翡翠の森

中嶋 まゆき

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未来への道筋

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「同盟は組みたいよ。互いにいいところはあると思っているし。少しずつでも歩み寄れば、いつか必ず好意をもちあえると信じている」

でも。

「祈り子なんてものは、間違っている。それだけは変わらない。それに……」

(……ああ、そうか)

「僕は、あの子を好きになった」

兄が、しらを切っていたのではなかった。

「ジェイダを捧げたくなんかない。精霊にも、神様にも。キャシディは論外。それから……」

(僕が言わせなかったのか)

「兄さんにも」

兄は、自分の想いを言わなかったのではない。
――言えなかったのだ。

(当たり前じゃないか)

祈り子という特殊な肩書きがあるとはいえ、ただの女の子。
それも、長年敵対している国の。
そんなジェイダを望むなど、国王である彼が口にできるはずもない。
何より兄の性格では、言う訳がないではないか。
――弟の彼女が好きだ、などと。

「……ふっ……」

吹き出す音に眉をひそめる間もなく、アルフレッドが笑いを爆発させた。

「……頭、大丈夫? 」

「くくく……。お前こそ、色ボケも相当じゃないか? 」

(惚けるほど、色っぽいことできてないっての)

「……あのね」

「確かに、私はジェイダを気に入っているが」

(だろうね。っていうか、バレバレなんだよ)

気づいていないのは、当のジェイダ本人くらいのものだ。可哀想に、エミリアも例外ではあるまい。

「それって、いつから? 」

「さあな、明確には分からん。最初はどこにでもいる娘だと思ったし、事実そうなんだろうが。強いて言うなら、変な女だと思った辺りくらいか」

酷い言い様だ。
けれども、それは――。

「……そんなに彼女が可愛いなら、何で引き留めないの」

愛情なくして、言えないことだ。
申し訳ないが、彼は妻であるエミリアには、そんな言い方はしない。少なくとも、今は。
悪口どころか、その言葉の端々にふわりとした優しさを感じ取ってしまう。

「それほど好きなら、引き留めて守ってくれたらよかったのに。ここで……安全な場所で。兄さんの言う、変な女の子でいさせてあげたら」

臆病者でもいい。
腑抜けと言われても、構うものか。
そう思ってしまうのは、そんなに悪いことなのか。

「甘えるな」

兄の厳しい声に、ハッとする。
それだけではない。
ロイの肩は、自分でも驚くほどはっきりと跳ねた。

(え……今……)

こんなことは、初めてだ。
兄の姿を見て、震えるなど。
幼かったあの日、最初で最後に打たれた日さえ、怯えたことはなかった。

「何の為に、お前はあいつをここまで引っ張ってきた。祈り子などという任務から、守る為ではなかったのか」

そうだ。
当然ながら、それだけではなかったが、確かにそれは大きな理由のひとつだった。

(僕は、恐れているのか。兄さんを? それとも、これから言われることを? )

「怖いだけだろう」

「……っ」

その問いに、体は正直に肯定する。

「拐っておきながら、いざ本気で惚れてみたら。怖くなっただけだ」


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