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南天

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「扉の先で触れたものも、今の私をつくった大切な一部だと思うから。あの子は私の知らない世界をたくさん見せてくれたと思うけど、それだけじゃないと思うんです。神隠しに遭っていたという間、私が自分の目で見てきたものが何だったのか思い出したいの」

時空を越えた向こう側。
鏡や髪留めのことを考えると、恐らく今私がいるこの世界よりも高度な技術を持った国。
本当に起こり得るのかと疑えば疑うほど、逆にしっくりくるのだ。
もしかしたら、そこは――異国というより、私たちは異なる時代に住んでいたのではないかと。

「私の質問の答えにはなっていないな。仮にそれを知れたとして、その後のことだ。ちゃんと大人しく帰ってきて、この世界とやらで私といてくれるのか?」

訊ねておきながら、けしてあり得ないというように口元が歪む。

「失った記憶を探るうち、ついうっかり、偶然開いていた扉を抜けてしまったら?その途中、時間切れになって扉が閉まって戻れなくなったら……そんなことを、私が許すと?」

一定の間隔で扉が開き、閉まるのなら。
それを狙って、世界を行き来することもできるのだろうか。絶対にできないとは、断言できないとは思うけれど。

「もし、全てを思い出せたとしても、私は一人でどこかへ行ったりしない。そう約束しても許してもらえませんか?」

『この世界で、あなたと一緒にいる』

そう誓うには、まだ覚悟が足りない。

「あの日、何があったか。私はどこにいたのか。せめて、知る努力をしたいです」

恭一郎様の言うとおり、ここは窮屈だと思っていた。
元々いた世界は、もっと広く自由だったのだろうか。
雪狐の話では、子供の私は今の私と同じく外の世界を見たがっていた。
確かに、どこの世界でもいいところも悪いところもあるということなのかもしれない。
だから、それを理解して、この皆がいる世界だって本当は色鮮やかだと知りたいのだ。

これまでのことを思えば、到底信じられないのも無理はない。
それを隠すことなく、恭一郎様の確認は続く。

「あれほど夢の男を想っていたお前が、本当に約束できるのか? その機会を得て、真実を知ってなお、私とこの世界に留まってくれると」

疑念の目に、どうしても心が揺れる。
向こうの世界にも、今もかつての家族や友人がいるのではないか。
そうだとしたら、今も私の帰りを待って探してくれているのではないか。
そう思うと、やはり胸が痛い。

「叶うなら、最後にお別れを言えたら……とは思ってしまいます。あの子には会えなくても、もしもそこが一度は過ごした世界だったのなら」

扉が開くことがあるなら、私自身が通れずとも、何か放り投げることは可能だろうか。
本当はあの髪留めがあればいいのだけれど、もうここにはないから――何か、私を知っている人が見た時に、今も元気にしていると伝わるようなものを。

それが無理なら、せめてもう一度雪うさぎを作ろう。
最後に私が倒れていた、裏庭のどんぐりの木の下で。
溶ける前に扉が開くことがあるなら、誰かが見つけてくれる可能性を信じて。

「……少し、考えさせてくれ」

そう言った恭一郎様は、言葉とは逆にもう答えを出しているようにも見える。
頭を下げた先で彼が背中を向けたのが目に入ったけれど、もう振り返ってはくれなかった。

《雪兎の君》

とことこと歩いてくる雪狐の二又の尾が、こちらへ近づく度にふさふさと揺れる。
癒しの光景に、一気に張りつめていた緊張を緩めてくれた。

《どうあっても、貴女は険しい道を行こうとするのですね。陰陽師殿の台詞ではないですが、もっと楽に易しい道を進むこともできるでしょうに。それも、姫の足を使わずともですよ》

今までずっとそうだった。
甘やかされて、時に叱られたとしても、側で笑ってまたすぐに手を繋いでもらえた。
だから、私の足は脆いのだ。
ちょっとした砂利道で躓くくせに、自分の足で歩いてみたいと駄々を捏ねていた。

「……そうね。でも、私思うの。誰かが用意してくれた幸せは掴みやすいけれど、見失ってしまうのも早いんじゃないかしら。だって、その形を決めたのは自分ではないから」

私という存在を、皆で作り大切にしてくれた。
まるで、雪うさぎみたい――そういうと、あまりに可愛いすぎるけれど。
でも、これからは自分で掻き集めて作り上げてみたいのだ。

《雪兎の君。今の貴女も、けして不完全な存在ではありません。一部の記憶が欠けていたとしても、貴女という存在はここにちゃんと在るのです。どうか、それを忘れないで》

あの子に会えば記憶が戻り、空虚に感じる部分を埋められるとどこかで思っていた。
でも、そうじゃない。
仮に記憶が戻ったとしても、何を幸せだと判断するのは私自身なのだから。
この世界で過ごしてきた私も、けして偽物ではないの。

「うん。ありがとう、雪狐」

誰かに決められることはできない。
私という存在は、私がみつけてあげなくちゃ。

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