくちゃいけないのだろう。
拗ねる私に、彼はまた小さく笑う。

『……ま、いいや。それもいいかな? あっちは、ここよりも温かいし』

『……? あなたのところは、冬でも暖かいの? 』

裏庭は、確かに冷える。
でも、彼と隠れて会うには最適だった。
なぜだか、彼は光の扉を通ってここに現れるし、実は最近ちょっとした騒ぎになっているのだ。
あの我が儘姫が、友達を一切引き留めなくなったと。
つまり、ここに連れて来てはほしいけれど、彼が現れるまでには帰ってほしいという、とんでもない我が儘姫だったのだ、私は。
帰りは邸の方へ少し下れば、大抵誰かが見つけてくれる。
彼の存在を口にしてしまえば、きっともう会えなくなるに違いない。
だから、私は当時、一人とても大きな秘密を抱えている気になっていた。

誰にも言えない、内緒の逢瀬。

『……あ、そういうことじゃなくて……』

《こら》

何か説明してくれようとするのを、誰かの声が遮った。

《貴方は、何を言おうとしているのです》

小さな私は辺りをきょろきょろしているけれど、今の私なら、姿がなくてもそれが誰だか分かる。――雪狐だ。

『……いいじゃん。俺、さゆといたいんだ。さゆだって、そうだもんな? 』

『うん!! 』

何の話だか、ちっとも分からない。
でも、それには全力で頷くに決まっている。

《この姫は、この世界の住人です。ここに、彼女を大切に思っている人間がいるのですよ。今はまだ、姫がそれを理解できていないだけ》

どうして、喧嘩してるのかな。
だって、この子は何も間違っていないよ。
私、ずっと一緒にいたいんだもの。
だから、どうか連れて行って。

『じゃあ、何で俺たちを会わせたんだよ。俺の最期のお願いでも、聞いたつもり? 』

《……それは》

理由を言わない雪狐に余計に焦れたのか、彼は空中を睨む。
それは、今の私ですら記憶にない怖い顔で、ピクンと小さな肩が揺れた。

『ごめん。さゆに怒ってるんじゃないんだ。さゆのことは大好きだ。だから、このままさゆを連れ去って行けたら……俺も頑張れるのにな』

『さゆ、行く! さゆだって、一緒にいたい。それに……』

子供だ子供だと言われていたのに、頼ってくれたみたいで嬉しかった。
何のことだかさっぱりだけれど、私が役に立てるのなら、何だってしよう。

《……恭一郎》

再び厳しく呼ばれ、ビクビクする私の頭を撫でた。

《貴方たちを引き合わせたのが悪ならば、それは確かに私の罪です。貴方が生を諦めないでいられる存在ができたのなら、それでも喜ばずにはいられない。しかし……》

『しかし? ……さゆを拐おうとするなんて思わなかった? こんな、病人の子供が? 』

クスクスと笑う表情は、これまで夢で見てきた少年よりも酷く大人びていて――その歪んだ口振りは、今思うと恭一郎様らしいと言えば彼らしい。

『子供は残酷だって言わない? ねえ、見ただろ。さゆは俺といたいんだって。俺もそうだよ。だって、好きなんだ。……他の奴らのことなんか、知るもんか』

《恭一郎》

そうだよ。
私も、そう望んだから。
彼ばかり責めないで。

『……俺にしたら、そっちの方がよっぽど残酷だよ。ずっと一緒にいられないなら、どうせ手離さなくちゃいけないなら……』

――希望なんて与えずに、そのまま消してくれたらよかったのに。

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