翡翠の森

中嶋 まゆき

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王妃

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・・・



「どう思う? 」

ジェイダとエミリアが退出し、続くジンにロイは目で合図を送る。
彼女は軽く頷いた後、二人を追いかけて行った。

「まず言っておきたいんだけど、僕は褒められた性格はしていない」

「分かりきった前置きはいらん」

率直な意見を求められ、大きく息を吸って静かに首を振った。

「……好意的すぎる」

誰に、と尋ねるまでもない。
――ジェイダにだ。

「エミリアの家系は、これまでに何度も王家との婚姻に名が挙がってきた。前国王はクルルとの関係に否定的だったし、それに気に入られる教育は受けてきたはずだ」

「だが、あと一歩のところで選ばれなかった家だ。他に良家があるせいで、マクライナーが手を伸ばさなかった」

「だね。でも、これを好機と思っているはずだよ。少なくとも、彼女の後ろ楯は」

それが、あのように突然抱きつくなど。

「僕らの手前、かもしれないけど。それにしても、抵抗がなさすぎる。偏見のない、余程真っ直ぐな子なのか、もしくは――」

――誰かに送り込まれたか。

「……ああ」

信じられる側近と調べ尽くしたつもりだが、言ったようにその後、ということもある。

「ジェイダは、もう忘れちゃってるんじゃないかな。彼女に気をつけてほしいことなんか」

苦笑したのは彼女が忘れっぽいからでも、人を疑えないからでもない。

「僕が陰でこんなこと言ってるって知ったら、傷つくだろうな。嬉しかったに決まってるのに」

そんなジェイダの素直さを踏み潰すような発想しか、この頭には生まれないせいだ。

ジェイダに心から『よかった』と言ってあげられないことに、罪悪感を覚えずにはいられない。

「とにかく、今は見守るほかないね。お妃様のお披露目も終わったことだし、各々どう出るやら」

「反故にはさせん」

「これからだよ。まだ先は長い」

珍しく兄の方が意気込んでいる。
いつもと逆の会話に、こちらは少し落ち着いてきた。

(……そう、ここからだ)

大事な一歩を踏み出すきっかけは、不快極まりないものだった。
だからこそ、無駄にするつもりはない。

「さて。そろそろ僕は、ジェイダとイチャイチャしてくるよ。もう少し押してみたら、大人の階段を上れたりして……」

ぷっと吹き出すのが聞こえて睨んだが、兄は素知らぬ顔だ。

「……なに」

「いや? 別に何も」

「あー、そうですよ。まったくもって、手なんか出せやしない。なまじ好感触になってきたから、強引になれないんだよね。こんなことなら、キスするって言っときゃよかった」

「……意味が分からんが。ロイ」

ちょうどいい。
こんな愚痴を聞かせることができるのは兄だけだ。この際吐き出してしまおうとすると、彼は雑に手を振り、早々に中断させ言った。

「私の性格も、褒められたものではない。……お前だけじゃないさ」

「そんなの分かりきってるさ。兄さんのことくらい」

ふいに掛けられた優しさに目を丸め、感謝しながら唇の端を持ち上げてみせる。

(……あの時も、そうだったな)

まだ、この名がアルバートだった頃。
不器用な兄は、いつもこうして手を差し伸べてくれていた。

――「一緒だ」と。






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