翡翠の森

中嶋 まゆき

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乙女が消えた日

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・・・



そんなことが起きる前触れなど、まったく感じられることもなく。
禁断の森は、今日も平和だった。
なのに、あの不思議な一帯を抜ければ、一瞬にして空気が変わる。
凍てつくような寒さも、ぽかぽかした気持ちのいい陽気も嘘のように、太陽が肌をジリジリと焼いていくのだ。

見慣れぬ車が通ったからか、それとも中にいる異国人が見えたからか。
いや、彼らと一緒にいる女を不審に思ったからかもしれない――とにかく、ざわざわと人の声がして、ジェイダを不安にさせた。

「びっくりさせたみたいだね」

のんびりとした口調でロイは言ったが、その手はぎゅっと握りしめてくる。
少し圧迫されるのを感じるほど、彼の力は強かった。
(大丈夫。ロイがいるもの)

言い聞かせながら、大きく息を吸い込む。
息を呑むのも、溜め息を吐くのもしたくはなかった。

故郷に帰ってきたのだ。
大好きな人と一緒に。
それにはそのどちらも、相応しくないはずだった。

「随分とまあ、丁重なお出迎えですね」

ジンもまた、わざと暢気な言い方をする。

「国賓ですからな。大袈裟にするなと言う方が無理でしょう」

デレクも同じく落ち着いている。
こう見えて二人とも、それなりの経験はあるのだろう。単なる町娘との差かもしれない。

警備されているのか、囲まれているのか疑問だったが、ともかくかなりの人数が目的地まで誘導してくれている。

――クルルの城へ。


暑い。
目が眩むような光と、体の芯まで蒸されそうな熱気に、ジェイダすら数歩ふらついてしまう。

「久しぶりだもんね。体調、崩さないように」

サッと支えてくれたロイを見上げれば、彼も額に汗を浮かべている。

「ロイこそ」

寒冷なトスティータで育った彼には、もっと辛いだろうに。

「だから、男にそういうこと言わないの」

(また、そんなこと言って)

男だろうと女だろうと、慣れない気候は体調を崩しやすい。

(それに……何だか、前よりも暑いような)

気のせいか、ジェイダが住んでいた頃よりも気温が高いように感じられる。

(まさか、悪化してる……? )

自らの考えを否定しかけ、止まる。

「ジェイダ? 」

目を逸らしてはいけない。
もしも本当に猛暑が酷くなっているのならば、余計に成功させなくてはいけないのだ。
気がつかないふりをして、一体どうなるというのだろう。

(……大丈夫。やれる)

今、この日差しを浴びているのは、ジェイダが祈り子だからではない。
一人の人間としてこの地に立って、空を見上げているだけ。

「ううん」

この想いを伝えるまでもなく、ロイは既に悩み、決意し、また悩んできた。

「そう」

何も言わないでいると、彼は追求しない代わりに手のひらを見せた。

ずっと、手は差し伸べられていたのだ。
本当は見えているにも関わらず、そっぽを向いて手を取らずにいた。

ここで、彼の手に触れること。
最初は確かに怖かったけれど、一度指先が触れてみたら。

(……ほら)

笑って、共に歩けるから。


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