翡翠の森

中嶋 まゆき

文字の大きさ
上 下
121 / 196
乙女が消えた日

1

しおりを挟む




・・・



「……っ、く……」

痛みに顔をしかめる。
鎖で繋がれた両手首が擦れ、血が滲む。
堪えきれずに漏らした声が反響し、様々な感情がロイの中で渦巻いていた。
焦り、苛立ち、不安。

「……ああ、ったく……」

それらを払拭しようと、わざと大きく悪態を吐いた。だが、後悔はさほどできなかった。
どこかで、こうなることを予期していたからだ。
ただ、それがとても意外な形だっただけで。

《……ったく、王子様が聞いて呆れるよ。何やってんのさ》

マロが文句を続けてくれる。
悔しいが、この暗い場所で囚われの身となっている今、彼のおかげで気が紛れるのは確かだった。

「そんなことより……ジェイダはどうしてる? 」

本当は、もっと他に心配すべきことがあるのだろう。
自分が囚われていることが、トスティータで発覚すれば火蓋を切る理由となってしまう。
キース辺りが喜びそうな展開ではないか。
それに何故、ここに閉じ込められることになったのかも。

(……どうして)

それほどまでに、恨まれていたのだろうか。
やはり、自分は彼らにとって敵にすぎなかったのか。
今まで信じてきたことは、すべて幻想でしかなかったのか――。

(いや、違う。そんなはずない)

ぐるぐる思考が回る度、決まって辿り着くのは。

《……それが、何度も呼びかけてるんだけど》

ジェイダ。

目を閉じれば、浮かんでくるのは彼女の笑顔だ。いや、それだけではない。

怒った顔も。
泣きそうで泣かない顔も。
照れた時、目を泳がせることだって。
挫けそうになるロイを、励ましてくれる。
無駄ではなかったのだと、きっとこれから芽が出るのだと、もう一度信じさせてくれる。

口説き文句の一つや二つを怒るくせに、そっと抱き寄せただけで無言になって。
上昇する体温が愛しいと思う。
この気持ちは消えはしないから。

(……まだだ)

「……そう。僕が無事なことだけでも、伝わればいいんだけど」

ジェイダの返答がないことには触れなかった。
彼女に何かあったなど、考えたくもない。
そんなことになったなら、それこそ正気ではいられないに違いない。

《無事だって? ……キミもジェイダのことを言えないくらい、お人好しだよ》

今がどういう状態になっているのか不明だが、デレクやジンが大っぴらに城内を探し回るのは不可能だろう。

「まさか。ただ、彼女に出逢って、いっそう諦めることができなくなったから、かな」

ここで諦めて果てることは、再び彼女を抱きしめることはもちろん、それ以上に触れることも叶わなくなる。

――カツン、カツン。

靴音が響き、マロがポケットに身を隠す。

「……やあ。待ってたよ」

もう一度、姿を現すと思っていた。
痛いほど胸が鳴っているのを耐え、できるだけ穏やかに話しかける。

「どういうことなのか、話してくれ」

まっすぐに、自分をここに繋げたその人物を見つめて。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

甘い婚約~王子様は婚約者を甘やかしたい~

モモ
恋愛
私の名前はバロッサ・ラン・ルーチェ今日はお父様とお母様に連れられて王家のお茶会に参加するのです。 とっても美味しいお菓子があるんですって 楽しみです そして私の好きな物は家族、甘いお菓子、古い書物に新しい書物 お父様、お母様、お兄さん溺愛てなんですか?悪役令嬢てなんですか? 毎日優しい家族と沢山の書物に囲まれて自分らしいくのびのび生きてる令嬢と令嬢に一目惚れした王太子様の甘い溺愛の物語(予定)です 令嬢の勘違いは天然ボケに近いです 転生ものではなくただただ甘い恋愛小説です 初めて書いた物です 最後までお付き合いして頂けたら幸いです。 完結をいたしました。

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

処理中です...