翡翠の森

中嶋 まゆき

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未来への道筋

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・・・


ジェイダとは、そんな時間を過ごしたものの。
兄には文句を言わずにいられなかった。

「だから、言っただろう。あいつなら、そう言う。そして引く訳がない」

それ見たことか、とアルフレッドが言った。

「だから、言ったじゃないか。ジェイダに言うべきじゃないって。言ったらそりゃ、こうなるさ」

ロイも兄と同じ言葉を遣い、言い返す。
彼女が聞いたら黙ってはいないことなど、分かりきっていた。
そう、兄にいちいち言われずとも。

「教えずにお前が発っていたら、もっと大変なことになっていた。ロイは戻ってこないわ、ジェイダが当てもなく飛び出すわでは、始末に負えん」

「そうならないよう、頼むって言ったろ」

(あの時なら、まだ間に合ったんだ)

ジェイダにここに残るよう、伝えた時なら。
あの時は、本気でそう思っていたのだ。
彼女が何と言おうと、断固拒否すると。
たとえ、泣いてすがられたとしても。

(ああ、くそ)

いくら言っても、聞きはしない。
泣いて頼むどころか、ねじ伏せようという気合いすら感じる。
ジェイダ本人が宣言したように、これでは放っておいても一人で追いかけてくるに違いない。

(そのくせ、気が済むだけ言ってしまってから、泣きそうになるんだもんな)

『一人で行かないで』

潤んだ瞳で懇願され、渋々了承したものの。

(……ノド鳴っちゃったよ。男って、損)

ゴクリ。

そんな場面ではないのに、異様に生々しい音が鳴ってしまった。
ジェイダが恨めしい反面、彼女に聞こえていないことを必死で願ったりするのだから。

――重症。

「お前が口で負けるとはな」

ジェイダの場合、全部が本気だから苦労するのだ。
その点は、キースの気持ちが分からないでもない。
無恥だと馬鹿にされれば、普通人はそれを取り繕う為に不要な言葉を重ねる。
その結果、また突かれやすくなるのだ。

なのに彼女は、唇を噛みながらもそれを認めた上で、臆することなく意見をぶつけてくる。

(揺さぶりが効かない人間は扱いにくいだろ、キース? )

もっとも、ロイ自身も目下のところ苦戦中ではあるが。

「……アルはそれでいいの? 」

「それ、とは? 」

不自然なほど早く、訊ね返される。
ロイは小さく息を吐いた。

「ジェイダに、ここにいてもらわなくて。僕と行けば、二度と会えなくなるかもしれないよ」

「諦めるのか? あいつとは、クルルで別れると」

兄の想いは分かっている。
弟である自分に、バレないとでも思っているのか。

「そういうことじゃない。たとえ一割に満たないとしても、そんなところへ彼女を帰せるのかと言ったんだ」

(“あいつ”なんて、いつから呼び始めた? )

兄がジェイダの名を呼んだのは、いつが初めてだったか。
それほど心を許しておきながら、まだ認めようとはしないのに腹が立ち、いけないとは思いつつ止まらなかった。

「お前らしからぬ発言だな、ロイ。あれほど同盟を望んだ国を、“そんなところ”とは」

「っ……」

兄に指摘され、目を逸らす。

――失言だった。

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