翡翠の森

中嶋 まゆき

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落涙

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・・・



レジーから語られたのは、もちろんジェイダ本人にはもう残されていない遠い記憶。

『ロイくんとは、すっかり仲良しみたいね』

『うん。お兄さんぶってるよ』

『ずるい、私も会ってみたいわ。ね、ジェイダ? 』

不公平だと唇を尖らせ、ジェマは愛娘に同意を求めた。

『ふへ……?? 』

ふいに呼ばれ、ジェイダは首を傾げた。
お菓子を食べるのに夢中になっていて、夫婦の会話は全く耳に入っていなかったらしい。

『ジェイダには、まだ早いよ』

『何が? 男の子と友達になるのに、早いことなんてないわよ』

ジェイダの頭を撫でながら、もうそんな心配をしている夫に笑う。
ジェマが何度撫でつけても、娘の髪はくるんとうねってしまう。

『ジェイダよりもお兄さんね。ひょっとすると、ひょっとするかも』

それも何だか愛しくて、頬をベタベタにしながら奮闘しているジェイダの額をそっと突っついた。


――そんな細やかな幸せが、どうして。

降りしきる雨の中、レジーは途方に暮れていた。
たまたま難を逃れたのが幸運だなんて、とても思えはしなかった。
そもそも逃れられたはずもない。
幼い妹と二人、これからどう生きていけばいい?

『兄ちゃ』

もう何度、呼んでいたのだろう。
やっと気づいて振り返れば、ジェイダが何とか自分の手に掴まろうとしていた。

『……ん……っ』

だが、妹の背丈では届かず、短い腕をいっぱいに伸ばして試す。
何度も、何度も。
突っ立ったまま放置されているというのに、諦めずに。

『ジェイダ……! 』

最近、ちっとも構ってやれなかった。
一緒に遊ぶには小さすぎたし、ジェイダは女の子。
正直妹の相手など、鬱陶しいくらいだった。

『兄ちゃ?? 』

ぎゅっと抱きしめる。
力加減など知らないから、潰れるくらいぎゅっと。それでも文句を言わず、泣くこともせず。

(……守らないと)

――それは、そう決意してすぐのことだった。


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