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ねえ、先輩。

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・・・




「……で、どうだった? 初めて……あいつにキスされて」


電車の中でできる話題でもないし。
必然的に、お互い口を開いたのは最寄り駅を降りてからだ。
会社を出てからそれまでの距離は、本当に気まずいどころの話じゃなくて。
ユウの隣にいて、こんな気分になったのは初めて――いや、初めて会った時以来な気がする。


「え? 」

「だから、怖かったとか、嫌だったとか……嬉しかった、とかさ。何かあるでしょ」

「ああ……」


言葉になる前の、単純で複雑な一文字。
それを、納得できないと眉を寄せるユウに首を振った。


「そうじゃなくて、まずは怒ると思ってたから」

「……ああ」


同じ音が出たのが、面白くなかったのか。
蹴るように、無意識に止まっていた足を動かした。


「それも予想してた。当たり前じゃない? 一緒に住んでるんだから。イチが言ったみたいに、何もない方が変でしょ。他人なら尚更」

「他人なのに、尚更?」


ただの同居人だ。
本人だって、彼氏になりたいわけじゃない。
それなのにキスされて、自分がどう思ってるのかも分からない私は何なんだろう。


「何のしがらみもないってこと。許されれば、“したいから”で済むんならさ」

「……そっか」


そうなんだ。
キスされた、じゃない。
たぶん、一回目はそうだったけど。
二回目は、「私たちが」キスしてた。


「……軽蔑した? 」

「……したくなった」


そうだよね。
いくら優しいユウだって、こんなの嫌悪したって不思議じゃない。


「ねえ、今日、やっぱり……」

「……でもしない。できない」


自然とうちに着いてきてくれるのが申し訳なくて。断ろうとしたのを、すぐさま被せられてしまった。


「だって、別に悪いことじゃない。お互いそれでいいなら、余計どうこう言うことじゃないし。第一、身に覚えがないって言えば嘘になる」

「え……? 」


どういう意味だろう。
そういえば、ユウからそんな話、聞いたことなかった。


「軽蔑した? 」

「するわけないよ」


そうだ。
いつも、聞き役ばかりさせて。
歳上なんて、年下なんて、この経験と性格で余裕に埋まっちゃうくらいの差。それをいいことに私は。


「……でも、イチはするかも。俺のこと」


――ユウの何も、知ろうとしなかったのかも。


「……ほら。術に嵌まるみたいで、すごいムカつくけど。お望みどおりのことしてやるよ」

「……っ、ゆ……」

「早く。……ねえ、イチ」


急かされて取られた手は、引っ張られたんだと思った。なのに実際は。ねえ、今――……。


「……できたら、軽蔑しないで。……ねえ」



『――先輩』


くんっと、隣に寄せられて寧ろ。

ユウの腕に倒れて、そのまま少し、止まった気がした。






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