翡翠の森

中嶋 まゆき

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《……そうだね。ボクも、それがいいと思うよ》

本当に変だ。
一緒に行ってほしいのなら、何も言われずともそうするのに。

《キースの言うように、キミがいることで、どちらの抑止力もになる。クルルにも……あの、思い詰めた王子様にもね》

(やっぱり、そうなの? 最悪、何かの身代わりになりそうなくらい……? )

そんなことさせない。
何が何でも、ロイの側にいなくては。

《それに、ジェイダもその目で見ておいた方がいい。雨が降った後、これから自分の国がどうなるのかを。祈り子じゃなく、キミ個人……一人のクルルの女の子として》

(私として、見る)

考えたこともなかった。
自分の暮らす国で、昔の争いがくすぶっていようとは。
ほんの隣の人々と、一触即発の状態であるなんて。

(ロイ……)

それを防ごうと、必死でもがいている人がいることも。

(一緒にいる。自惚れかもしれないし、嫌がられるかもしれないけど)

側に寄って、隣に立って。
彼と手を繋ぐ。
それはきっと、大きな意味があると思うのだ。
だから、離したりしない。

――絶対に。

「ご兄弟の間でも、よくお話し合いを。……アルフレッド様、ご英断を」

「……」

返事はおろか、一瞥もしない。
そんな国王に苦笑すると、キースは気にも留めないように退出した。

「行こう、エミリア」

「でも……」

夫に促されたエミリアは、心配そうにこちらを窺っている。
ジェイダは彼女に微笑みかけ、首を振ってみせた。

「僕らも行こうか」

二人を見送ってから、ようやくロイと歩き出す。

手は、繋がなかった。

「さて」

無言のまま連れて来られたのは、ロイの部屋だった。

(ここが、ロイの部屋……)

きょろきょろするのは失礼だが、つい周囲を見渡してしまう。

(シンプル……っていうのかな)

机に乱雑に置かれた分厚い本の他は、特に何もない。
驚くほど生活感のない部屋は、ジェイダの部屋を飾りつけた本人のものとは思えなかった。

ここは、もしかしたら、アルバート王子の部屋だろうか。

「話し合う? それとも、せっかく恋人の部屋に来たんだから……別のこと、する? 」

艶のある言い方が、余計に空気を重くする。

「……話し合いが終わったら」

頭に浮かんだ考えを、ジェイダはすぐさま否定した。
色んな表情をもっていても、ロイはロイだ。
この部屋で眠りに就くのも、彼以外にあり得ないではないか。

「……じゃ、早く済まそう」

言い争いなんかしたくない。
ジェイダだって、年頃の女の子だ。
悲しい辛い話より、好きな人と甘い会話を楽しんでいたいけれど。

「僕は、君を連れて行かないよ」

「……そう。でも私、行くから」

ロイがどうしてもと言うなら、仕方がない。
後から何とかして、追いかけるだけだ。

「はいはい。……なら、ジェイダに内緒で発つしかないね。暫しのお別れの前に、仲良くするのもなしだ」

彼の口から出る言葉と、声との温度差についていけない。
恥ずかしい内容であるのに、その声のトーンはいつになく冷ややかだ。

「……お別れじゃないもの」

悲しい儀式めいたものなら、必要ない。

(だって、二人でいるから)

「ジェイダ」

「ロイ」

互いに名前を呼んで、睨み合う。
いつものように、アイスブルーに引き込まれそうになり、ジェイダは何とか抵抗した。

「アルフレッドやキースさんに黙って出発するのは、不可能でしょう。第一、他の人だって放っておかないわ」

まさか、単騎で乗り込もうとは、ロイだって思ってはいまい。
王子様が誰にも見つからず、国外に出るなんて……。

(いや、出たんだっけ)

デレクの頭が、痛むはずである。


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